これからのこと
2017/08/06
内容を一部改変しました。
十月十二日 午前七時
あれから三日間。
寝床の探し方から食料の確保のしかた、敵から隠れる方法等。
ナナは嫌がるそぶりも見せずに技術を習得していった。襲撃などにさえあわなければ、年単位で生きていけるはずだ。
だが、不安材料はできるだけ残したくない。
今日は、ナナに自衛戦闘を教えようと思っていた。
「昨日、敵から隠れる方法は教えたが、今日はどうしても逃げられなくなったときに備えていきたいと思う」
「……はい」
ナナの顔つきが少し変わった。逃げられなくなったとき、というのがすなわち戦闘を意味するのだと悟ったのだろうか。
「やつらと戦うとき、まず第一に気を付けるべきなのは、とにかく接触しないことだ。なぜだかはわかるな?」
ナナが無言で頷く。
「接触しないためにはできるだけ距離をおく必要がある。少なくとも、素手で殴りあえるような距離では危険だ」
今までは技術で補えていたが、そもそもナナはあまり力が強くない。力任せでの戦いは難しいだろう。
今まで戦闘は銃器に頼っていたのでほとんど忘れていたのだが、やつらには弱点がある。
そう、塩素だ。
どういうわけか、やつらは塩素で動きを鈍らせることができる。
化学実験室には少量しかなかったが、プール跡で固形の塩素を見つけた。
それを飽和するまで水に溶かし、試験管に入れてゴム栓をする。
「いいか、やつらは塩素をかけることで動きを鈍らせることができる。これは投げつければ簡単に割れるはずだ」
これなら、少ない力でも投げられるし、複数個持ち歩くこともできるので二、三体同時に相手をしていても逃げる時間を稼げるだろう。
「狙う場所はできれば頭がいいが、ある程度は飛び散るだろうから上半身あたりに投げつければいい。ガラスの破片や塩素が目に入らないように気をつけろよ。分かったか?」
話し終わるが、ナナはうつむいて黙ったままだ。
「どうした? 気分が悪いのか?」
「…………ん」
「なんだ?」
「わかりま……せん」
一度にいろいろ言い過ぎただろうか。
「どこがわからないんだ?」
「わかりません! なにも、なにも!」
突然顔をあげ、声を荒らげる。その眼には涙が浮かんでいる。
「どうして……そんなことを私に教えるんですか? まるで……まるで、あなたがいなくなってしまうかのように…………」
ナナは、気づいたらしい。これらの知識が、俺がいなくなったときのためのものだということに。
だが。
「なにも、俺が今すぐいなくなるわけじゃない。ただ、いつまでもは守ってやれない」
誰かを守るということは、一人で逃げるよりも難しく、そして危険も付きまとう。
ナナと行動を共にする限り、俺はナナよりも先に死ぬ可能性が高い。俺は、そう考えていた。
「……いやです」
「ナナ」
「いやです! ずっと、ずっと一緒に! 私を……私と…………」
ナナは、それ以上はなにも言わなかった。
ナナは、きっと俺の考えがわかっている。そして、それが恐らく正しいことも。
ナナは賢い女の子だ。だから、自分が矛盾していることを口にすることができない。
しかし、ナナの心は三度、大きな傷を負っている。
一度目は中学生のとき。二度目はつい数日前。そして、三度目は俺がその傷を抉った。
ナナは強い。しかし、それも限界なのかもしれない。
俺は、なにも言うことができなかった。




