其の十六
洞窟のように薄暗く仄かな光に照らされたその部屋で、僕らは魔法少女の笑みを聞いた。
僕らの前に対峙しているのは、パーティでダンスパートナーが来るのを待っているみたいな微笑みを浮かべている魔法少女と。
自分の部屋で物思いに耽っているように落ち着きはらって冷徹な表情で僕らを見ている美少年と。
そして。
詩人の静けさと暗黒龍の持つ邪悪な獰猛さを併せもった魔法的存在。
そのオフシルバーのプレートメイルに灰色のマントを羽織った騎士こそがこの部屋の中心でありかつ、暗黒の特異点であった。
その騎士こそが。
真冬を凍り付かせる氷の炎であり。
真夏を深紅に染め上げる燎原の火であり。
夜を焼き殺す漆黒の光であった。
濃い髭に覆われた哲学者のように整った顔に歪んだ笑みを浮かべ、地に墜ちた星のうがった穴のような瞳を暗く光らせながら、騎士は地の底から響くような声を発する。
「主よ、命を下すがいい」
騎士は僕らを死体を見る目で眺めていた。
「この者たちを殺せばよいのだな」
魔法少女は春風みたいに、朗らかな声で応える。
「その可愛いメイドさん、殺しちゃうのはもったいないけどねぇ」
でも理図は騎士の主に相応しい、厳かな声で命令を下した。
「ワラキア公ドラクラ、汝に命ずる。殺すがいい。最後の血の一滴まで。殺し尽くすがいい。悪魔の息子たるお前の名に相応しく。容赦なく完膚なまでに。殺し尽くせ」
「全く」
蝶子は童子斬りを抜き放つと、うんざりしたように言った。
「ブラド・ツェペシともあろう方が。狂姫と呼ばれる小娘の下僕に落ちぶれるとは」
蝶子は皮肉な笑みを浮かべて見せる。
「世も末とは、このことやな」
「言っておくが」
ワラキア公は、どこか楽しげとすら感じられる声を出して応える。
「おれは、おとこを殺しおんなを殺し、戦士を殺し農民を殺し、貴族を殺しこじきを殺し」
ドラクラは、歌うように語り続ける。
「異教徒を殺しカトリックを殺しプロテスタントを殺し、あらゆるものを等しく殺し続けてきた」
ドラクラの暗い瞳は、死をも焼き焦がす暗黒の焔がごとく輝いており。
さらに言葉を重ねる。
「全てのものに死を等しく与え続けてきた。おとこ、おんな、老人、こども、高貴なるもの下賎なるもの、皆等しく串刺しにして。大地を朱に染めた。空を死で暗く焦がした。呪詛で風を黒く塗りつぶした」
龍が笑みを浮かべるように、ドラクラは笑う。
「だからこそお前の呼ぶツェペシ、串刺し公の名を得たが」
空気を黒く塗りつぶすような声で、ドラクラは言葉を重ねる。
「それが神の命であろうが、悪魔の導きであろうが、あるいは狂った処女の叫びであってもどうでもよいのだ」
ドラクラは黒く笑う。
「殺すものであることが、我が宿命であるのだからな」
「全くまめなおとこやね、あんた」
闇を裂く三日月のように輝く童子斬りを正眼にかまえた蝶子は、うんざりしたように言った。
そう言い終えたドラクラは、湾曲した剣を提げたまま動くことができない。
もし僕に斬りかかれば、百鬼のもつ十字ブレードが光也か理図に襲いかかることになる。
いかにドラクラとはいえ、僕ら二人を相手にしつつ光也と理図を守ることはできないということだ。
その時、意外にも光也が口を開く。
「まさかとは思うけれど、今膠着状態だなんて、思ってないだろうね」
光也は、冷静な口調で語りかけてくる。
「MD7はもうすぐ活動限界が来るはずだ。このまま待っていれば、君たちは死ぬよ」
「だから?」
蝶子は面白がっているように、促す。
「勝負はついているに、無駄に戦って死ぬことはない。武器を棄て投降しなさい。そのほうが合理的だ」
「お優しいことやな、涙がでるで」
蝶子は自嘲気味に、笑っている。
勝ち目はないと認めちゃった雰囲気。
でも。
百鬼が一歩、前に出る。
十字ブレードを片手に、もう一方の手には鎧通しを手にして。
武骨な短刀をドラクルに向けたまま、百鬼は静かに言った。
「要するに」
まるで教師が授業をするように、落ち着いた静かな口調で。
「その騎士を三分以内に斬り伏せればいいのだろう」
場の空気が一瞬凍り付いた。
光也が珍しく、失笑する。
「それができるのですか? 暗黒の中世から甦った虐殺者を斬れるとでも」
「ひとの姿をしたものなら、ひとの理に縛られる。誰であろうとね。ひとの理に縛られたものならなんだって斬れるさ。なにしろおれは」
百鬼は、ドラクルに比べると穏和とすらとれる笑みを浮かべた。
「ひと斬りだからね」