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其の十三

「犬は好きですか?」

光也の言葉に黄は奇妙な顔をして答える。

「昔、ドーベルマンを飼っていたよ」

その言葉に光也は満足げに頷くと、手元にある端末を操作した。

壁にの一面が新たに開く。

金網のフェンスに覆われた小部屋が現れた。

その奥には、大きなケージが置かれており、中には大型犬がうずくまっていた。

黒くて獰猛そうな犬だ。

精悍な顔つき。

それに、よく訓練されたように見える筋肉。

多分、軍用に調教された犬なのだろう。

まあ、すこし黄にも雰囲気が似ているような気もする。

不気味に殺気を振り撒き、戦闘マシーンのように隙がない。

有能な戦闘機械。

光也は笑みを浮かべ、黄に問いかけの眼差しを投げる。

黄は頷いて見せた。

「いい犬だ。よく鍛えられているようだし、訓練もいきとどいているようだな」

あたしは、金網に向かう。

金網の手前には、子猫を入れた小さなケージがあった。

黒い綺麗な毛並みの子。

賢そうで、しかも俊敏さももってるみたい。

小さいけれど、ちゃんと肉食系の生き物としての雰囲気を備えていた。

あたしは、金網についた小さな扉を開くと小さなケージの扉を開きその子を抱き上げる。

手にとると、その子が抱く不安が伝わってきた。

まあ、知らないひとに囲まれおまけに目の前には殺気を潜ませた大型犬がいるのだ。

不安にならないほうが、どうかしていると言っていい。

あたしは、その子を撫でてやる。

「おい」

黄が当惑した声を出す。

「一体何をするつもりなんだよ」

光也はその言葉を無視すると、あたしに目で合図を投げる。

あたしは頷くと、一本の針を取り出した。

鋭く細く丈夫そうな長い針。

30センチ位の長さはあるだろうか。

あたしは子猫に不安を感じさせないように、抱いた左手で喉元を撫でてやりながら右手に持った針をかまえる。

「今、彼女の身体に刻まれたルーンは、彼女の体内に取り込まれた弦月の血を解析しています。そして、その力、直視の魔眼の能力を彼女の中に埋め込んで言っている」

あたしは、ルーンを口のなかで唱えはじめる。

ルーンが現実世界へと漏れだした。

真紅のルーン文字が、銀色に輝く針の回りを螺旋を描き駆け巡る。

光也が言葉を続けた。

「まだ、魔眼の能力は取り込み終えていません。あと数時間はかかるでしょう。けれど、今でもできることはあります」

あたしは、子猫の頭を見る。

その黒い毛やその下にある頭蓋骨も透けてゆく。

血と神経電流が駆け巡っている脳の奥深くに眼差しを向ける。

見えた。

その、奥深くに眠っているものが。

進化の鍵穴とでもいうべきなのだろうか。

暗黒の夜空で密かに輝く、宵の明星がごとく鋭い光を放っている。

その輝きに狙いを定め、ルーンの紅い輝きをまとわりつかせた針をかまえた。

あたしは、一気に針を子猫の頭に突き刺す。

子猫には、何が起こったのか感じとる時間はなかったはずだ。

一瞬ピクリと身体を痙攣させた子猫は、あたしの腕の中でぐったりとなる。

死んではいない。

眠っているのでもない。

ただ、頭の中と身体でおきている変化に意識がついていってないだけだ。

すぐに意識が追いつく。

あたしは子猫を小さなケージに戻した。

ケージの中に子猫は横たわる。

光也は、端末を操作した。

猫を納めたケージと、犬を納めたケージが同時に開かれる。

あたしは、軍用犬に向かって叫んだ。

「殺しなさい、その子を」

あたしの声を聞いた軍用犬は、訓練された無駄のない動きで飛び出した。

惚れ惚れするような、美しい動きである。

黒い焔が風にのって襲いかかっていくような。

流れるように、そして素早く。

子猫のもとへ行った。

そして、赤い血が迸る。

ごとりと、黒い首が床を転がった。

しかし、それは軍用犬の首である。

子猫は、生きていた。

満月のように、金色に瞳を輝かせて犬の死体の上に乗っている。

赤く染まった口から、血が垂れた。

「おい」

黄は、困惑した口調で問う。

「どういうことだ、これは」

光也は、笑みを口元に浮かべたまま応える。

「あの猫に眠っていた潜在性を呼びおこしたのですよ。別の言い方をすれば、あの猫の中に降ろしてきたのです」

「一体、何をだ」

「神、といえばいいのかもしれませんが。その言い方がゆるされるのは、八百万の神がいる、この島国だけでしょうから。妖魔というべきなのでしょうね」

子猫は、悪意がこもった目であたしたちを見る。

ふふん、怒っているのでしょうね。

かってに捕まえかってに閉じ込め、しまいには得体の知れない怪物に作り替えられてしまったのだから。

怒らないほうが、どうかしている。

子猫は、フェンスに飛びかかった。

鋭い爪で、フェンスにしがみつく。

牙をふるうと、紙のようにあっさりと金網をひきちぎっていった。

大型肉食獸ですら食いちぎれない強度を持つフェンスであるが、物の怪にとっては障害物にはなりえない。

子猫はコマンドルームへ飛びこんできた。

光也は拳銃を抜くと子猫を撃つ。

立て続けに9ミリ弾が発射され、子猫に食い込む。

子猫は、光也の前を通りすぎ黄の手前で床に落ちる。

ずたずたになった肉塊のように見えた。

黄は、その猫をのぞきこもうとする。

「やめなさい!」

光也が叫んだときには、遅かった。

黄の喉元めがけて赤と黒がマーブル状になった獣が襲いかかる。

そのかつて猫であった怪物を剣が両断した。

あたしが、呼び出したワラキア公ドラクラのヤタガンソードである。

あたしは、黄に叫んだ。

「これは、貸しよ。あたしの生命を使って助けてあげたんだからね」

黄は、尻もちをついてワラキア公を見上げた。

暗い瞳を黄に向けたワラキア公は、口を歪ませる。

「おまえのように、呑気なおとこが軍人なのだとしたら、平和な世界だな。ここは」

黄は、憮然とする。

「おれが呑気だと?」

うん。

青ざめて尻もちついた今の状態では、なんて言われてもしかたないよ。

ワラキア公は魂を凍り付かせるような、闇色の眼差しを向ける。

「お前の殺した数は千にも届くまい」

ワラキア公は、笑ったように見えた。

「おれは幾万もの兵を串刺しにして殺した。おとこも、おんなも。兵も貴族も。死を重ねると覚悟がうまれる。おまえには、それがない」

そして、ワラキア公は闇の中へ戻っていった。

黄は立ち上がると、光也に向き合う。

おそらくこの地下にきてはじめて真剣になって。

「何を望んでいるんだ、お前たち」

光也は、笑みを浮かべた。

「はじめから言っているつもりですが。僕らはあなたたちと契約を結んで顧問となる」

「おまえら、今の直視の魔眼を自分たちに使うつもりだろう。そうすれば、魔法を犠牲なしで使える。無尽蔵の魔力が手に入る」

黄は恐れを宿した目で光也を見る。

「パワーバランスが崩れる。世界の秩序をくみ直すこともできる」

光也は、あははと笑う。

「僕らはただの高校生ですよ。ただね」

「ただ?」

「いずれこの島があなたたちの一部になる日が遠からずきますよね。その時、あなたたちのそばにいたいだけです」

黄は、畏怖の混ざった目で光也を見ている。

「いずれこの島では何万ものひとが粛正される。まさかその時に発生する生命エネルギーが望みだというのか?」

「さあ」

光也は、あいかわらず涼しげに微笑む。

「どうでしょうね」



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