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第十一章 眠れる力 その1


 飛び立った魔女の姿を、ルウは見えなくなるまでじっと見ていた。


「本当に魔女なんだ」


 ルウはアビコが魔法を使っているところを見たことが無かった。一度ウルスの誕生式で五王玉に入っていくアビコの言の葉を見たが、アビコはあれはおまじないだと言った。なので疑っていた訳ではないけれど、初めて見た魔法はとても新鮮で嬉しい驚きだった。


「さてと」


 ルウはわざと大きな声で言ってみた。肩の力が抜けていく。大きな深呼吸をひとつ、涙で濡れた顔を袖でゴシゴシする。そのまま山を見上げる。さっきまでの不安は嘘のように消えていた。


(おばば様と一緒に飛んでいってしまったわ)


 ルウは思わず微笑んでしまった。そしていまだに頭を隠して震えているブッカのお尻を、力一杯蹴飛ばしてやった。


「いっってててっ、何するんだよ!」


 ブッカがようやくこっちを向いた。お尻を押さえながら文句を垂れている。だいたいいつものブッカだ。ルウは安心した。


「さあブッカ、おばば様の話は聞いていたわね。私たちは私たちに出来ることをするのよ」


 と言って今度はブッカの尻尾をぐいと引っ張ってやった。


「いたい、いたい、こらっ何するんだい! まったくこんな時に、きみってやつはほんとに子供だな〜」


 もうすっかりいつものブッカだった。


「アビコの話ならちゃんと聞いてたよ。さあ、ぼくたちもさっさとマルミの漁村まで逃げようじゃないか」


 ブッカはそう言うと屈伸をはじめた。さては走って避難するつもりだ。そんなブッカを見てルウは微笑みながら首を横に振った。


「なに言ってるの、全然聞いていないじゃない。おばば様はウルスの旅立ちの時と言われたわ。ここでお別れだってね。きっとこの噴火がきっかけだったのよ。私たちはここでウルスを見送るのよ。そして、この子の代わりに私たちが白鳥号を守るの!」


 ルウは最後は鼻声混じりになりながらそう言った。ブッカはあきれながら反論する。


「なに言ってんだい。ここだっていつ焼かれるかわからないんだぞ。早く逃げなきゃ、ぼくたちだって真っ黒こげになっちゃうかもしれないんだぜ」


 その時、もの凄い速さで近づいてくる足音に気づいた。ルウとブッカがはっとしてその音の方向を見ると、どこかへ消えたはずのガグリの三兄弟が両手に何かを持って現れた。三兄弟はもの凄い形相で走り抜け、ルウとブッカを追い越したところで、ようやく止まった。


「き、きみたち、どこへ行ってたんだい」


 ブッカが肩で息する三兄弟に恐る恐る尋ねると、ガグリの長兄が手に持っていた桶を差し出して答えた。


「お、おれたちはこの船をまもるんだ!」


 桶の中には水が入っていた。きっと走っているうちにこぼれてしまったんだろう。その量は桶の半分も無かった。


「どうしたの、この水」


 ルウが尋ねると次兄と末弟が答えた。


「い、井戸だ。井戸から運んだんだ」


「こ、この水で船を守るんだ」


 ルウは驚いた。ルウが呆然とし、ブッカが怯えていた時に、この三兄弟は既に自分達が出来ることを実行していたのだ。ルウは感心した目をこの三兄弟に向けた。と同時にそんな自分を恥じた。


(わたしはいったい何様のつもり! 何も出来ないくせに。この三人のほうがずっと立派だわ)


 そんな気持ちの後で、


「まずはあんたの出来ることをするんだよ」


 と言うアビコの言葉が浮かんできた。


(そうだ、とにかく今は自分の出来ることをするんだ)


 ルウは自分のほほを、両の手のひらでばしんと叩いた。その大きな音にブッカとガグリの三兄弟は何事かと息を飲む。


「うう〜ん」


 両目をギュッとして痛みをこらえると頭がすっきりしてきた。もう大丈夫だ。ル

ウは静かに目を開ける。山は相変わらず煌煌と燃えている。ふと気づくとブッカとガグリの三兄弟が心配そうな顔でこっちを見ていた。その顔がなんだか可笑しくてルウは思わず笑ってしまった。


「なに笑ってんだい、まったくもう。心配して損したよ」


 ブッカがそれでもほっとしながらそう言った。


「ごめんなさい、ブッカ。心配してくれてありがとう」


 ルウは笑いながらそう言って、今度はガグリの三兄弟を見る。三兄弟はぎょっとして少し身構えた。


「実は私たちもこの船を守りたいって思ってたの。でもどうすれば守れるかなんて思いもつかなかったわ。今あなたたちが教えてくれるまでわね。ねえお願い、私たちも井戸に連れてって」


 ブッカはもう諦めていた。こうなったらルウはもう止まらない。腹をくくって付き合うしかないのだ。三兄弟達は咄嗟のことでぽかんとしている。その時、突然ウルスが動き出した。みんな驚いてウルスを見上げる。グググとこっちを向いたウルスは泣いているのか笑っているのか、とても不思議な表情をしていた。


「ウルス、気がついたの」


 ルウが心配そうに尋ねる。ウルスは黙って頷く。そして山を見ながら言った。


『ボ、ボクモ テツダウヨ。サイゴニ ミンナノ ヤクニタチタインダ』


 ウルスの言葉にルウは思わずぐっときた。「最後に」ウルスはそう言ったのだ。アビコの言う通りここが別れの時、ウルスの旅立ちの時が迫っているのだ。


「わかった。つ、つれてってやる」


 ガグリの長兄が言うと末弟が先頭に立って「こっちだ」とあごをしゃくった。するとウルスがお茶会の時に使った巨大カップを持ち上げた。


「なるほど、そのカップなら大量の水を運べるぞ!」


 ブッカは手を叩いた。これで水運びなんてしなくて済むぞ。そうとわかると末弟にならんで先頭に立った。


「さあ、急いで行くぞ!」


 そう言って歩きはじめたが長兄は動かない。そして思い詰めたように言った。


「そ、それなら井戸よりももっといい所がある」


 それを聞いた弟たちがごくりと唾を飲む。


「いいのか兄ちゃん」


「い、いいんだ。いくぞ」


 そう言ってブッカを押し退け歩きはじめた。




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