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第三章 夢見る白鳥号 その1


 それから一週間がたった。ルウ達は船を引き揚げるため、再び大岩ガ浜へ向かうこととなった。ルウ、ブッカ、トウリ、ソビィの四人がボロ桟橋の上に集まっていた。

 ルウは船を発見したその日に、アビコにも船の引き揚げ計画の話をした。が、アビコは「ああ、そうかい」と言うだけで否定も肯定もしなかった。まあいつもの反応だけど。でもルウは、自分の感じたあの《素敵な予感》をアビコとも共有したかったのだ。だから少し残念な気持ちになった。この日もルウは庵を出る時にアビコを誘ったのだが、部屋の奥で糸紡ぎをするアビコが動くことはなかった。


「やっぱりアビコ殿は来ないかね」

 

トウリが「しょうがないね」と声を掛けてくれた。ルウは少し寂しげな笑顔を浮かべ「いつものことですから」と言いながら歩きはじめた。

 

「いや、しかし絶好の引き揚げ日和だね。日頃の行いがいいおかげだね。いや〜楽しみだ楽しみだ」

 

毎度大げさな大声でブッカがソビィに言った。ソビィはしちめんどくさそうに横目でブッカを見て言う。


「君は船の引き揚げには反対だったんじゃないのかい」


「やだなぁソビィくん、こんな楽しいことを反対なんてするもんか。僕が一番楽しみにしてたんだぜ。そんなイヤミばかり言ってると、ろくな学者にならないぜ」


「まあ、ブッカったら。本当に調子がいいんだから」


 ルウはあきれ顔だ。


「はっはっはっ、楽しみといえばこっちも負けてはおらんぞ。なあ、ソビィ」


 と、トウリに言われてしまったもんだから、ソビィの顔は真っ赤っかだ。


「ぼ、僕は別にそんな楽しみとかじゃなくて」


 ソビィのしどろもどろ姿にみんなが笑った。 


「よかった。みんな楽しみにしてたのね。うふふ」


 ルウは楽しみにしていたのは自分だけじゃなかったことに心の底から安堵していた。よかった。本当によかった。きっと私の感じた《素敵な予感》はもうとっくに始まっているんだわ。そんなことを考えながら前を歩く三人の姿を見ていた。ついさっきまでのちょっぴり寂しい気持ちは、すっかりどこかへ吹き飛んでいったようだった。

 さて、一行はカナンの集落を越えて大岩ガ浜へ続く下道へ入った。前回来た時とは違い今日は雑草がないから歩きやすい。


「おお、これはすっきりしたな」


 トウリが感心して呟く。この一週間、ルウが嫌がるブッカを連れ立って、毎日草刈りをした甲斐があった。


「君たち、ぼくに感謝しろよな」

 ブッカはさも自分の手柄のように胸を張った。こういう所が猫の浅はかさだ。案の定、ソビィからは冷たい目で見られてしまった。


 下道を抜けて浜の入り口に立つと、ルウとブッカは驚いた。


「な、なんだいこれは」


 見るといつもは誰もいないこの浜に、今まで見たことのないくらい大勢の人達が集まっていた。ルウはトウリの顔を見た。トウリはにっと笑った。


「はっはっ、まるでお祭りのようだな」


 トウリは少し得意げに説明をしはじめた。トウリとソビィは船を発見したあの日、観測を終えたその足でマルミの漁村へ出向いたというのだ。そこの網元の頭領に引き揚げの手伝いを頼んだところ、頭領のほうが乗り気になった。このところ湖の水が減って、漁師たちも船が出せない日々が続いており、暇を持て余しているらしい。一も二もなく快諾だったそうだ。

 元来漁師というのはお祭り好きだ。今日も男衆だけで二、三十人はいる。それに見物の子供やおかみさんたちもいる。さらにカナンの人々もガグリの両親を筆頭に集まっていたもんだから、一体全体ここには何人いるのやら、ブッカはもう数えるのをやめた。

 トウリは説明を終えると、「ちょっと挨拶にいってくるよ」と行ってしまった。


「これだけの人がいたら船の引き揚げなんてかんたんだね」


 ブッカは感心して周りを見渡しながら、ルウに向かってそう言った。しかしルウはといえばあまりの人の多さに少し気後れしてしまった。何せ、ルウが今までの人生で見て来た人の数より多くの人が集まっているのだ。普段人見知りなどしないルウでもその光景に圧倒されていた。


「なんだいルウ、君もしかして緊張しているのかい」


 お気楽猫のブッカはからかうようにそう言った。


「そ、そんなことないわよ。少し人が多くてびっくりしただけよ」


 ルウはそう言うが、その顔は緊張そのものだった。


「あっほら、あそこに三兄弟がいるぜ」


 ブッカの指差した方向を見ると、大岩の上からガグリの三兄弟がこっちを見ていた。


「あいつらも手伝うのか」


 ソビィが少し不安げにそう言った。それを聞いたブッカが反論する。


「まあそう言うなよ。ぼくは一緒に遊んでわかったけど、そんなに悪い奴らじゃないぜ、あの三兄弟は。ただ少し変わってるだけさ」


「別にそんなふうに思ってやしないさ。邪魔さえしなければどうでもいいよ、僕は」


「まったく冷たいねぇ。学者の卵さんは」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、ルウは改めて周りをよく見てみた。マルミの漁師もカナンの住人もみんな笑顔だった。その顔を見ていると、ルウは自分の《素敵な予感》がみんなに伝染したような気持ちになった。するとようやく胸の奥がすーっと楽になり、いつもの調子が戻って来た。そうだ、今日のことをこんなに楽しみにしていたんだ。ルウはその気持ちを思い出したのだ。


「ねえ私たちも行ってみましょう」


 ルウはそう言うと駆け足で行ってしまった。ブッカはソビィを見ながら言った。


「いつものルウに戻ったね」


「ふん、僕は別に心配してなんかいないよ」


 ソビィはぶっきらぼうに答えた。


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