其の六
「それにしても」
僕は黒いレースのついたドレスに、純白のエプロンというスタイルで身を包んでいた。
「なんでコンバットスーツがメイド服なんだよ」
僕の脳には様々な情報がデータベースに格納されているが、MD7自体の由来は格納されていない。
「KGBがこの島国での市街戦のために情報収集したのがアキバだったようやね」
蝶子が解説をしてくれる。
「DPRKが訓練用に造った模造都市がアキバだったらしく、そこでMD7のテストが行われたんやが。その後MD7の開発が放棄されたもんやから、それしかコンバットスーツがない」
「ふーん」
僕はスカートの下から拳銃を取り出す。
2丁の輪胴式弾倉の拳銃だ。
70口径のニトロエクスプレスというライフル弾を撃つことができる。
拳銃というサイズではなく、小型のライフルに近い。
18インチはある長銃身に、弾倉自体がかなりの大きさになる。
けれども、装弾数は僅か4発であった。
「装弾数が4発しかない銃なんて、使えないんじゃないの?」
蝶子は苦笑する。
「だから2丁あるんや。両手が塞がっていても装填できるように補助アームもあるやろ」
僕は肩口に取り付けられた、補助アームを動かしてみる。
骨格に接続されており、脳神経に接続されているため思考したとおりに動かすことができた。
スカートの下に革の円筒形状をしたケースが吊るされており、そこにスピートロッダーに格納された70口径ニトロエクスプレス、通称ダイナソーキラーが納められている。
僕は、トリッガーガードの下につけられたレバーを操作し、銃身を折り弾倉を顕にした。
補助アームを使い、ダイナソーキラーを装填する。
銃身を一振りして、銃を元にもどす。
コンマ数秒の操作だ。
脳内に操作をインプットされているから、スムーズに扱えるがやっかいな武器ではあった。
拳銃の規格からは大きくはずれた、長大なサイズである。
18インチというバントラインスペシャルのような銃身に、弾倉や機関部もそれなりの大きさだ。
総重量は6キロはあるんじゃないだろうか。
MD7の強化された筋肉と骨格があってはじめて操作可能となる銃だ。
僕はその拳銃をくるりと一回転させると、スカートの下にあるホルスターに納める。
レースのついた、ふわりとしたスカートは銃を格納するのに都合がいい。
唐突に、そのおとこは僕らの前に姿を顕した。
僕は驚いて声をあげる。
「誰?」
黒いコンバットスーツのおとこ。
MD7の目には、赤外線スコープとスターライトスコープが埋め込まれているので薄闇くらいであれば、昼間のように見ることができるのだけれど、奇妙なことにそのおとこは、半ば闇に溶け込んでおり影のようにぼんやりとしている。
おそらく身につけているコンバットスーツが、ステルス性の素材で作られているのだろう。
ただ、おとこの気配自体がとても希薄であり、まるで幽鬼のようであった。
おそらく生身の僕では目の前にいても気がつかなかっただろうし、今もおとこが自分の気配を少しだけ漏らしたがゆえに、その存在を感じとることができているように思う。
MD7の夜間戦闘の性能から考えると、恐るべきことだと思えた。
おとこは、夜の闇から溶けだしてきたというかのようだ。
蝶子は笑みを浮かべて、おとこを僕に紹介する。
「彼は亜川百鬼。傭兵や。うちが雇った」
それにしては、奇妙なスタイルである。
背中には大きな刀を背負っており、足は何故か地下足袋であった。
腰には大きな拳銃を吊るしているようだ。
「えっと、ニンジャの方なんでしょうか」
百鬼と呼ばれたその傭兵は、整ってはいるが特徴のない顔に少し笑みを浮かべて応える。
「おれはただの人斬りだよ。そんなことよりも」
百鬼は蝶子のほうを見つめる。
「兵が侵入しようとしている。8人だ」
蝶子の瞳が闇の中で鋭く輝く。
「光也のやつに見つかったようやな」
「片付けるか?」
「たった8人なら、楽勝やな」
百鬼は頷く。
蝶子は僕のほうを見る。
「百鬼と一緒に行って、バックアップを頼む」
「ラジャ」
僕は、にっこりと蝶子に微笑みかける。
僕としてもMD7の性能を試してみたいと思っていた。
「判っているとは思うけど、その身体は1時間以上フル活動させると活動限界がきて自動的に停止するで」
「ああ、限界がきそうなら離脱するよ」
百鬼が少し不安そうに僕に声をかける。
「あんたは基本、見てるだけにしてくれよ。その馬鹿でかい銃を撃たれたら1キロ先まで銃声が轟いてしまう」
「判ってるよ、心配するなって」
僕は百鬼に微笑みかけたが、百鬼のほうは少し肩を竦めてみせる。
「それと」
百鬼は蝶子のほうを見る。
「ひとではないものの気配も感じる。あやかしの類いのような」
蝶子は眉をひそめた。
「花苑院のいかれ魔女が使い魔でもとばしたか。そっちはうちの仕事やな。気にしなくてもええよ」
「判った」
百鬼は頷くと、闇の中へ溶け込んでゆく。
僕はその後を追った。