第五章 動く岩山 その1
あっという間に昼鳴りの鐘がなった。午後からの作業は船体チェックの総仕上げということで、手伝っていた子供たちはここでお役御免となった。ブッカもガグリの三兄弟も他の子供たちもたいそう不満顔だったが、すぐに遊びを考えてそっちに夢中になった。
「ルウもやらないかい。鬼ごっこ」
昼食の後片付けをしていたルウにブッカが誘いをかける。おかみさん達にも行っといでと言われたのでルウもそっちに参加することにした。
ルウはなんだかもやもやする気分を追い出してやろうと、無我夢中で走った。走って走って走っているうちにドックからずいぶん離れ、大岩の反対側まで来てしまった。この辺りは元々深みの場所なので水のある時には来ることの出来無い場所だった。深みの場所はなだらかな坂になっていたり、急な崖のようになっていたり、ゴツゴツとした大きな岩がごろごろ転がっていたりした。
「ひゃあ疲れた。ちょっと休憩しよう」
ブッカがそう言って岩のひとつに腰掛けた。気がつくとみんなヘトヘトだ。それぞれがちょうどいい大きさの岩を探して座っていた。
「それにしても湖の底って、まるでどこか別の世界のようね」
ルウは岩の上に立って遠くまで見渡す。まるっきり岩石しか見えない。おまけに見える限りでは水はまったく見えない。このままだと本当に湖が枯れてしまうのではないか。そうすると白鳥号は一生あのまま巨大オブジェとして過ごすことになってしまうわ。
「よーし、一休みしたら次は探検だ」
ブッカがそう宣言すると、子供たちみんなで「うん」と頷く。ブッカはすっかりいい兄貴分だ。さあいくぞとみんなの先頭に立って眼前の一番大きな岩山を登りはじめた。その後を他の子供たちも一生懸命登って行く。ルウやブッカよりもうんと小さな十人ほどの子供たちを見ていると、ルウの気持ちは少しほっこりした。
ふと見るとガグリの三兄弟は別の岩山に登っていた。先に岩の頂上まで登りきったブッカは三兄弟に向かって、
「おおい、こっちの方が高いぜ」
なんて言うもんだから、ガグリの末弟が地団駄踏んで悔しがっている。
その瞬間、一陣の突風が吹き荒れた。
頂上にいたブッカがよろめき落ちそうになった。他の子供たちもグラグラ揺れて、慌てて岩にしがみついている。
「だ、だいじょうぶ?」
下から見ていたルウはひやひやだ。ブッカなどはまだグラグラしている。
「わっわっわっ」
ブッカが手を広げバランスを取っている。その姿がルウには遊んでいるように見えた。
「ちょっとブッカ、わざとやってるんじゃないでしょうね」
「ち、ちがうよ、なんだかおかしいんだよ。おっとっとっ」
その時、ガグリの長兄が叫んだ。
「う、うごいてるっぞ!」
突然の絶叫にルウもブッカも驚いた。
「あ、あぶないじゃないか。落っこちたらどうするんだい」
ブッカが非難する。
「う、うごいてんだよ」
ガグリの末弟も叫ぶ。
「何が動いているの」
ルウが尋ねた。
「い、岩だ。チビ猫の乗ってる岩が動いてんだ!」
ガグリの三兄弟が声をあわせてそう言った。
ルウはブッカの乗る岩山を見上げた。よく見ると確かにゆっくりと揺れているようにも見える。
「は、はやくにげろ!」
ガグリの次兄が言った。それを合図に子供たちが転げるようにして下りて来た。ルウは子供たちの手を引いて、少し離れた場所まで駆け足で避難した。
「おおい、待っておくれよ〜」
いまだ頂上にいるブッカはオロオロしながらへたれ込んでいる。まったくいつも大口たたいているくせにこんな時にだらしがないんだから。ルウはそう思いつつ少しイライラしながら叫ぶ。
「ブッカ、早くおりなさい。その岩山なんだか変だわ」
「そ、そんなこと言ったって、グラグラしててムリだよ〜」
岩山は今でははっきりと左右に動いているのがわかった。
「か、怪物だ。今度こそほんとの怪物だ!」
ガグリの長兄が叫んだ。
「ば、ば、ば、ばか言ってんじゃないよ君たち。ただの地震だよ。しばらくすればおさまるよ。まったく子供だな。ははは〜」
ブッカが反論したが、まったく力のこもっていない動揺丸出しの声だった。岩山の揺れは収まる気配が無く、ますます揺れが激しくなっていた。それにルウ達のいる場所やガグリの三兄弟のいる岩山は全く揺れていないのだ。
「なんなのいったい」
ルウは一体全体なにが起こっているのやら見当もつかない。
その時、岩山が轟々と鳴り響き突然せり上がってきた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「う、うごいた。うごいたぞ!」
ガグリの長兄が叫ぶ。
「わあ、にゃんにゃんだこれ〜」
ブッカが叫ぶ。
「あぶない。ブッカしっかりつかまって!」
ルウが叫ぶ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
もの凄い地響きと共にせり上がった岩山は、さっきまでの倍ほどの高さになって止まった。廻りには土煙りが発ちころころと石が転がり落ちる音がする。ブッカは止まったことに気づかずに目を閉じたまま岩山にしがみついている。ルウもガグリも子供たちもみんな口をあんぐりしたまま、岩山だったモノを見上げていた。ルウはこんなモノは見たことが無かった。一体なんなのこれは。ルウはただ呆然と見上げていた。
その岩山は、いや岩山だったモノには頭があり、腕があり、脚があった。その岩山だったモノは明らかに人の形をしていたのだ。そこにはゴツゴツとした岩の巨人が聳え立っていたのだ。
「おおい、誰かたすけておくれ〜」
ブッカの気の抜けそうな声にルウはハッと我に返った。
「だめよブッカ。まだ動かないで」
ルウはそう言いながら、岩の巨人の様子をうかがった。巨人は立ち上がったまま動かない。ブッカのいる辺りが顔だろうか。しかしその表情は影になっており見えなかった。一体どうしたんだろうか全く動きそうな気配がない。
「や、やっぱり怪物だ。怪物がいたんだー」
ガグリの末弟が叫んだ。ルウはギョッとして三兄弟に向かって、
「ちょ、ちょっとうるさいわよ。静かにして。巨人さんを刺激しないでちょうだい」
ルウは静かな大声でガグリの三兄弟を注意した。末弟が文句言いたそうな顔をしていたが、次兄がそれを止めた。ルウの言葉に一理あると感じたのだろう。長兄はただ黙って岩の巨人を見ていた。
岩の巨人は動かなかった。しかしよく聞くと何やらゴシュゴシュと変な音がする。とにかく迂闊には近づけない。
「おおーい、どうしたんだ。一体何の音だ」
遠くから大人達の声がした。さっきの地響きはドックの方まで聞こえたようだ。まもなくしてトウリ達がやって来た。
「な、なんだね。これは」
トウリは岩の巨人を見るなり目が点になってしまった。どうやらトウリにもこれが何なのか判らないらしい。ソビィもただ呆気に取られていた。無論、漁師にも百姓にも判らなかった。ただ皆でその巨人を見上げていた。
「山の子だよ」
不意に聞き慣れた声がした。ルウがびっくりして振り向くと、そこにはアビコが立っていた。
「お、おばば様」
どうしてここに。ルウは声にならない声でそうつぶやいた。




