其の四
「なるほどねえ」
僕はよく判らない存在に、どうやら殺されたらしい。
僕は自分の身体を見る。
それは、緩やかな曲線美を持ちつつも、少年のようなしなやかさを備えており、トランスセックスふうとでも言うべき体型だったが、紛れも無く少女のものだった。
胸は微かに膨らんでおり、股間には馴染みのものがない。
「それにしてもなあ」
「なんや」
蝶子は、鋭い目で僕を見据えており多少たじろぎつつも僕は言葉を重ねる。
「なんで戦闘ロボットなのに、おんなの子なんだろう」
ふっ、と蝶子は鼻で笑う。
「MDシリーズはその前身であるN2シリーズの改良版なんやけれど、元々N2シリーズはおとこの子の身体をベースに造っていた」
「ああ、そうなんだ」
「そう。おとこの子の身体を遺伝子レベルから改造し、強化し、骨格をチタン合金で補強し脳を左右独立させ超高速の演算装置として使用してロボット化した。しかし、改造版ではおんなの子をベースとすることになった。何故か判るか?」
「いや、全然」
「N2シリーズはストレスのせいで、長持ちしなかったんや」
「なるほど、おんなの子のほうがストレスに強かったんだね」
「結果的にはそうやなあ。耐久性では上回った」
「ふーん。で、これからどうするの」
「もちろん」
蝶子は凶悪な目で僕を睨む。
「君の身体を取り戻しに行く」
「うーん。なんていうか、一体僕の身体はあの後どうなったんだよ。それにそもそもなんで僕はこんなめにあってる訳?」
蝶子は、薄闇の中で輝いている瞳で僕を見る。
「それは君が絃月やからや」
「意味判らないんだけど」
「絃月の血筋のものには、魔眼が受け継がれる。長い年月の中でその能力はだいぶ失われたようなんやが、君には色濃く現れてる」
「魔眼ねえ」
それは普通には見えないものが見えるということなんだろうか。
それならそうかもしれないと、思う。
一年前自動車事故にあってから、僕には普通のひとには見えないものが見えるようになった。
脳に後遺症が残ったせいだと思っていたのだけれど。
それが魔眼だというのなら、そうかもしれない。
「それと、もうひとつの質問だが」
「僕の身体があの後どうなったかのほう?」
「そうや。MD7、ロードすべき記憶が残ってる」
また、僕の頭の中では映像が映し出されはじめ、僕はもう一度、公園へ戻る。
僕は、自分の死体を眺めていた。
いわゆる、幽体離脱と呼ばれるもの。
その時僕の身に起こったのはそんな現象だった。
僕は意識だけの存在となって、公園の少し上空から俯瞰している。
僕の肉体にはなんの傷もなく、眠っているように静かに横たわっていた。
エレオーレスと呼ばれた騎士の投げた槍は、僕の背中から胸へ突き抜けていたがそれは物理的に僕の身体を傷つけたわけではなく、僕の意識と肉体の絆を切り離しただけのようだ。
僕は、自分の肉体から目を逸らし、エレオーレスのほうを見る。
肉体の瞳で見るよりも幽体となって見たほうが、よりはっきりと見ることができた。
立ち上がった影のような存在にすぎなかったエレオーレスが、物理的な厚みをもった存在のように感じられる。
それは、黒い大きな軍馬に跨がった、漆黒の騎士であった。
黒い塊のように見えるその騎士のただ一カ所だけは、緋色の線が刻まれている。
それは首筋であった。
あたかも、首と胴が切り離されていることを示すように、ただ首筋だけに緋色の傷が刻まれている。
蝶子は冬の夜空に輝く三日月のように冴えた光を放つ童子斬りをエレオーレスに向けると、歪んだ笑みを浮かべ言い放った。
「かつては、アーサー王に忠誠を誓いし騎士が、頭のいかれた小娘に剣を捧げるとは呆れたものやな」
エレオーレスはそれには応えず、無言のまま馬を回し、僕の死体から槍を引き抜くとその槍を蝶子に向ける。
「いちいち、物言いが気に障るわね。はぐれ陰陽師のくせに」
空色のセーラー服の胸の前で腕組みした理図が、頬を膨らませて文句を言う。
蝶子は鼻で嘲っただけでそれには取り合わず、童子斬りを青眼に構えた。
どうにいった隙のない構えである。
黒い大きな馬は、足で地面を掻き突撃の準備をしているようだ。
エレオーレスは、感嘆するように言葉をもらす。
「娘よ、魔道師の末にしては見事な構えだ」
蝶子は苦笑する。
「この島国での剣術の祖は鬼一法眼と言って、陰陽師にして軍師であり剣術家でもあった。うちはその末裔やからね」
「散らすには惜しいが、命である」
「なめとんのか、おっさん」
エレオーレスの瞳が凶星のような光を放った時、ワンボックスカーがエンジン音を響かせた。
運転席で光也が叫ぶ。
「理図、撤収だ」
いつのまにか光也は僕の死体を担ぎあげ、車に積み込んだらしい。
理図は残念そうに溜息をついた。
「命が延びたわね、拝み屋さん。エレオーレス、汝の命は終わった。再び召喚するまで冥界に戻りなさい」
エレオーレスは夜明けの光に夜の闇が駆逐されるように、薄まり陽炎のような揺らめきの中へと消えていった。
理図は、ワンボックスカーに飛び乗ると、蝶子に向かって手をひらひらさせる。
「じゃあね」
ワンボックスカーは、走り去った。
同時に凍り付いていた公園の空気が溶けだしたように、緊張が流れ去る。
急に風の音や、遠くのざわめきが聞こえはじめた。
蝶子は長い溜息をつくと、童子斬りを蝙蝠傘に納め僕のほうを見る。
「そこにいるのやろう、絃月」
(ああ、いるよ)
僕の応えは音にはならなかったが、蝶子には聞こえたようだ。
「君が自分の身体を取り戻すつもりがあるのなら、うちと一緒にこい。戦って奪い返す」
(ふーん。でも勝ち目はあるの? さっきのエレオーレスに君は勝てそうになかったじゃん)
蝶子は苦笑した。
「向こうは歴戦の勇者で、こっちは呪術が専門の陰陽師や。勝てるほうがおかしい。戦いに行くときにはそれなりに用意を整えていくさ」
(なんで今日は用意を整えてこなかったのさ)
「それは」
蝶子は憮然とした顔になる。
「君が学校をさぼるのが予想外だったからや。さも襲ってくれというような状況をつくるようなあほやとは、思わなんだ」
(ははは)
僕はしかたなく、苦笑する。
「とりあえず、君をうちの式神にする。一緒にこい。新しい身体をくれてやる」
蝶子は人型に切り抜いた紙をほうりなげる。
僕はその紙へ吸い込まれていった。
意識が白い闇へと、吸い込まれていく。