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其の十二

黄は座ったまま考えこんでいるようだ。

ワラキア公には、冥界に戻っていただいた。

黄は魔法を目にした衝撃から、なんとか冷静さを取り戻そうとしてるみたい。

まあ、そうじゃないと困るんだけどね。

あたしたちの交渉は次のステップに移らないといけないから。

「お前は」

黄は、光也に問いかける。

「10年の寿命を差し出したといったな。あれは、どういう意味なんだ」

光也は、優しげと言ってもいい笑みを黄になげかけている。

「そうですね、説明するより見たほうが判りやすいでしょう」

光也は、制服の前を開く。

シャツも開くと、黄に胸を見せた。

黄は、思わず呻き声をあげる。

胸の中心に、黒い染みが浮かび上がっていた。

光也の身体の一部が死に、変色している。

壊死しているのは、表面だけでは無く臓器まで達しているはずだ。

光也の身体には、死の楔が打ち込まれている。

それは今後光也が契約を行使していけば、より深く体内に食い込んでゆき光也を文字通り殺していくものだ。

「それでは」

黄は、蒼ざめた顔であたしのほうを見る。

「あの娘も同じなのか」

「理図、見せてあげなさい」

ええーっ。

あたしは嫌な顔をしたが、光也は静かにあたしを見つめる。

うーん。

そんな目で見られたら、逆らえないのよね。

あたしも、セーラー服の前を開く。

あたしの身体は、光也と違ってもうすでに大半が壊死していた。

あたしの胴体は、既にゾンビ化している。

その、黒くなった身体には緋色のルーンが刻まれていた。

死せる身体に刻まれた、焔のように輝くルーン。

そのルーンが、今のあたしを駆動している。

光也は淡々と、黄に語りかけた。

「彼女は実際、既に死んでいます。彼女の身体に刻みこまれたルーンが辛うじて彼女を動かしていますが、それでももって二、三日というところでしょうね」

黄は、ため息をつく。

「おそらく、お前たちの駆使する魔法であればどんな者が相手であっても滅ぼすことができるにちがいない。しかしそれに自分の命を使っていたのでは、話にならんよ。まあ、犠牲を使うことができるのかもしれんが」

光也は、落ち着いて返答する。

「供儀の儀式で魔法を作動させることは、もちろん可能ですが。誰でもいいという訳ではありません」

黄は苦笑する。

「まあ、そうなんだろうな」

「だから魔法のために文化的インフラストラクチャが古代には構築されていたのです。そして、中世にジル・ド・レイが犠牲を愛したのちに殺したのは、理由のないことではありません。殺すことが重要ではなく、心的エネルギーの燃焼が必要です」

黄は、肩を竦めた。

「やっぱり使えんな。コストが高すぎる。カミカゼ特攻と同じだよこれでは」

光也はそれにはこたえず、端末を操作する。

壁の一面が開き、中から水槽が現れた。

その、仄暗く巨大な水槽の中には死体が浮かんでいる。

洞窟の水底に潜む大きな魚のように、死体は闇の中で白く浮かびあがっていた。

弦月の死体、あたしたちの最期の望みであり、最大の賭け。

「なんだ、その死体は」

黄は眉をひそめる。

光也は、平然と応えた。

「正確には死体ではなく、仮死状態です。これが、あなたの言うところのコストを無くすものです」

黄は憮然として言いはなった。

「意味が判らん」

「シャーマンには二種類あります。花苑院や土御門のように、この世の外から物の怪を呼びだし使役するものと。もうひとつはこの世に属するものの中に、怪異の潜在性を見出だすもの」

黄は少し苛立ってきたようだ。

「その死体が、その後者のシャーマンだというのか」

光也は、頷く。

「弦月家。この世にあるものの中に神を見いだしそれを祀るシャーマンの家系です。ものの中に宿る神を見る力。それは直視の魔眼とよばれます。そして」

光也は落ち着いた眼差しを、黄に向ける。

まるで、この軍人の内で燃える熱を殺そうとしているかのような、静かな眼差し。

「弦月家の魔眼の持ち主は、花苑院や土御門の術者に接触することを禁じられてきました」

「何故だ」

光也の瞳が黒い焔を宿したように輝く。

黄は少し気押されたようだ。

「もし、花苑院のものが魔眼を手に入れることができれば。生き物の中に潜む神を呼び出すことができる。そしてそれが可能なら」

光也の瞳が暗く燃える。

「ひとの中の神を呼び出せれば、生命の燃焼など幾らでも可能になります。つまり無尽蔵の魔力が手に入れられる」

黄は黙って光也の言葉を聞くばかりだ。

光也は、少し微笑み言葉を重ねた。

「理図の身体へその弦月の血を入れました。遺伝子レベルで組み込まれている魔眼の力を、今理図は手に入れつつあります」

光也の言葉を聞いても黄は黙ったままだ。

光也は、微笑みを崩さない。

「まあ、お見せしたほうがはやいですね」



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