其の九
あたしは、空の彼方から地の底へと落ちてゆくように、現実へと意識をシフトさせていった。
あたしは、自分の内臓がごっそりと取り除かれてしまったような喪失感を感じる。
エレオーレスが消滅させられた。
信じがたいこと。
有り得ないし。
だって、エレオーレスはドルイドとしてもかなりハイレベルな存在だった。
何より騎士としては、無敵といってもいい。
あのアーサー王に仕え、日々を戦いの中で過ごした戦士なんだよ。
そんな、トランプに喩えたらスペードのエースみたいな魔法的存在が、陰陽師の小娘に消されるなんて。
ヤクルトスワローズがアメリカの大リーグで優勝するみたいなもんよ。
って、野球なんかよく知らないんだけどね。
あたしは、シートから身を起こす。
少し心配そうに、光也があたしを見ていた。
あたしは、肩を竦める。
「エレオーレスが消された」
光也は、笑みを見せる。
「かまわないさ。陰陽師たちは、いずれここにくるのだろ。だったらここで片付ければいい」
あたしは、光也に笑みをかえす。
そう、ここでならあたしの魔力は最大に発揮できる。
あんな、陰陽師なんて消し飛ばしてやるわよ。
「そんなことよりも」
光也は、少し瞳を曇らせる。
「もうすぐ、黄がくる」
「ふーん。いよいよ契約ってわけね」
「まあ、そうなんだが」
光也は美しい目で、あたしを真っ直ぐ見つめる。
「黄は魔法の有用性に疑いを持ってる。あの党のものが大抵そうであるように、極度のリアリストで自分の目で見たものしか信じない」
「オーケイ、リアリストの澱んだ脳が目を覚ます魔法を見せてあげるって」
光也は、頷く。
「あの党の軍組織が魔法特殊部隊を持つことが異例中の異例なのに、その顧問に学生を招くことが普通じゃあない。相当インパクトのあるやつを、ぶちかます必要がある」
「得意だよ、それ。任せといて」
光也はあたしに微笑みかける。
そのルネサンス期の画家が描いた美少年の笑みのような表情に、あたしの背中はぞくぞくしっぱなしだ。
ディスプレイにアラームが点灯する。
来客を示すものだ。
「来たようだ」
そして、コマンドルームの扉が開く。