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其の二

薄暗い通路の中で、雷鳴のような銃声が轟く。

ダイナソーキラー、70口径ニトロエクスプレスのライフル弾。

コナン・ドイルの小説でティラノサウルスを仕留めるために用意されたというその破壊的な銃弾は、四足歩行の戦闘ロボットに着弾する。

ダイナソーキラーは、漆黒の装甲を紙のように貫き、内部の駆動系を破壊した。

火花と煙を散らせながら、ロボットは停止する。

その背後からもう一体の四足歩行ロボットが現れた。

頭に相当する部分に設置されたセンサーが、僕を補足している。

背中にある四つの銃身が僕に照準を合わせた。

僕はゴシック調の黒いスカートにレースの飾りがついた純白のエプロンを翻すと、後ろに跳躍する。

その瞬間、四つの銃身は同時に針を発射した。

ワイヤーを取り付けられた針は僕の足元に命中し、電撃の火花を散らす。

僕の背中に付けられた補助アームが動作し、僕の両手に持ったリボルバーへ給弾した。

向きを変え背中のテイザーガンを、再度発射しようとするロボット目掛け銃を向けながら壁を蹴る。

テイザーガンは壁に命中し、電撃の火花をあげた。

僕の手の中で拳銃が身震いしながら、凶悪な銃弾を吐き出す。

僕は輪胴式の弾倉から、空薬莢を排出する。

補助アームはスピードロッダーを使って、ダイナソーキラーを装填した。

さて、なぜ僕はアキハバラのカフェから抜け出してきたようなメイド服を着て、馬鹿でかい大砲みたいな銃弾を発射する拳銃で戦闘ロボットを撃ってるのかというと。

まあ、少し長い説明になる。

それは、ほんの三日ほど前の出来事からはじまるんだが。


秋になったとたん、灼熱の陽射しとねっとり暑かった空気が澄んできて、まあ朝とかは快適といってもいいくらいなんだが。

じゃあ、夏休みが終わって二学期がはじまると機嫌

よく学校へ行けるのかというと別問題で。

正直全速力で走れば遅刻せずに済む時間だったんだけど、そんな気分になれなかった。

実際、この透き通ったように青い空が広がる心地よく乾いた空気の下で、あくせく走って授業を受けようって気にはなれない。

ひらたく言えば、一時間目はさぼることに僕のなかでは決定していた。

そこは、公園だ。

小さな林に囲まれた広場があり、その広場の端には花壇とベンチが並べられていて。

さらにその向こうは噴水と小川があり、その側には子供用遊具がある。

ありふれた公園ともいえるが、市部とはいえ首都圏では贅沢な土地の使い方だともいえた。

朝の通学時間帯には結構ひと通りはあるんだけど、今はだれもいない。

もう少しすれば散歩の年寄りや、子供をつれた母親たちがくるんだろうけれど、中途半端な時間帯だ。

僕はベンチに腰をおろすと、空を見上げた。

硝子細工のように透明な美しさをもった空をぼんやり眺める。

ああ、平和だなあ、と意味もなく呟いたそのとき。

「あほか、君は」

と、いきなり声をかけられ飛び起きる。

振り向くと、紅い和服を着たおんなの子が立っていた。

同い年、十七歳くらいの感じで。

沈みゆく太陽が空を焼き焦がすその色を抽出して染め上げたような着物を着ていた。

着物のことはよく判らないが、それが晴れ着ではなく普段着であろうことくらいは見当がついた。

彼女はなぜか蝙蝠傘を手にしており、真っ直ぐに立っている。

彼女は僕と同じくらいの背丈なんで、振り向いた僕の真正面に顔があるんだけど、その顔はアーティストのように繊細で整っていたんだが。

なぜか凶悪な瞳で僕を睨んでいる。

まるで、闇のなかから獲物を狙う猛獣のようなその鋭い瞳が僕を貫く。

「誰、君。いきなりなに?」

「うちは土御門蝶子。君は弦月貴士やね」

切り裂くような鋭い口調。

僕は気圧されて、少し下がる。

「そう、だけど」

「なんで、走らへん。まだ間に合うやろう学校」

大きなお世話だと言いたかったけれど、凶悪な目をした美少女にそんな台詞を吐けるはずもなく。

「一回くらい遅刻しても死ぬわけじゃないし」

「死ぬゆうねん、あほ」

初対面のおんなの子に二回もあほと言われる事態に動揺したが、それどころではないことがこの後起こった。

蝶子とかいったおんなの子は、いきなり僕の耳に何かを突き立てる。

激痛が僕の頭を粉砕した。

意識が消し飛び、僕はその場に崩れ落ちる。


そこは、宇宙の果てみたいに暗い闇の底だった。

僕は、海の底から海面を目指すように、意識を再び起動させてゆく。

記憶は薄暮に閉ざされたように、ぼんやりとしていたが、僕はかろうじて自分が生きているのだという自覚を取り戻した。

遙か彼方に、冬の空に輝くオリオンのような冷たく醒めた光を見出す。

僕はその光に向かって意識を集中した。

水面へ浮上してゆくように、僕は自分の意識を取り戻していく。

それは、空の果てから地上へ墜落していくよ

うでもあり、トンネルから光の中へと抜け出してゆくようでもあった。

目を見開く。

闇の中であったため、何も見ることができなかった。

溺れるのかと思って一瞬パニックになったけれど、呼吸はできている。

空気を供給するマスクが口元につけられていた。

水の中で僕は漂っているようだ。

音もなく、光も無い世界。

僕は肉体を失って意識だけの存在となって、闇の中を漂っているような気もしたんだけれど。

やっぱりそこは、水の中のようだ。

そして、僕は次第に水圧が減っていくのを感じる。

僕の周りを満たしている水が、どこかに流れ出していってるようだ。

僕の身体は浮上してゆき、水面に出る。

水面と言っても闇の中なので視覚的には判らないのだけれど、皮膚が空気に触れるのを感じた。

突然、闇がはじける。

光が僕を包み込んだ。

次第に目が慣れてくると、そこが薄暗い部屋であることが判る。

僕は身を起こした。

横倒しになった小型タンクの中に、僕は横たわっていたようだ。

タンクの上面にある蓋が開き、僕はそこから上半身を出す。

口につけられていた空気供給用のマスクを外した。

「起動完了やな、MD7」

僕は、その声がしたほうを見る。

怜悧に整った顔に鋭い瞳を埋め込んだ少女がいた。

見覚えのある少女。

確か土御門蝶子と名乗った。

「一体どういうことなんだよ」

「あら、弦月貴士の記憶はうまくインストールできたようやな」

「何を言ってるんだ、僕は」

「弦月貴士という男の子は、死んだんや。今話しているのは汎用人型対地兵器MDシリーズ7号機にインストールされて疑似人格として動作している弦月貴士」

「僕が死んだ? 死んだっていうか、あんたが殺したのか?」

蝶子は、侮蔑するように口元を歪める。

「なんでうちが、君なみたいなあほをわざわざ殺すんや。うちがやったのは、君の脳にある海馬体から組織の断片を抽出してそこから記憶を再構築しただけ」

「じゃあ、あのとき」

「記憶をもう少しロードしなよ、MD7」

頭の中に、様々な情報が展開され始める。

意識のスクリーンに記憶にある映像が映し出されていく感じ。

僕はもう一度、あの公園に戻った。



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