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第二章 湖の底の船 その1


「おーい君たち、そんなところで何をしているんだ」


 トウリが息も切れ切れに三兄弟に駆け寄り尋ねた。余程疲れたのか両手を膝についてゼーゼーと背中で息をしている。その突然の珍客に三兄弟はギョッとした。おまけにちょっと遅れてルウまでやって来た。ルウはガグリの三兄弟には何度か会ったことはある。が、いつもルウの顔を見つけると逃げてしまうため話をしたことはなかった。

 ちなみにガグリは灰色の熊のような風体でなかなか見分けがつかないが、この三兄弟には顔にぶち模様があるため見分けるのは簡単だ。真ん中の鼻ぶちが長兄で、こちらに対する警戒心が強い。その長兄の後ろからこちらの様子をうかがっている目ぶちが次兄だ。少し怯えた様子でこちらと湖面をきょろきょろ見ている。その二人の前に立ち、棒を構えているのがあごぶちの末弟だ。このあごぶちは目つき鋭く、こちらを威嚇するように棒を高く構えていた。

 ルウは深呼吸して息を整え、努めて明るい声で言った。


「ねぇあなた達、ひょっとしてここでケンカでもしてたの? 棒なんか振り回して」


 三兄弟は何も言わずじっとこちらをじっとみていたが、目ぶちの次兄が兄とルウの様子を伺いながらうわずった声で、


「ああぁぁ、あそこぉ見てみろ」


 と言いながら湖面を指差した。あごぶちの末弟が棒を掲げたまま少し横に移動し、無言であごをしゃくって「下を見ろ」と促した。

 ルウとようやく息を整えたトウリは顔を見合わせた。ふたりはガグリ達のそばをそぉっと横切り、大岩の先端に立った。ルウはここから湖に飛び込んだ事もあったが、今は空っぽで、ただの崖だった。下をそっと覗くとその高さに思わず足がすくむ。ルウはもっとよく見なきゃと思い、トウリの腕をぎゅっと掴んでもう一度覗いてみた。崖下はすでに干上がっており、その先の方に波打ち際が見える。そのまた先は真っ暗で何も見えない。           

 ルウはガグリが何を見ろと言ったのかよくわからなかった。トウリの方もそうだったらしい。


「何を見ればいいの」


 ルウは首を傾げ三兄弟に尋ねた。末弟が鼻息荒くこちらに近づいてきて、グンと棒を湖面に向けた。それは波打ち際の少し先の方らしい。


「あすこだよ、あすこっ。よっく見てみろ」


 ルウは何もそんな大きな声で言わなくってもと思いながらも棒の先をよっく見てみた。すると湖面の一部が少し泡立っているのがわかった。波が何かにぶつかっているようだ。それは何やら白いものらしい。波が引くとその姿が湖面の中にぼんやり見えた。ルウにはその白いものが、一瞬人の顔のように見えた。


「先生、あそこ。何か見えます」


 ルウも指差した。トウリは遠くが見え辛いらしく、目を細めて丸眼鏡を前後にずらしながらうーんと唸っている。


「なになに、なんだい。何が見えるんだい」


 遅れて来たブッカとソビィも二人に並んだ。ルウは波打ち際の先に何か見えると指差した。


「か、怪物だ。怪物が現れたんだ!」


 突然、鼻ぶちの長兄が叫んだ。一同びっくりしてガグリ達を振り返る。ブッカなどは大岩の先の先まで足を掛けていたもんだから、あやうく崖から落っこちそうになった。


「あ、あぶないじゃあないか」


 ブッカが抗議するも、ガグリの三兄弟は相手にしない。その表情は固く厳しい。


「き、きっと怒ってるんだ。湖の水がかれていくのも、雨がふらないのも、きっとあの怪物のせいだ!」


 長兄の後ろで次兄が叫んだ。


「だ、だからおいらたちがあいつをやっつけんだ」


 末弟はそう言うと再び棒を高く振り上げた。三人ともかなり興奮しているらしい。肩をいからせ鼻息が洗い。 


「先生は何に見えますか」


 ソビィは落ち着きのある声でトウリに問いかけた。トウリは相変わらず目を細め眺めていたが、あきらめて首を振った。


「ふうむ、もう少し近づいて見なければはっきりせんな」


「そうですね」


 トウリはルウに「ちょっと見てくるよ」と言うと、ソビィと共に大岩を下りて行った。


「お、おいやめろ。食われっちまっぞ」


 ガグリの長兄はうわずった声を二人の後ろ姿にぶつけた。ソビィは一瞬振り返りその冷たい目でガグリ達を見据えたが、そのまま構わず下りていった。そんなソビィに対してガグリの弟たちが罵声をあびせる。ブッカは興奮も頂点に達している三兄弟に、のんきな声で尋ねた。


「ねえ君たち、ぼくはこの湖に怪物がいるなんて聞いた事がないけどな。どうして君たちはあれが怪物だってわかるんだい」


 次兄がブッカを睨みつけて応える。


「お、お前たちが知らないだけだ。ここには怪物がいるんだ」


 末弟が棒を振り回して応える。


「あ、あいつは昔っからこの湖にいるんだ」


 ブッカは二人の勢いに少しうんざり気味に、


「ふぅん、ぼくには怪物には見えないけどな」


 と言ってトウリとソビィの後を追った。残されたルウは、どうしようか迷ったが、怪物の話はとても気になる。結局ここに残って三兄弟の話を聞いてみようと思った。


「ねえ、あなたたちはいったい何に怯えてるの」


「お、おびえてなんかいねっぞ」


 長兄が言った。


「そ、そうだ。俺たちは怪物なんかこわくねっぞ」


 次兄が言った。


「そ、そうだ。棒でやっつけんだ」


 末弟が言った。


「でも私さっき見たけど、きっとあれは怪物なんかじゃないわ。もっと別の……なにかだとおもうの」


「いいや。あれは怪物だ」


 長兄が言った。  


「そうだ。あいつは人を食う怪物だ」


 次兄が言った。


「そうだ。伝説の怪物だ」


 末弟が言った。


「伝説の怪物?」


 ルウは生まれた時からこの湖に住んでいるが人食い怪物の伝説話はこれまで聞いたことがない。(きっと私のまだ知らない伝説なんだわ)そう思ったルウはなんだかわくわくしてきた。そこは魔女の娘、好奇心は人一倍だ。


「ねぇ、その怪物には名前はあるの?」


 ルウは期待に胸ふくらませながら尋ねる。


「か、怪物に名前はない」


 長兄が言った。


「怪物に名前なんていらない」


 次兄が言った。


「怪物は怪物だ」


 末弟が言った。


「その怪物はどんな姿なの?」


 ルウは期待して尋ねる。


「と、とてもおそろしい姿だ」


 長兄が言った。


「まっちろくておそろしい姿だ」


 次兄が言った。


「まっちろくて気味わるくておそろしい姿だ」


 末弟が言った。


「その怪物はどんな悪いことをしたの?」


 ルウはまだ期待して尋ねる。


「と、とっても悪いことだ」


 長兄が言った。


「怪物は悪いことしかしねえんだ」


 次兄が言った。


「怪物がすることはみんな悪いことだ」


 末弟が言った。

 ルウはふうと息をついた。あれあれ、これはなんだかおかしいぞ。どうも話が見えてこない。それでもルウはもう一度、最後の期待をこめて尋ねてみた。


「ねえ、私はその怪物の話をまだおばば様に聞いたことがないんだけれど、あなたたちはいったい誰から教えてもらったの」


「お、おれは兄ちゃんから聞いた」


 次兄が言った。


「お、おいらも上の兄ちゃんから聞いた」


 末弟が言った。


「お、おれが教えたんだ」


 長兄が言った。


「あなたが二人に教えたのはわかったわ。じゃあ、あなたはいったい誰に教わったの」


 ルウはすっかり期待も消えて、代わりにほんの少しのいらだちを胸に長兄に問いただす。


「おれはだれにも教わってなんかいない」


 長兄が言う。

 誰にも教わっていない伝説っていったい何だろう。ルウは少し考えたが、やがて

「ああこういうことか」と思い当たり口にしてみた。


「もしかして怪物の伝説ってあなたが考えたお話なの?」


「そ、そうだ。全部おれが考えたんだ!」


 長兄はそう叫ぶと、胸を張って立ち上がり、一歩前に出た。二人の弟はその姿をまるで神でも見たかのような眼差しで見ている。ルウはその光景を見てため息をついた。「な〜んだ作り話か」とルウは少しがっかりした。でもじゃあ、あの湖の中の白い影はなんなんだろう。


「あ〜あ、私も一緒に行けばよかったわ」


 ルウは大岩の上からトウリ達の行方に目を移した。

 


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