3-0 two years later, two years ago.
タイトルが英文がヘンでも気にしない。
死ぬ気で頑張る。
そういうことをこの2年間で身をもって知った。
能力値が低くなったからといって、実戦に出ない限りはそうそう実感することもないんじゃないか。そう思っていた時期が僕にもありました。
しかしそれは甘い考えで。それはもう砂糖のシロップ漬けくらい甘くって。
実戦に出ないどころかろくに城から出ていないのに、圧倒的なまでに感じる能力の欠如に最初は戸惑ったものだ。
認識力は単に物事を正しく認識する、情報を整理してその裏にある情報を読みとるというの以外にも、周囲の状況を把握するというような意味合いもあったようだ。
おかげであれ以来、足の指を箪笥の角にぶつけたりバナナの皮で足を滑らせたりと散々な目にあった。
この世界に箪笥があったことも驚きだが、誰だよ城内でバナナを食ったヤツは! 王子権限で厳罰に処したいところだ。
認識力を失ったことで僕はおっちょこちょいキャラになってしまったようだった。男のドジっ子とか誰が得するんだ、まったく。
さりとて、そんなのはまだいい方で、問題は気闘術と武術だ。
5歳から習い始め8歳になるまでの3年間で3つの属性、2つの系統――合計6つの術を覚えられたのは器用さのおかげだと思っていたのだ(本来ならもっと時間がかかるというのは最近知ったことではある)が認識力や知力の恩恵もあったようで中々上手くいかなかった。トール御大に言われた通り、既に会得した術をより上手く扱えるように伸ばしてきたというのもあるが、それにしたって2年で1つというのは何事に対しても伸び盛りな年齢だと考えると大分少ない気がする。
筋力値が下がったことで運動も随分と下手になった。当然、身体を器用に動かす必要がある武術に関してもそこそこの上達しかしなかった。まぁ、誘拐事件の時みたいにワイナードの足を引っ張るようなことはなさそうだというのがせめてものの救いだろうか。
しかし、このような体たらく。あのエミリダやワイナードが許してくれるはずもなく、
「我が国の王族は皆、12歳になるとヴァーミルの王立学院に入学する決まりになっています。ワイナードもシーゼリカもそうでしたし、お前もそうなるでしょう。それまでに最低でもあと二つは覚えてもらいますからね」
「俺が教えてるんだから、ちょっと強いくらいじゃ困るんだよ。俺くらいとは言わないがせめて俺の半分は動けるようになんねぇと。休んでる暇なんかあるわけねぇよな」
僕は睡眠や勉強の時間を削ってまで武術と気闘術の練習をさせられる始末である。
そのかいあってか、王立学院入学までにエミリダの言う最低数、ワイナードの実力半分くらいにはなんとかなれそうだ……というのが僕の希望的観測だ。
ヴァーミル王立学院。
世界で最も由緒ある学院のひとつだ。エバレンティアにある聖堂学院、東方にある翔華連邦にある翔華学院と合わせ三大学院とも呼ばれている。まぁ、それ以外には大きな教育機関が存在していないという方が正しいだろうか。
しかし、聖堂学院はエバレン教の影響を色濃く受けており、翔華学院は翔華連邦国籍の生徒が九割九分九厘を占めるという。
それらの教育機関が宗教や国籍で縛られているのに対し、多くの学科があり、また皇族貴族でなくても能力さえあれば人種・種族問わず入学の可能性がある王立学院を世界一の教育機関と見る者は多い。かくいう僕の国もその風潮が強いが、それはアルベート王家が出資者の1人であることも関係しているのかもしれない。
学園の評価は置いておくとしても、由緒のある伝統校であること、また若い皇族や貴族、才能のある者達の社交の場であることは間違いない。
そんな中に飛び込んでいくのだから、しっかりと準備を積んでいくことは間違ってはいないだろう。
「ふぅ」
本日の練習が終わり、汗まみれ泥まみれの身体を風呂で流す。前世――毎日入るのが億劫だった入浴も身体を激しく動かすようになった今ならその良さがわかる。
身体の芯から温まるという感覚。疲れが染み出していくような感覚。身体や頭を洗った時に汚れが落ちていく感覚。
今では食事や待遇、衣服などよりも「王族に生まれて良かった」と感じるのがこの時間である。王族でなければこうも頻繁に風呂に入ることはできない。
ゆっくりと湯に浸かる。
しかし、だからといって何もしないというわけにもいかない。ぼくが1人で自由に使える時間は少ないのだ。
「さて、やりますか」
湯船の中でも気闘術の練習。トールから既に覚えた術を伸ばすようにと云われた僕はそれでも新しい術を覚えるのを諦めきれなかった。とはいえ、トールの云う事には一理どころか八理くらいあったので、通常の修練時間を使うのは気が引ける。ということで、こうして自由時間にリフレッシュも兼ねてお風呂の中で新たな属性――〈水〉を覚える為に日夜奮闘しているわけだ。
木の葉を隠すなら森の中ならぬ水系統を覚えるなら風呂の中というやつだ。
このやり方が正しいかどうかはわからない。というのも、このことは誰にもいってないからだ。エミリダやワイナードに言えば効果的な方法を教えてくれるかもしれないが、上達しなかった時に更に練習が辛くなる可能性や、それ以前に今の状態では覚えるまでどれくらいかかるかも未知数だ。
そして何より、誰にも知られていない「切り札」というのが欲しかったのだ。子供みたいな理由で申し訳ないが、子供なのだから仕方がない。
が、最近大人になってきた部分もある。
「イクス様、お湯加減はいかがですか?」
声がかかったのであわてて気を練るのをやめた。
そのせいで行き場を失った力が湯を散らした。
「わっ!」
「きゃっ!?」
盛大に跳ねたお湯は僕のみならず、僕の様子を窺いに来たメイドへもその牙を剥いた。
見ると、服だけでなくしっかりと頭まで濡らしたメイドさんと目があった。その眼には僕への批難が少しばかり見てとれた。この「少しばかり」は怒りの度合いが少ないというよりは「怒りたいけれど自分の雇い主に対して、怒ってもよいのか?」という戸惑いのようなものが見てとれた。
最近、ここで働くようになった彼女はまだ右も左もわからない様子なのでここは僕が主導するべきだろう。
「これは僕が悪いんだから、叱ってくれて構わないよ」
云うと、彼女は髪をかきあげ、
「わかりました……では、イクス様。何か言うことは?」
凄みをきかせてきたので、素直に頭を垂れた。
「ごめんなさい……メルシィ」
「はい」
僕が謝ると彼女――メルシィはにっこりと笑って許してくれた。
彼女、メルシィ・レモアは僕の乳母にしてお付きのメイドだったメリィ・レモアの娘だ。メリィがこの度、四人目の子供を出産すべく産休に入ったため代わりに雇われた。
15歳と僕より少し大きいくらいの年頃ながら、レモア家の長女として忙しい両親の代わりに妹達を育てたいたからかとてもしっかりしている。
そのせいか一応主とメイドの主従関係ははっきりしているのだが、どうにも頭が上がらない。今はまだ彼女が宮仕えに慣れていない分、僕の方が優位にはたっているがメルシィが此処での生活に慣れてきたら、逆らえないだろう。いや、僕が間違ったことをしないためにはその方が良いのだろうけど。
「では、誰か様のせいで私もすっかり濡れてしまいましたので、このままお背中を流させていただいてもよろしいですか?」
普段は僕が湯船から上がってから、再びやってきて身体を洗ってくれるのだが、一度着替えてまた濡れたくはないようだ。
そんなことよりも問題は僕の大人になった部分だ。
……いや、何も下世話な例え話ではない。
「い、いいよっ!? もう自分で洗えるからっ!」
育ったのは羞恥心だ。
身体が子供に戻ったことで僕の男性ホルモン的なリビドーは姿を現さなくなったが、最近になってそれがじょじょに表に出てくるようになった。
エミリダやメリィと入浴するなど普通のことだったのに、それが今では超恥ずい。しかも、それが年頃の娘さんとなればさらに僕の緊張は増す。なので、最近では自分で洗うと言っているのに、彼女はこのことに関しては頑として譲らなかった。
なにやらメリィさんに入れ知恵されているらしい。
「ダメです。母さんが言っていました。イクス様にご自分でやらせるとカラスの行水になる、と」
「そんな昔の話持ち出されても……」
「たった3年前のことです」
「今度はちゃんと洗えるよ」
そもそも3年前というのは僕がまだ入浴の有り難さをまだ知らなかった時の話でそれを蒸し返されても困る。
しかし、メルシィは「ダメです、いけません」とまるでそれが自分の使命でもあるかのように頑として譲らない。しまいには「……私に洗われるのはそんなにイヤなのですが?」と悲しそうに目を伏せる始末だ。
むぅ。これには僕も少しばかり困ってしまう。僕も意地悪で言っているのではない。ただ、この感情は仕方がないのだ。その結果としてメルシィにイヤな思いをさせてしまうかもしれない。
ここはひとつ、彼女にも同じ思いをしてもらうべきだろうか。
「ねぇ」
「はい、なんでしょう?」
「メルシィも服濡れちゃったんなら、一緒に入ろうよ」
「……え?」
驚いたようにメルシィが聞き返してくる。
「だからさ、メルシィも一緒にお風呂に入ればいいじゃん」
「どうしてそんな結論に?」
「メルシィは服が濡れちゃって早く着がえたいから今身体を洗いたいけれど、僕はもうちょっと湯船に浸かっていたい。だったら僕が湯船から出るまで一緒にお風呂に入っちゃえばいいでしょ? で、その後新しい服に着替えればいいよ。メルシィの着替えも他のメイドにお願いしておくし」
僕がそういうと、メルシィは恐れ多いとでもいうように首を横に振った。
「で、ですが私なんかがイクス様と一緒に入るなど」
「別にメリィとだって一緒に入ってたりしたよ?」
「そ、それはもっと幼い頃の話でしょうっ!?」
「たった3年前のことだよ」
「…………」
僕がしてやったりという顔をしていたかどうかは僕自身には判断できないがそれでメルシィが口を噤んでしまったのは事実だ。
メイドと一緒に入浴というのは別に禁止されているわけではないが、僕が強制的に入らせるのは法律で禁止されている。僕が、というか雇い主が、と云ったほうが語弊が少ないだろう。我が国では奴隷制度はないが、そういったことを禁止するための法である。
なので、ここで彼女が断ればそれまでだ。
彼女はなぜ僕がこうも身体を洗われるのを嫌がるようになったのかを身を持って知ることが出来、僕は羞恥心に苛まれなくて済む。さぁ、これで万事解決だ。
そう思ったのも束の間、
「わかりました、ではしばらくお待ちください」
彼女は了承した。
「…………へ?」
思いがけない返答に今度は僕が情ない声を出す始末。
「服を脱いでくるので、今しばらく湯船にてお待ち下さい」
「え? いや、別に無理しなくともイヤだったら断ってくれていいんだよ?」
「イヤだなんてとんでもない。その方が私も洗いやすいですし」
確かに彼女の言葉には無理しているとかそんな感じは微塵もなく、むしろ嬉々とした表情が浮かんでいる。
「こちらで働くようになってからは妹達と入ることもあまりなくて……ちょっと寂しかったんです」
そうやって頬を染められても困るよメルシィ。
やべー、選択肢ミスったー。チョイス間違えたー。
恥ずかしくて曖昧な言葉を返してきたんじゃなくて、本当に僕と入るの遠慮していただけだったのか。年上のお姉さんを舐めてたよ。
僕の目論見は外れ完全に逆転された。いや、彼女には逆転なんて発想すらないだろうが。
よく考えればチャンスではあるのだけど。
よくよく考えずともラッキースケベなのだけど。
今までのプロセスと羞恥心がそれを素直に喜ばせてくれない。
しかし、こちらから言い出した手前、今さら「やっぱやめた」とは言いにくい。メルシィも喜んでいるようだし。
メルシィが脱衣しに戻るのを眼で追いつつ、口まで湯船に浸かる。
さて、メルシィが素っ裸(かどうかはわからないけれど)になって戻ってくるまでの間に、出来る限り気を静めておかなくては。
「ファイトだ、僕」
僕の言葉はぶくぶくと湯の中で気泡となって消えていく。
どうやら気闘術と武術以外にも僕には頑張らなければならないことが色々とありそうだ。
新章突入です。
今回も読んで頂き有難うございます!




