SD社
「まーたこの人からの依頼か。何度も断ってんのに懲りないな。……仕方ない、θ(シータ)を本社へ呼んでくれ」
男は椅子に深々と腰掛けて一枚の紙をながめている。 顧客からの依頼用紙であり、一番上には依頼主である益川 慎司の名が書かれていた。
「このての任務、θは嫌がるんだよなぁ……」
白髪の混ざりはじめた頭をかきながら男は小さく呟いた。
冷たい風が短い髪をゆらす。裏路地を照らすのに月明かりはあまりにも頼りない。しかし街灯などは一つもなく、淡い月光のほかに光源はなかった。
「相変わらず遅刻癖は直ってないのね」
新たに生まれた人の気配に向かって声をかける。それがσ(シグマ)であることはわかっていた。
ごく平凡な……いや、むしろ愛嬌のある顔立ちだが、私達にとってそれは他人に近付く際に警戒されにくいという利点しかない。
「待たせたか?悪いな、θ」
σの声を風が運んできた。この暗闇ではよほど側にいないと姿は確認できないが、今になってようやくうっすらと人影がみえる。 さして気にしていない、という返事のつもりで、私は軽く肩をすくめてみせる。
それをしっかりと受け止め、「行こうぜ」と短く言うとσは歩き出した。
それにしても……と、σは小さく呟き、こちらを振り返る。
「どうして急に俺らが召集されるんだろうな?」
「そんなの決まってるじゃない。私が嫌がるタイプの依頼が来て、断りきれず私を呼びつける。あなたが呼ばれたのは……」
一度言葉をきり、私はσに向かって微笑む。そして、
「あなたと組むなら、私が断らないからよ」
「なるほど……」
σは早くも見えてきた本社へと目をやった。