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其の十九

ドラクラの身体からは、血が噴き出し続けている。

その血は縦に分断されたドラクラの回りを、渦巻いていた。

蝶子がその血が造り出した渦の中へと踏み込もうとするのを、百鬼が手で制する。

血は沸騰するように沸き立ったかと思うと、幾つかの渦が隆起した。

螺旋状に渦を巻きながら、血がひとの背丈くらいに噴き上がる。

深紅のオブジェのようなものが、5体ドラクラと百鬼の回りを取り囲む。

そしてその血は、ひとの姿をとりはじめる。

槍を手にし、チェーンメイルを身に付け長衣を纏った兵士たち。

その深紅の兵は槍を構えた。

そして、再びドラクラの声が宙空に響く。

「おれの血には、無数の死が溶け込んでいる。おまえはおれを斬ることで、おれの中の死を解き放ったのだ」

百鬼は周囲を完全に囲まれていた。

抜け出す術はない。

そして、深紅の兵士たちが槍を突き出す。

それは、百鬼の身体へと食い込んでいく。

百鬼は5本の深紅の槍によって串刺しにされた。

「おれが殺した幾万の兵。その死、呪詛、絶望、怨嗟、哀しみ。朱に染まった大地を踏みしめおれはそれらを血とともに喰らってきたのだ」

百鬼の身体は幾度か痙攣し、動きを止める。

意識を失ったのか、死んだのか。

いずれにせよ、串刺しのされたままなので、倒れ伏すことは許されなかった。

「くそ」

銃を構え最後の突撃をしようとした僕を、蝶子が止める。

「よく見ときや」

蝶子は厳かに言った。

「死が死を喰らうところなんて、そうざらには見れへんよ」

百鬼の身体に、異変が起きる。

その身体を黒い影が覆ってゆく。

百鬼は闇色の黒い固まりになっていった。

そしてその影には、意思が感じられる。

その影は少しづつ深紅の槍を飲み込みはじめた。

槍は次第に、闇いろへと染まっていく。

紅く燃える夕陽が、夜の闇へと飲み込まれていく様にも似ていた。

はじめは兵士たちの持つやりが、漆黒に染まっただけであったのが。

いつの間にか、その腕や胴にも影は触手を伸ばしてゆく。

深淵から闇が噴き上がってきたかのように。

影は全てを覆っていく。

深紅の立ち上がった血であった兵士たちは、いつのまにか黒曜石の闇を纏った影となり。

それは黒い海が全てを飲み込む様のようであった。

全てが影となり崩れ落ちてゆく。

闇色の焔に焼かれ溶けていく蝋のように。

全てが黒い影へと溶けていって、さらにその影は百鬼の傷へと飲み込まれていった。

全てが消え去り、後には立ち上がった影のような百鬼だけが残っている。

「なんということだ」

ドラクラの声が響く。

「おまえは一体なんだというのだ」

百鬼が、答える。

「お前の時代は、ひとがひととして死ねるような平和で幸福な時代であったのだろうが」

百鬼は静かに言葉を重ねる。

「お前の時代とは二桁死者の数が違う虐殺が、幾度も繰り返されるこの時代では死とは顔もなくこころもなくただ貪欲に飲み込むだけのものとなった。その死がおれの血には溶けているのだよ」

「より深い死が、おれの死を飲み込んだというのか」

蝶子は分断されたドラクラの傍らに立つ。

沈みゆく日の光で染め上げたような着物をまとい。

冬の空に輝く星の煌めきを宿した刀を手に携えて。

歌うようにルーンを唱えながら。

童子斬りを振り下ろす。

ドラクラは、ため息のような呻き声をあげる。

冥界へと続く闇が開くと、ドラクラはそこへ飲み込まれてゆく。

「あはは、あははは、あはは、はは」

笑い声が上がる。

理図の笑い声だ。

理図は手で顔を押さえ、身体を震わせながら笑っている。

突然、コマンドルームの壁のひとつが開き、水槽に入った死体が現れた。

僕だ。

僕の死体が、水槽の水の中に浮いている。

理図が笑いながら、語りかけてきた。

「かえしてあげるよ、もういらないから。あたし今、とても気分いいから」

「おい」

蝶子が童子斬りを振り上げ踏み出そうとするのを、理図は目で制する。

理図は顔を覆っていた手をのけた。

その顔は血で朱に染まっている。

額には、小さな傷口があった。

その手には、血で赤く染まった針が握られている。

「間に合ったのよね、あたし。残念だったね、蝶子ちゃん。あたし、これから神になるのよ」

轟と蒼ざめた焔が理図の回りを囲む。

青白い焔の壁を、理図はめぐらした。

そして、唐突にそれがやってくる。

MD7の活動限界。

僕の意識は一瞬にして闇へ落ちる。



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