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裏事情5

 このまま終わるのは嫌だ。

 女王様と会える最後の日、勇はとうとう堪え切れなくなった。

 カツラと仮面をむしり取って床に投げ捨てる。

「乙女、俺が誰だか分かるか?」

 驚いて固まっている乙女に、すぐさま土下座して謝った。

「済まない、許してくれ。俺は乙女を捨てるつもりなんてなかった。アメリカに行って西園寺家の役に立つ人間になって帰ってきたら、乙女との仲を認めてくれるという話だったんだ。乙女と連絡を取りたかったけど、婚約者は元気だからしっかり学業に励めと言われて、てっきり俺は、乙女が俺の婚約者として西園寺家に丁重に扱って貰ってるんだと思ってた。ところが日本に戻ってみると、婚約者は別人で、一家は離散、乙女は行方不明、己の浅はかさに絶望したよ」


「今さら何の話? 誰に頼まれたの? 司が日本に戻って来たの? ねぇ、あなた司を知ってるの?」

 乙女は怪訝な顔をして、逆に司の事を俺に尋ねた。

 俺が分からないのか。

 

「俺が司だよ。分からないのか? アメリカに行って、背が伸びたんだ」

 なかなか信じない乙女に、立ち上がりシャツを脱いで胸のほくろを見せる。

「ほら、ここに三つ並んだほくろがあるだろう? 乙女が見つけたほくろだよ」

 乙女は俺に近付きほくろを確認すると、目を見開いて驚いた顔を見せる。

 ばれるのを恐れて消すべきかと随分迷っていたけど、レーザーで消さなくて良かった。


「司なの? 本当に司なの?」

 乙女はしげしげと俺の顔を眺めていたけど、ハッと何か気付いた事があったのか、俺の背後に回り、首の辺りから腰に至るまでの背中を舐めるように見た。

 他の場所にも特定出来るようなほくろがあったのだろうかとじっとしていると、前に戻って来た乙女がいきなりズボンに手をかけ中を覗こうとする。

「おいっ」

 思わず腰を引かせて一歩退いた。

 お、乙女はまさかアレで司かどうか判別しようというのか?!


 そりゃまぁ、アレは色も形も大きさも千差万別らしいけど、ひょっとして乙女にしか分からない特徴が俺のアレにあるのかな?

 ならば、甘んじて受けるかとズボンを脱ごうとして、ちょっと待てよと思いとどまった。


 乙女が見たと思われるアレは、今の状態のアレとは違うんじゃないか? 

 ・・・・・・

 いくら乙女にでも、いや乙女にだからこそ、緊張してきゅっと小さく縮こまってるアレを見せるのは、嫌だ。


 俺が男の沽券をとるか実益をとるかで悶々と頭を悩ませていると、突然乙女が手で顔を覆ってワーッと泣き出した。

「お、乙女? どうした?」

 乙女の震える肩を支え心配して覗きこむと、乙女が泣きながら俺の胸に飛び込んで来た。

「つか、さ、つかさ、あい、たかったっ、あいたかったよぅ・・・うわーんうわーん」 

 え?!

 びーびー泣く乙女を抱きとめ、頭を撫でて宥めながらも、己の頭の中は信じられない思いでいっぱいだった。

 恨まれて、憎まれて、嫌われていても仕方がないと思っていたのに。

 

「乙女、俺を恨んでないのか? 俺はお前を十年も捨て置いてたんだぞ?」

「恨んだこともあったよ? だって、そうしなきゃ生きていけなかったから! だけど、だけど、恋しかった。ずっとずっと、司が恋しかった。うわーん」

「乙女・・・俺、すごく嬉しい。俺だって、俺だって、ずっと乙女に会いたかった、乙女が恋しかった。ごめん、乙女、本当にごめん」

 乙女をぎゅーっと抱き締めた。





「司、随分大きくなっちゃったのね。全然分からなかった。声だって全然違うよ? 大人の男性って感じ。司なのは分かってるけど、なんだか、別の人とキスしてるみたい」

 俺の腕の中で乙女が言う。

「前の司の方がいいか?」

「ううん、そんな事ない。今の司も好きだよ。随分図々しいお客さんだなーとは思ってたけど、最初から憎めなかったもん」

「乙女・・・」

 俺の中で勇が喜んでる。

 堪えきれず、乙女を抱き締めて深く口付けた。

 乙女は抵抗しない。そればかりか、勇のキスに応えてくれる。嬉しかった。

 これまでずっと女王様に抱いていた想いが募る。


「司?」

 口付けを繰り返しながら、乙女の身体をまさぐった。

 ボンデージのスカートの中に手を入れ、下着を脱がそうとすると、

「司、駄目」

 乙女の制止の声がかかる。

「嫌だ。乙女を抱きたい」

 俺の手は止まらない。

「司! 駄目だってば! ここでは嫌! やめて!」

 拒む言葉はキスで塞ぎ、抵抗する乙女の手を取り壁につかせ、背中のボンデージのファスナーを引き下ろす。

 抑え込んだまま、剥き出しになった白い背中に舌を這わせた。

「はっああっん!! ああっ!!」

 乙女が嬌声を上げる。

 乙女の弱いところは熟知している。抵抗していた力が抜けた。

「いいコだ」


 俺にされるがままの女王様に、否が応でも興奮した。

「俺の愛しい女王様、すごく可愛いよ。ああ、気持ちいい。堪らないな」

「女王様、すごくいいっ、好きだよ、愛してる、ああ、もう駄目だ、出る!」

「乙女、このまま出すぞ」

 乙女が逃げ出そうとするのを右手で抱え込んで、口を左手で塞ぐ。

「んっ!んっ!」 

「乙女、俺はもう二度とお前を手離すつもりはないんだ」




「乙女、怒ったのか? ごめん、我慢出来なかった」

 想いを遂げて満足した勇は消えた。

 あの野郎、ヤリ逃げしやがった。


「・・・・・・」


 強引に事を成した件について、きっと乙女は怒ったのだろう、ずっと黙ったままで口を聞いてくれない。

 あれは勇がやった事で、俺じゃないって言いたいとこだけど、通らないよな、たぶん。

 

「でも、中で出した事は謝らないよ。乙女に俺の子を産んで欲しいんだ。結婚しよう。西園寺家とは縁を切ったんだ。西園寺家には、今後一切、乙女にも乙女の家族にも手出しをさせない。俺が守る! 今の俺にはそうするだけの力があるんだ。だから、何も心配はいらない。俺達の間に障害はもうないんだよ。信じてくれ、な? 乙女?」


「司、今は時間がないわ。次のお客さんがもうじきやって来るの。明日、話しましょう? だから、今日はこのまま帰って。携帯の番号を教えるわ。明日の夜、電話してちょうだい」


 乙女に携帯の番号を記した紙を渡されて、ハッと気付いた。

 そうか、乙女はまだ俺と祐一が同一人物だと分かっていないんだ。


「乙女、あのさ、俺、すごく言いにくいんだけど、乙女に話したい事があるんだ。告白というか、あの、ごめん、俺、」

「司、ごめん、今本当に時間が無いの。明日聞かせてもらうわ。じゃ、私、支度があるから」

 取り付く島もなく、乙女は俺を残して部屋を出て行ってしまった。

 

 ああ、もう! 勇の馬鹿野郎! せっかく乙女といい感じによりを戻せたのに!

 欲望のまま無理矢理したのがいけなかった。明日、もう一度謝ろう。

 もう二度とあんなふうにはしないと誓えば、きっと乙女は許してくれるはずだ!

 乙女は長い間ずっと俺を愛してくれてたわけだし、子供だって本当に出来てるかも知れないしな。

 うん、許さないわけがない。


 お腹が大きくなる前に結婚式をしなきゃいけないな。

 明日式場の予約に行ってこよう! あ、その前に、おやっさんに挨拶か。

 これから忙しくなるぞー!!

 俺はあれをしてこれをしてと、今後の段取りをウキウキ考えながらその場を後にした。


 




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