行動目標 生存 4
十月八日 午前十一時
食事を終え、とりあえず教室の安全を確保できていたので校内のクリアリングを行うことにした。
ナナには教室から出ないように言っておく。
閉所戦闘なので、レミトンM870にバードショットを込めておく。これならば出会い頭、とっさに照準を合わせずに撃ってもキラーを吹き飛ばせる。
教室を出てバリケードを越え、まずは一階の安全を確保する。
教室に入り、教卓の裏や掃除用具ロッカーの中まで調べる。これを繰り返し、一階の安全が確認できると、バリケードを再構築する。こうして少しずつ安全圏を増やしつつ、三階までの安全を確保する。
万が一侵入された時のことを想定し、階段や廊下をすぐに塞げるように所々に机やイスを設置しておく。
次に、二階の渡り廊下を渡った隣の校舎へ向かう。こちらには、職員室や校長室、用務員室、保健室等があった。
缶詰や空のペットボトル等が落ちていることから、用務員室を拠点にしていたことがわかる。
廃校だったこともあり、あの日、無人であったと思われるここには、血痕や死体が無かった。
正面玄関、生徒昇降口の他に、夜間通用口というのがあったが、正面玄関と生徒昇降口はバリケードで塞がれており、夜間通用口は施錠されている。俺達は生徒昇降口の割れたガラスから中に入ったが、そこさえ塞いでしまえば校舎の中は安全だと言えるだろう。
拾った鍵は通用口のものらしく、普段はそこから出入りしていたのだと分かる。
とりあえず、昇降口と教室棟の間に一か所、二階階段の踊り場に一か所バリケードがあるので、後回しでいいだろう。そもそもバリケードを補習するための資材が不足している。今の机とイスを積み重ねただけのバリケードでは、襲撃時十分と持たずに崩壊するだろう。
通用口から外に出て、学校の敷地外周のフェンスを見回る。校門以外に出入り口はなく、不審者対策で有刺鉄線が張られているので、防御力としては申し分ないが、ここに穴が開いていたらいくら校門を塞いだところで無駄だ。
グラウンドから見渡せる範囲に異常はなかったので、校舎の裏側へ回る。
校舎の裏には、畑と、小さなビニールハウス、井戸、そして倉庫があった。
ビニールハウスは半壊していたが、露地の畑にはじゃがいものつるが伸びていた。おそらく、以前に栽培されていたものの一部が収穫されずに地中にのこっていたのだろう。
倉庫の中に入ってみると、剣先スコップ、角スコップ、くわ等の農機具が数本ずつ、化成肥料と腐葉土が二袋。イノシシよけの金網数枚と、防鳥ネット、番線が出てきた。
これでバリケードの補修と強化ができそうだと考えていると、外から物音がした。
銃を構えつつ外に出てみると、金網をのぼろうとしているキラーがいた。幸い、有刺鉄線にひっかかってこちら側に侵入できないでいるようだが、脅威であることに変わりは無い。
おちついてセーフティーを解除し、フェンスを傷つけないように照準を合わせ、引き金を引く。
無数の散弾がキラーの上半身を吹き飛ばし、赤いしぶきがあがる。
せっかく着替えたので、返り血を浴びないように一歩下がり、血の噴出が収まるのを待ってから剣先スコップで残骸を向こう側へ落とす。
「これは……今のナナには見せられないな」
至近距離でバードショットをくらった死体は、手足はまだしも、胴体や頭部は原型をとどめない。
死体に抵抗感をあまり感じなくなった俺でも、できれば見たくない。
周囲をしばらく警戒していたが、新たなキラーが現れることも無かったので、資材を持って昇降口の補修をする。
イノシシよけの金網を番線ですでにあるバリケードと固定する。
教室棟に戻り、ナナを呼ぶ。
「おかえりなさい」
「ああ。これからなんだが、用務員室を拠点にしようと思う」
「わかりました」
ナナを連れて、教室棟から管理棟へ移動する。
渡り廊下にもバリケードを設置し、管理棟と教室棟とを分断する。
昇降口を完全に封鎖したので、渡り廊下以外の出入り口のない教室棟は、管理棟が襲われた時のセーフゾーンにする。そのため、教室には少し物資を残してきた。
用務員室は、小さなキッチン、給湯室がある土足のスペースと、その奥に畳の和室があった。
コンロの下の戸を開けると、缶詰数個があった。
おそらく、食糧が尽きて補給しに出たところを襲われたのだろう。
ペッドボトルが少なく、コンロに手鍋が置かれていることから、井戸水を煮沸して飲用水にしていたのだろう。
持ってきていた荷物の残りを全てここへ運び込んだが、長期的にここで過ごすのであれば、物資が足りなくなることは目に見えていた。
職員室を漁ってみるが、いつから放置されているのか分からない菓子と、男子用のカッターシャツが二着。女子用のスカーフがひとつ出てきただけで、めぼしいものはなかった。
ただ、周辺の地図があったので、物資の補給を考える。
残っている燃料から、走行可能距離を算出し、その半分の距離を半径に、地図上にコンパスで円を書く。
最大行動可能範囲内にガソリンスタンドが無いので、車が使える補給はこの一回だけだろう。
コンビニや商店等、生活必需品や食糧が手に入りそうな場所をピックアップし、できるだけ効率よく回れるルートを考える。
ナナにはここで待っているように言い、グラウンドにとめてある軽装甲機動車へ。
空になったジャリ缶等、不要なものを極力はずし、燃費の向上と積載量の増加を図る。
「……なにしてる」
運転席に乗ろうとしたところ、バックミラーに人影がうつった。
「私も……連れて行ってください」
当然、人影はキラーではない。
駄目だ、と言おうとしてナナの目を見ると、なにも言えなくなってしまった。ナナの感情が、不安で離れたくない、一人になりたくないという思いが読みとれたからだ。
「……後ろに乗れ。できるだけ外を見るなよ」
ナナは無言で頷き、後部座席に座った。
ヒップホルスターにSAKURA、助手席には二丁のショットガン、銃座には軽機関銃。
武装的には数回なら戦闘もこなせるだろう。車を使った補給ができるのは今回だけなので、多少脅威があったとしても強行するつもりだ。
校門の周辺にキラーが残っていないことを確認し、門を半分だけ開き、車を外に出す。
すぐに閉門し、運転席に戻る。
まずは最短ルートで円の外周へ向かう。
行きに荷物を積むと、燃費が落ちるので、近くの荷物は一旦スルーし、予め決めておいたスタート地点へ。
初めは、周囲で一番大きなスーパーへ入る。
入口の自動ドアを破り、車を店内へ入れる。すこしでも荷物を運ぶ時間を短縮するためだ。長居するほど脅威は高まる。
生存者に荒らされているかと思っていたが、誰も物資を漁りに来たような形跡はなく、あの日から放置されていると思われる血痕がいくつかあるだけだった。
しばらく聞き耳をたてていたが、物音もしないので、銃をスリングで身体の前に吊り、物資を漁る。
優先するのはやはり食料品だ。目に着くものを片っ端からカートに突っ込んでいく。生鮮食品は死んでいるので、レトルトや缶詰、乾麺等を中心に集める。
カートはナナに押してもらい、いつでも手を空けておく。
それから、コンビニなどでは手にはいらないカセットガスや固形燃料、ウォーターバッグ等、キャンプ用品も積み込む。
積めるだけ積みこむと、次にマークしてあった薬局へ向かう。
包帯等の応急用品と、風邪薬や化膿止め、抗生物質などの薬品類。敵はキラーとはいえ、満足な医療が受けられない現状、擦り傷から死につながることも大げさではない。
それから、トイレットペーパーや洗剤といった日用品も運ぶ。
トイレットペーパーやティッシュペーパーはかさばるので押しつぶしてから積み込み、洗剤は濃縮タイプを選ぶ。
それから、ビタミン剤等のサプリメントも持っていく。生鮮食品が手に入りづらいので、栄養が偏ってしまうのを防ぐためだ。
又、風邪等を想定し、おかゆ等もいくつか運び出しておいた。
***
数軒の店舗を回り、燃料計は少し前からゼロを指し示していたが、残すは学校にほど近いコンビニのみと
なった。
一つ手前のコンビニを出た時点で車内にスペースはほとんど残されておらず、ナナには銃座に座ってもらっていた。
コンビニの入口にバックで車体を半分突っ込ませる。
ここで、タオル等といった軽いものを一旦下す。
距離的に徒歩で来られる範囲なので、車が使えるうちに重量物を優先的に運びたかった。
空いたスペースに缶詰やレトルトパウチの食品などを詰め込む。
「あ、あの……」
あらかた積み込み終わったところでナナが言いづらそうに話し出す。
「どうした?」
「その、欲しいものがあって…………」
ナナの欲しいもの、というのを少し考え、自分が配慮不足だったと後悔した。
「ちょっと待っててくれ」
レジカウンターから、一番大きな白い袋と、普通の袋とは分けて置いてあったグレーの袋をその中に入れる。
「ごめんな……その、俺にはあんまり、女の子のそういうのとか、分からなくて」
「い、いえ。それが普通だと思います」
「やっぱり甘いものとかは必要だもんな」
「え?」
無言でわざとらしく笑うと、ナナも笑ってくれた。
俺もそこまでデリカシーがないわけではない。
それに、実際衛生用品なども重要だが、長期的な行動には嗜好品が必要になってくるのは事実だ。
店舗から一歩外に出て、周辺を警戒しておく。
「あの……ありがとうございました」
ナナが少しはにかみながら出てきた。
大きく膨らんだ袋の口から、チョコレートやクッキーの箱が見えたことから、やはりナナは賢い女の子なのだと思う。
「それじゃ、行こうか」
ナナを抱き上げて銃座に座らせ、自分は運転席へ。
重量物を満載したおかげで、マフラーから黒い排気ガスをふく。
学校の前の曲がり角を曲がり、校門が見えてきたところで一度車を止める。
運転席よりも見晴らしの良い銃座にいたナナは、なぜ停車したのかを聞いてこなかった。
「はい、これ」
ナナにさっきコンビニから取ってきておいた雑誌を渡す。ナナは俺の意図を汲んで、顔を覆い隠すように雑誌を開いた。
できればナナの前ではやりたくなかったのだが、校門の前をうろつかれているのでは仕方が無い。
ホルスターから拳銃を抜き、キラーへ近づく。
周囲に他のキラーはおらず、一体だけ。
掃除するのも面倒なので、ある程度近づき、キラーの視界に入ったところで全力で学校とは反対方向へ走る。
思惑通りキラーは後を追いかけてくる。
二百メートルほど進み、振り返ってまだキラーがついてきていることを確認したら逆に三メートルほどにまで距離を詰め、頭に照準を合わせ、引き金を引いた。
***
昇降口の前まで車を走らせた時、ついにエンジンが止まってしまった。
一応後で見回りはするが、門の中は安全なので、ここからは人力で運ぶことにした。
夜間通用口まで回るのは面倒なので、用務員室の窓から運び入れる。
ナナには先に入っていてもらい、体育館裏で見つけた台車を使って軽装甲機動車から下した荷物を用務員室まで運ぶ。
窓から中にいるナナに荷物を渡し、種類ごとに整理しておいてもらう。
荷物を運び出しながら思いついたのだが、今居住区にしている校舎が襲撃にあった場合、もう一つの校舎を避難場所としている。しかし、動けないとはいえ自衛隊車両、軽装甲といっても小銃弾程度は防げる能力をもっているのだ。
緊急避難場所としては悪くない。
「手伝ってくれるか?」
荷物の整理を終えたナナを呼ぶ。
「どうすればいいんですか?」
「俺の言うとおりにハンドルを回してくれればいい」
「……わかりました」
荷物を運び終え、軽くなったLAVのギアをニュートラルにし、ナナにハンドルを握ってもらって外周のフェンスから最も距離のある、生徒昇降口まで苦労しながらも押す。
助手席側を昇降口のバリケードにくっつけ、鍵は開けておく。
一応、持ってきた食料と、ペットボトルの水を二人で二日分ほど置いておいた。
「ありがとう」
「緊張、しました」
エンジンが掛かっていないとはいえ、今のナナにとっては初めての運転だ。緊張するのもわかる。
「一旦戻ろうか」
***
用務員室に戻り、取ってきたティーバッグで緑茶を入れる。
「お疲れ様。助かったよ」
湯呑を置き、ナナの背後にまわって肩をもむ。
「あ、ありがとうございます。ふぅ」
しばらく、ナナのお茶をすする音だけが部屋を満たす。
しばらくたって、湯気が出なくなったお茶を飲み干し、ナナに言う。
「最後の荷物を取りに行ってくる」
「あ……えっと、お気をつけて」
一瞬、ナナが言い淀んだのは、俺を引き留めようとしたのだろうか。しかしナナはこれが必要なことなのだと理解できる。
空にしたバックパックを背負い、通用口から外へ出る。
ナナが見送りに来てくれた。
「あの……いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
校門の周辺の安全を確認し、少しだけ門をあけて外へ出る。
安全圏を出たので、スリングで吊っておいたM870の安全装置を解除しておく。
銃口は下げてはいるが、いつでも撃てるようにトリガーガードに指をかける。
軽い荷物を置いてきたコンビニまでは直線距離でおよそ三百メートル。決して遠いわけではないが、住宅が多く、それだけ死角も多い。
物資が足りなくなったら、危険な上に確実性は低いが、これらの住宅にお邪魔することになるのだろうか。
曲がり角では銃口を上げ、クリアリングを怠らない。一発目は少々サイティングが甘くても当たるようにバードショットを、二発目以降はダブルオーバック弾を装填してある。
***
途中、食い荒らされた死体が何体かあったが、キラーに出くわすことは無かった。
コンビニに辿り着き、一応スタッフルーム等をクリアリングし、運びきれなかった紙パックのジュースを飲みながら一息つく。
残してきたものをバックパックにつめる。軽いものばかりとはいえ、かさばる上に量が多いとそれなりの重さにはなる。
台車があるにはあるのだが、車輪の音が大きいので使えない。
機動力が落ちない程度に荷物を詰め込み、出発する。
まだ運びきれていない荷物があるので、もう一度取りに来ないといけないだろう。
バックパックが邪魔で素早いサイティングができないため、一度M870からショットシェルを取り出し、ダブルオーバックをバードショットに入れ替える。
店舗を出て、見える範囲に敵がいないことを確認し、学校へ戻る。
鳥のさえずりと、わずかに頬を撫でる風の音がするだけで、他の物音は聞こえない。
最近、キラーの数が少ないような気がする。
それこそ、初めのうちは街全体が覆い尽くされていたような感じだったはずだ。
それと、食い荒らされた死体が目につくようになった。
はじめは、食べる、というよりもただ噛んでいただけのようだったが、捕食しているのだろうか。
やつらといえども、飲まず食わずでは生きていけない、ということなのだろうか。
頸動脈が切れても活動するような生命力をもっている以上、数日飲まず食わずでも死なないのだろうが、勝手に飢え死にしてくれるのであれば願ったりかなったりだ。
不死身でないのなら、積極的に戦闘をしなくても、離島や山間部ならば居住できる地域を確保できる可能性がある。
そもそも、情報が入ってこないだけでどこかに安全な地域が残っているかもしれない。
ただ、不安もある。
キラーの脅威がなくなったとき、生存者はどれぐらいいるのか。
いたとして、合流することができるのか。
あまり意識はしていなかったが、いつからか電気の供給は止まっている。火力発電所は燃料を補給する人間がいなくなれば停止し、原発は安全装置が作動して原子炉に制御棒が差し込まれているはずだ。水力や風力発電は保守管理する人間がいなくてもしばらくは動き続けるだろうが、変電所が機能していなければ発電した電気を使うことはできない。電気の供給止まれば、大半の通信インフラはないのと同じだ。
民間で無線機と発電機をセットで運用している施設はほとんどないだろう。
軍、警察用ならば望みはあるが、それを使える人間がどれだけ残っているか。
あるいは、古い固定電話ならば停電時でも使えるかもしれないが、膨大な電話番号の中から生存者へ繋がる番号を探し当てるのは不可能だ。
もしかしたら、太陽光発電設備を備えた無線局があるかもしれない。
それに、船舶に備え付けられた無線ならば、エンジンが動く限りは使えるはずだ。
今はまだ難しいだろうが、いずれ探しにいきたいと思う。
そんなことを考えながら、気が付けば学校はすぐそこだった。
だから、つい気を抜いてしまったのだ。
「っ!」
どこに隠れていたのか、俺の足元にキラーが手を伸ばしていた。
とっさに蹴り飛ばし、距離をとる。
足に異常があるのか、立ち上がっては追いかけてこない。
銃弾を消費するのは勿体なかったので、コンクリートの溝蓋を一枚外し、頭部に投げつけた。
キラーの姿勢が低かったおかげで返り血はほとんど浴びずに済んだ。
***
校門の周辺の安全を確認し、中へ入る。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
窓から見えていたのか、ナナが出迎えに来てくれた。
「少し持ちましょうか?」
「ありがとう。助かるよ」
バックパックの外側に無理やりぶら下げていたトイレットペーパーを外し、ナナに持ってもらい、用務員室へ。
荷物を下ろし、ナナが入れてくれたお茶をすする。
「今度は私の番ですね」
ナナが俺の後ろにまわり、肩を揉んでくれる。
キラーに襲われるまで、俺はこれからのことを考えていた。
しかし、俺とナナが一緒に生存できるという保証はどこにもない。
もしも、俺が死んで、ナナ一人が生き残ったとしたら。
ナナはこの死んだ世界で生き残ることができるだろうか。
おそらく、できない。
以前のナナならば、無人島でも数か月はサバイバルしてみせるぐらい容易いだろうが、今のナナは、普通の女の子だ。
ナナに、生きるための術を教えよう。
今、俺がこうして生きている間に。




