其の十五
僕らはとうとう地下のもっとも奥深いフロアに辿り着く。
エレベーターは停止し、薄暗い通路が目の前に延びている。
僕は蝶子に頷きかけた。
僕はMD7の能力を全開にして、突入することにする。
最後の部屋、コマンドルームには恐らく最大の強敵が待ち受けているのだろう。
その魔法的存在のラスボスは、蝶子と百鬼にまかすとしてせめて雑魚だけでも蹴散らせておいて有利にことを運びたい。
もう僕、というかMD7の活動限界は近い。
全力で動けるのは10分たらずだと思う。
ここで出し惜しみしても、しかたない。
リミッタを外して、フルパワーでの突入を行う。
それが僕の最後の使命だった。
蝶子が携帯端末を操作し、奥の扉を開く。
僕は漆黒の風となってその部屋へ突入した。
白いフリルのついたスカートは、固体化したかのような空気を黒い翼となって切り裂いてゆく。
僕はそのスカートの下からスタングレネードを取り出すと、炸裂させた。
部屋全体をほとばしる液体のような轟音と閃光が満たしきる。
僕はブーストをかけられ高速化した意識で室内をサーチした。
ひとは三人。
戦力になりそうな兵士は一人だけで、後は高校生。
魔法的存在は感知できないので、いるのかいないのかは判らないけど多分いるんだろう。
でも、ひとは後回し。
部屋の電装系コントロールパネルを見つけると、ダイナソーキラーを撃ち込んで破壊する。
スタングレネードの炸裂が発した轟音と閃光は消え去ったが、今度は闇が支配した。
これで、光也と理図の動きは封じられたはずだ。
MD7のセンサーは闇の中でも、ひとの発する体温を感知していた。
後は理図たちを軽くぶちのめせばいいはず、だったのだけれど。
予想外に兵士が僕の動きに反応していた。
僕の速度は、ひとの肉眼で捉えられるレベルを越えていたはずなのだけれど。
その兵士は拳銃を僕のほうへ向けようとしている。
ブーストをかけられて高速化した僕の意識ではゆっくりとした動きなんだけれど、ひととしては超人的にはやい。
僕はダイナソーキラーを兵士にぶちこんだ。
猛獣であろうと一撃で死に至らしめる凶悪な弾丸は、兵士の胸に深紅の大きな穴を抉る。
兵士が巨人のハンマーを喰らったかのように、床に跳ねとばされるのを横目で見ながら僕は理図へ向かう。
とりあえず理図を確保して彼女の命と引き換えに僕の身体を取り戻すつもりだったのだけれど。
僕は、全身を氷で貫かれたような恐怖を感じ立ちすくむ。
僕は無意識のうちに、悲鳴をあげていた。
稲妻のようにS字に湾曲した剣が僕に襲いかかる。
僕は立て続けに、ダイナソーキラーを撃ちながら後ろへさがっていった。
僕の目の前を、白銀の稲妻のような剣が走り抜ける。
巨人が放つ鉄槌のような破壊的銃弾がその古めかしいプレートメイルを身に纏った男へと撃ち込まれてゆく。
おそらく、装甲車両でも破砕できるパワーをもった銃弾を幾発もくらいながらその男は、前に進み出る。
魔法的存在。
夜の空を分断していくような黒い虹がごとくに。
男は深海の果てを思わせるその部屋を埋め尽くす闇を両断しながら、前へと進み出る。
その真夜中の太陽がごとくに暗い両の瞳は、意外にも詩人の憂いを湛えており。
蒼ざめたその顔は、哲学者の苦悩を秘めているようであったが。
全身を黒い焔がごとく包んでる殺気は、この世を滅ぼす暴龍の吐息のように激しい。
僕は死を覚悟した。
魔法的存在の速度は僕のトップスピードを凌駕している。
何より僕の撃つダイナソーキラーは、男の動きを止めることすらできない。
男の振るう湾曲した剣が僕の喉元へと延びるが。
唐突に消えた。
男は光也の前に瞬間移動すると、十字型ブレードを剣ではじき飛ばす。
百鬼の放ったものだ。
僕と魔法的存在の男は距離をとって対峙する。
僕の後ろでは、百鬼が十字ブレードを構えていた。
まさかの膠着状態となっている。
非常灯が点灯し、闇が終わりを告げた。
けらけらと、理図の笑い声が響く。
「あらら、可愛いメイドさんね。お家に持って帰りたい感じ」