第九章 鳴く山 その2
異常気象で雨が降らないことは前にも述べた。雨が降らないから湖の水は日に日に減っていた。マルミの漁師達は船が出せないから漁に行けなくなった。それも前に述べた。
そして異常はカナンでも起きていた。田畑用の井戸の水がここ数日のうちに温度が上がり、ぬるま温になってしまったというのだ。それと同時期から山の方より何やら轟々と音が鳴り響くようになった。
それは港が完成し、その完成式を終えた翌日のことだった。トウリは山でただならぬ異変が起きていると考え、単身調査に出向くことを決めた。
「嫌です。絶対に僕も行きます!」
珍しく強い口調でソビィは反論した。
「しかし山へ入ればしばらくは里へ降りてこられんし、危険もつきまとうぞ」
トウリは諭すようにそんなことを言うが、ソビィにはそんなトウリの態度が気にいらない。
「そんなことは百も承知です。僕はこれでも研究者の端くれとして絶対に先生に同行します!」
ソビィはそう言い切った後はいっさい口をつぐんでしまった。固い意志の表れだろう。トウリもそれ以上は何も言わなかった。
こうしてトウリとソビィは山へ行くこととなった。
出発前にトウリは、ソビィを連れてアビコの庵を訪れた。ちょうど出かけようと扉を開けたルウと鉢合わせになった。
「あら先生、いらっしゃい。どうしたんですか?」
ルウは思わぬ珍客に目を丸くした。トウリの後ろにはふてくされたように俯いたソビィがいた。
「ん? いや……はは、なぁにちょっとそこまで来たもんでね。ちょっとご挨拶でも……」
と、トウリは随分と歯切れが悪い。その時、ルウの背後から鋭い声が響いた。
「ルウ、出かけるならさっさとお行き」
その有無を言わせぬ声の響きにルウは気圧され、
「うん、いってきます」
と外へ出た。ソビィとすれ違いざまに「おはよう」と声を掛けたが、ソビィからは返事は無かった。ルウはなんだか事の成り行きが気になったが、結局この日もウルスに会いにいった。
ルウが庵から離れるのを確認してから、トウリは山へ行くとの用件を伝えた。その話を聞きながらも、アビコはろくにトウリを見ること無く糸紡ぎをしていた。トウリはその用件だけを伝えると、ソビィを連れて帰っていった。
その日、ルウがが帰ってきた時、庵の中では相変わらずアビコが糸紡ぎをしていたが、その表情は少し怒っているようにも見えた。だからルウには何も聞くことはできなかった。
それから数日後、その日は朝からとても暑かったという。
ルウとブッカはその日もウルスに会いにいった。ウルスは白鳥号のドックに住んでおり、港造りが終わっても、毎日誰かしらがやって来ては、遊びやら勉強やらを楽しんでいた。
その日は先にガグリの三兄弟が来ていた。三人が顔を出すのは久々だった。この三兄弟はお茶会の後からあまりウルスの元へ来ることはなかった。港造りにはあまり興味がなかったらしい。最近ではカナンの先の山林に頻繁に出入りしているようで、今日は木の実や花の種など沢山のお土産を持ってやって来ていた。どうやら新たな冒険先を見つけたようだ。
そしてそこで初めてガグリの三兄弟から、トウリとソビィが山へ入ったことを聞かされた。
「ええ、どうして! 私も一緒に行きたかったわ。どうして教えてくれなかったのかしら」
ルウは憤りを隠せない。プンプンしているとブッカがあきれ気味にこう言った。
「そりゃ、君が行きたがるからだろ」
ブッカに言われてああそうかとルウは思ったが、やっぱりちょっと納得がいかない。
(なによ、おばば様もトウリ先生もいつまでも私を子供あつかいして。一緒に山に入るくらいいいじゃない)
その日は朝からとても暑かったという。
そしてとてもとても静かな日だったという。
その音が天地に鳴り響くまでは……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
その轟音が鳴った時、地面が立っていられないくらい上下に激しく揺れた。
ルウもブッカも小さな悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。ガグリの三兄弟は何か喚きながら走り回って、結局転んでいた。ウルスは揺れる白鳥号を必死に支えていた。
揺れはいつまで続いただろうか。ルウには永遠に続くかと思うほど長く感じた。だがゆっくりと穏やかな揺れ方にかわり、やがて収まった。そして、
グウォンン
という音とともに空が真っ赤に燃えた。
ルウが振り向くとアトラス山の山頂から火柱が昇っていた。再び激しい揺れとともに轟音が鳴り響く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
山が噴火した。




