3-10 In traveling what one wants is a companion
闘いの後に残るのは命がけという縛りから解かれた解放感や、拳の残る人の骨の感覚。こう言ってはなんだが、とても清々しい気分である。
僕としてはこのままの気分ですぐにでも馬車に乗って、この鬱屈な森を抜けたいところだったが、ワイナードがそれを止めた。
「日出の国の気闘術を扱う剣士――気刀士ってヤツだな。それにさっきコイツが使った技がな……ちょっと話が聞いてみたい」
その一言で僕らはこうして彼が起きるのを待たされていた訳だ。いや、実際には馬が興奮しているので落ち付かせたり、盗賊たちがまた悪さをしないように武器や服などをまとめて使い物に出来なくしていたので時間がかかったというのもある。
ちなみにその間に盗賊達――まだ意識のあった者や起きだした者達から順に、武器がなくさらには仲間が皆ノックアウトしている事実を確認すると見事なまでの逃げ足でゴキブリよろしく消えていった。
最終的に残ったのはこの似非関西弁男だけである。
頭領を置いていくのはどうかというのはあったが、まぁ数日前に抜擢されたのだ。それも致し方ないか。
そもそも盗賊団のリーダーがそう簡単に変わる時点で出来たばかりか瓦解寸前の組織なのだろう。まぁ、勝手な憶測だが。
そうして適当に考えを巡らせたり、メルシィやモヒンダと話しているとやっとのことで目を覚ました。
「……ん?」
辺りの様子を確認するの姿に、一歩前へと出て言葉を発したのは、この場にとどまると決めたワイナードだった。
「気がついたか」
「あぁ、そっか。わい、負けてもうてんなー」
僕が殴った個所をさすり、思い出すかのようにそういった彼は、
「子分らも逃げてったみたいやし、どないするんや? この場で腹でも切らせるんか?」
冗談にしてもタチの悪い、そんなことをいってきた。
「とりあえずいくつか質問してからだな」
「敗者は勝者に従うのみや……ま、実際アンタに負けたわけやあらへんけど、自分もそのつもりなんやろ?」
両手を挙げて降参のポーズをとりながら、僕の方を見てくる。いきなり話をふられて上手く返すこともできずに、ただただ首を縦に動かした。
そう、実を言えば僕も彼のことが気になっていないと云えばそれは真っ赤な嘘になる。
考えてみてほしい。肉体のポテンシャルは確実に僕のほうが数段上だ。確か「肉体レベル10」というのは英雄クラスだったはずだ。この世界にそうそう英雄なんてのが転がっているはずがない。
つまり、先ほどまで僕を圧倒していたこの男は剣術と気闘術、この二つの分野もしくはその二つの相乗効果で僕を凌駕していることになる。
オール10というチート状態を維持した僕を、だ。
僕が最後に行った〈複合技〉はおそらく指輪のない状態では使えない。ならば、平時の僕よりこの男はずっと上ということになる。
これほどの遣い手がどのような人物なのか知りたいと思う気持ちがないわけがないだろう。
しかし、聞いてみたいことは多々あるが、それをまだ整理しきれていない今の僕が質問したところで要領を得ない質問を繰り返して終わりだろう。
ワイナードが聞きたいことがあり、聞いてくれるというのなら任せておけばいい。気になったことがあれば、その都度、口を挟むだけのことだ。
視線でワイナードに質問開始のサインを送る。
「で、まずお前の名前だが」
「おぉ、自己紹介がまだやったな。わいの名前はトウジロウ・キノシタや。日出の国出身のふつーの剣士や」
以前教えてもらった日出の国についての知識を思いかえす。
いや、思いかえすまでもない。地理の授業の中で僕が一番惹かれたといってもいいほどに馴染みのある国に似ていたからだ。
云うまでもないかもしれないが我が第一の故郷――日本だ。
日出の国。この世界の数少ない島国のひとつだ。大陸の東端にあり、人魔戦争以前は定められた少数の国家としか交流がなかった為、幻の孤島なんて云われていたりしたらしい。
小さな島国にも関わらず、その土地には金や銀などの資源が多く眠っていたため、幾度となく他国からの侵攻があった。にも関わらず、その全てを撃退している。
その理由として、侵攻した側が慣れない海戦を強いられたことと、日出の国の剣士達の異様な強さにあった。
その屈強な戦士と島国という地形から長い間、他の侵入を寄せ付けなかった。
しかし、その固く閉ざされた扉を世界に開くべきときが来た。それが人魔大戦だ。人族と魔族が中心となり行われたこの世界大戦には流石の日出の人間も参加せざるをえなかった。
地図上では東端として描かれている日出の国は、その実、最も魔族の中心である大陸の西側に近いことは地球儀を見たことがあれば明白だ。まぁ、最もこの世界が地球のように球体であるかどうかは知らないが。というのも魔族の統治する大陸西側の海の先、日出の国よりも東側の海の先は共に未踏領域となっているからだ。
兎も角、そういった理由もあり大戦に参加することになった日出の国。
その際に各国間での連絡をスムーズにするために様々な国の言語の特徴を取り入れて、新しい統一の言語が造られたのだが、どうやら日出の人間には上手く伝わらなかったようで現在のような“訛り”になってしまったらしい。
しかし、その“訛り”が関西弁だとは知らなかった。
そんな僕のことなどお構いなしにワイナードの尋問のような詰問のような質問事項が続いていく。
「お前の流派、確か天下一心流だったか?」
そう問うとトウジロウは鷹揚に頷いた。
「そや、天下一の心意気を持った流派や」
口調から察するに自分の流派に誇りをもっているようだ。
胸を張り、そう答えるトウジロウにワイナードはさらに言葉を投げかける。
「天下一心流つーことはお前のお師匠とやら、絶倒斉だろ」
「なんや! お師匠の知り合いかいな!?」
その言葉に目を丸くしたのはトウジロウ。勿論、僕も少なからず驚いていた。メルシィは何もわかっていなさそうだ。
「知ってる人?」
やっと会話に交じれると思い、声をかけた。いくら尋問を任せたとはいえ、ここまで空気みたいな扱いは地味に辛い。そもそも彼と闘ったのは僕だというのに、図的にはワイナードが倒してひっ捕らえた風体である。手柄を横取りされてしまった。
こんなの絶対おかしいよ。
心の中ではそう批難しつつも言葉にすると色々と面倒になりそうなので口は噤んでおいた。ただでさえ両手の指でも足りない人数を相手に身体を酷使したのだ、その上メンタルまで疲弊するのは避けたい。
心中は見事に隠し通し、僕が普段通りの表情で質問するとワイナードも普通に返答してくれた。
「あぁ、俺と同じように魔皇会を倒そうとしている奴らがいるってのは前に話したよな? その一人だ」
ということはつまり、このトウジロウはワイナードの同類の弟子ということになるわけだ。
そうなってくると少し親近感もわいてくるというものだ。
僕が勝手に彼に対して心の距離を縮めている間、ワイナードはしきりに頷いていた。
「なるほどなー。お前がアイツの弟子か……ってことはイクスと一緒か」
「何が?」
「何がやねん?」
僕とトウジロウの声が重なる。
「子供」「気闘術を使う」「魔皇会を敵に回す年長者に教えを受けている」
確かに「似ている」と云われれば否定することは難しいが「一緒」と云われると話が急にわからなくなる。
僕とこの男――トウジロウは何が同一だというのだろう?
「いや、お前の師匠からは『俺の弟子が今年ヴァーミルとかいう学校に入学する』つってたから、そうなんだと思ったんだけど――」
ワイナードがそう言った瞬間、トウジロウがはっ、と目を開いた。
「ヴァーミル……学校……?……そやっ!? わいもそこに入学するんやった」
ぽんと手を叩き、まさに今思い出しましたよという顔で僕らを見上げるトウジロウ。
「いやぁ、思い出せて良かった良かった」と心底安心したような顔で身体を揺らす関西弁のその言葉に思わず僕は反応してしまう。
「つまり、お前がさっき言ってた忘れてしまった『用事』ってのはヴァーミルの学校に入学するってことなのか?」
「そやそや! そこなら近い年齢の猛者がぎょーさんおる聞いて修行になりそうやと思って来たんやった! いやぁ、危なかったわ~」
にかっと笑うトウジロウだが、なぜそんな重要なことを忘れてしまったのか、それが理解できない。付き人に全てまかせっきりだと言っても入学するのは本人なのだし、それくらい云われなくても覚えているものだと思うのだけれど。
僕がそういうとトウジロウは
「まぁ、何はともあれこうして出会ったのもなんかの縁やし、ヴァーミルまでの道中、よろしく頼むわ!」
勝手に自分を御一行に加える発言をするのだった。
それに対し、
「…………」
「まぁ、面白そうだしいいんじゃねーか?」
「何の話ですかー?」
僕は言葉を失い、兄は不敵に笑い、そしてメルシィはやっぱり何もわかってなかった。




