2-11 street battle(hard mode) 02
ワイナードの台詞にいち早く反応したのはイーサンだった。
「土盛」
手を翳したイーサンがそう呟くと木材で出来た床が隆起した。バリバリバキバキと音を立てて歪に折れ曲がった木材の下から次々と土塊が出現してきた。
〈土〉遣い……凄いパワーだな
ワイナードは心の内でそのパフォーマンスに舌を巻いた。
イーサンが使っているのは〈土〉の〈操作〉だ。
通常〈操作〉の対象と術を行使する者の間に障害となるモノがある場合、上手くいかない。
〈土〉の場合、その上に咲く一輪の花や土に属する煉瓦などならば障害にはなりにくいが、大量の雑草や一面花で覆われていたりなど、地面を別の属性の物質が覆っている場合は〈操作〉しにくい。
木製の床もそうだ。
が、イーサンはその床を強引に明け放った。それだけ〈操作〉の練度が高く、扱いに長けているということだ。
――〈魔皇会〉の一員であるシモンに比べたら、と思ったどうやらがコイツも一筋縄ではいかなそうだ。
ワイナードがそう判断を下している間もイーサンは土を繰り続けていた。
一か所だけでなく、あちらこちらの床板が剥がれ、茶色い塊が顔をのぞかせている。そこらじゅうに小さな土砂の山を築いている。
「土兵操従」
イーサンの掛け声に合わせるかのように今度はそれぞれの固まりがうねうねと動き出し、ひとの形へと変貌する。
合計20体の土人形――ゴーレムもどきが酒場の中に誕生した。
ゴーレムといっても本物とは違い、大きさは人間大、身体も岩や煉瓦のように頑丈なソレではなく、泥が固まったような感じ。
土で全身コーティングされた兵士、といった風体だ。
「……へぇ」
〈具現化〉まで使えるのか。
ワイナードは小さく感嘆の声を漏らした。
「もしかしてアンタも〈魔皇会〉?」
「……オレは条件を満たしてないんでな」
問いかけに頭をふって応えるイーサン。
ワイナードはその科白に隠されたひとつの真実を目聡く見つけだす。
「でも識ってはいるわけだ」
条件を満たしていないということは〈勧誘〉されたわけではないとみえる。となると自力で辿りついたのか、〈魔皇会〉所属の知り合い――ギルドマスターやシモンあたりからその能力を買われて、存在を聞いたのか……どちらにせよ、それだけの腕前というわけだ。
そうなるとますますもってしんどそうだ。
出し惜しみしている余裕はない。
「灼紅鞭」
ワイナードは気闘術で炎の鞭を虚空より出現させた。
先手必勝とばかりに、取り出したソレをすぐさま横薙ぎに振り抜いた。
鞭は綺麗な孤を描きながら、ワイナードのほど近くにいた土兵を2体ほど吹き飛ばす――と思われたが表面を傷つけるにとどまった。
「……やっぱ、相性って大事だよなぁ」
〈火〉と〈土〉
天敵というほどではないが、それでも相性が良くないのは確かである。
炎の壁では土の砲弾は受け止められないし、水や金属類のように熱で蒸発させるというのも対象が土では難しい。
となると必然、〈炎〉の特徴である熱を主な攻撃材料にするのは愚策だ。
さて、どうするか……。
ワイナードが考えをまとめている間に動いたのは土兵達だ。
走るというにはやや遅めだが、本来のゴーレムのように動きが緩慢でないのは、サイズが小さいからだろうか、小走りという表現が当てはまる速度でワイナードへと10体近くの土兵が殺到する。
「ちっ!?」
一体一体の動きはそれほど緻密でもないが、数でこられると厄介だ。
ワイナードは虚空からもう一本鞭を取り出して、
「双鞭乱舞」
縦横無尽に鞭を奮う。不規則に軌道を変える鞭が疑似的なバリアと化す。奮われた鞭は激しい風切音と火の粉をまき散らせながら、ワイナードの前方を隈なくカバーし、迫りくる敵の兵隊に備える。相手が人ならば打撃と炎撃のダブルの苦痛を味わうことになるだろう。
「――行け」
しかし相手は土人形。イーサンの短い号令に臆することなく突っ込んでくる。鞭に弾かれ腕が使い物にならなくなったモノや炎に焼かれ土が乾き、ぼろぼろと身体が崩れるモノも何体かあったが完全に形を壊すには至らない。
鞭の嵐を抜けた土人形どもは身体にいくつものの疵をつけながらも、顔を苦痛に歪ませることもなくワイナードへと拳を奮う。
「ふっ!」
両手に鞭を持ったままでは防御することもままならず、鞭を捨てて後退。攻撃が掠めた左腕に鈍い痛みが疼いているが、折れたわけではなさそうなので捨てておく。
土兵ひとつひとつは大した力は持っていないが、打撃も効果は薄く、熱も聞きにくい。その上、兵隊数は20。
ワイナードは考える。〈水〉、〈金〉遣いの味方でもいればことは大分楽になったのだが……。せめて〈風〉遣いがいればな、イクスに手伝ってもらうべきだったか……。
などと嘆いていても仕方がない。
いまは自分1人しかいないのだ。倒せないまでもイクスが味方の兵士を呼んでくるまでの間、時間稼ぎくらいは……。
ん?
いまは、味方が、1人もいない?
「なぁんだ」
作戦ともいえない作戦を思い付いたワイナードはにやりと笑う。その笑顔は悪戯を思い付いた子供のような笑顔で、戦場にいる大人達に違和感を与える。
「――っ!? 行けっ!」
悪寒を感じたイーサンが土兵たちに再び号令をかける。しかし、それよりも速くワイナードは気闘術を展開していた。
〈炎〉の〈具現化〉
「幽誘胡蝶」
地に這べた炎の鞭、その鞭が振り回られたことによってあちこちに飛び火した火の粉が生物の形へと再構築される。
それは、蝶。
美しく燃える蝶だった。
無数の蝶へと姿を変えた火の粉はふわりふわりと淡い燐をまき散らしながら空を悠々と飛びまわる。
「そうだよなぁ。いやぁ、イクスがいたからついつい護衛任務のつもりでいたわ。でもそうじゃねぇんだよな」
紅い蝶が舞う中、ワイナードが云う。
イーサンの土兵達がその黄土色の腕を奮う度に蝶は一際大きく燐をまき散らしながら、霧散する。
合計20の土兵がそれぞれ攻撃をするのだから、蝶の減る速度も尋常ではない。しかし、これが奥の手だとでもいうような顔をしていたワイナードはまだ微笑を湛えたままだ。
それをイーサンは訝しむ。
どういうことだ? この蝶の群れが攻撃手段なのか?
それにしては脆い。見る限り単体での攻撃力というよりも群れで攻撃することで一定の戦果をあげる類の召喚獣だ。 1人を相手にするには良いが敵の人数が多い時に使うモノではないように思える。
しかし、それはワイナードの次の発言と、酒場を覆い尽くす燐の異常な数を見たことで合点がいった。
「味方はいねぇんだし、隣近所の家とも離れてるし――壊しちまってもいいよな?」
「――っ!? 土葬連獄」
素早くイーサンは気闘術を発動、しかしそれを悠長に待っているワイナードでもない。
「梵」
王子のその呟きに、酒場が爆ぜた。いや、正確にはワイナードの呟きによって、まだ消失していなかった数体の蝶が爆発した。
そして、散っていった蝶の残した燐に誘爆、更に誘爆、そして誘爆。それが連鎖し酒場を丸ごと吹っ飛ばす。
ガラガラと音を立てることも適わず、古びた酒場はゴミの山になった。
☆
「やっべぇ~、派手にやり過ぎたかも」
後に残ったのは砂埃と煙と木片、そして炎の壁で身を守っていたワイナード。
そして、
「全くです。結構高いんですよ、この服」
服についた埃を払いながら愚痴るシモンだった。
「……あれだけやったってのに、無傷かよ」
シモンの攻撃に備えるために瓦礫の中を移動する。歩く度に埃が舞い、瓦礫が音を立てる。
件のシモンはと云えば、ワイナードよりも酒場の惨状が気になるようで、辺りを見回しては眉を八の字にしていた。
「あちゃ~、これはもう無理ですね」
うんうん、と何かを確認するように頷いている。
「ギルドメンバーもほぼ全滅。ギルドも潰れちゃいましたし大口の依頼もパー……〈魔皇の遣い〉は今日で廃業ですね。いやはや、残念無念」
あまり残念がっているようには聞こえない。
「それでお前は〈魔皇会〉に戻るってか?」
「ええ。まぁ、そうなるんでしょうね。元々〈魔皇の遣い〉を作ったのも出稼ぎと使えそうな人材発掘が主な目的だったので。こうなっちゃここの国での活動はここまで、って感じですかね」
「その前に俺の質問に答えていく気はないか?」
「さっきも言いましたけど、私は何も喋りませんよ。怒られちゃうんで」
「……ミリーナ」
「!?」
顔には出さず、身体にも大きく反応は出さず、ただ全くの無反応というわけにもいかなかったのか。わずかに足が動いたようで、シモンの足元の瓦礫がガラガラと音を立てた。
その反応を見て、ワイナードは二人は知り合いだと確信する。急くように問いただす。
「どこにいる?」
「……いやはや、ミリーナ様のお知り合いでもあるとは」
「どこにいる?」
一歩、一歩、瓦礫を潰し、木片をへし折り、シモンに近づく。その足は力強いのは、目的に近づいたことより興奮か、標的に対する憤りか。
常人なら立てなくなるほどの怒気をまき散らすもシモンには全く効いていない。
「さぁ? 云ったでしょう、私は下っ端だって。それに引き換え、彼女はトップグループの一角なので、私にはちょっとわかりかねます」
「……そうか」
トップグループ。二年程前に〈魔皇会〉に入ったにしては随分だと思ったが、彼女のチカラならそれも難しいことではないだろう。意外とすんなりと受け入れられた。
今度は珍しくシモンの方から話を振ってきた。
「ミリーナ様とはどういう関係で?」
「別に。……ただの学友さ」
「あぁ! そういえばミリーナ様は学校卒業と同時に〈魔皇会〉に入ったんでしたっけね。
そうですか、ミリーナ様のご学友ですか」
いくらか考えを廻らした後、シモンが思いもよらない提案をしてきた。
「そういうことならどうです? やっぱり〈魔皇会〉に来ませんか? そうすればミリーナ様とも会えると思いますけど?」
「願い下げだ」
それをバッサリと一刀両断。そのキッパリとした断言に、シモンも言葉を失う。
「……入って裏切るという手もあると思うんですけど?」
「嘘でも入りたくねぇ」
「嫌われたものですねぇ」
ぽりぽりと頭を掻いて、やれやれと肩を竦める。ポーズはともかく、その顔を見るに特に落胆した様子もないので、初めから期待はしてなかったようだ。
「ま、嫌なモノは仕方ありませんね。
じゃあ、私はこの辺りで退散されてもらいます。イクス王子にもよろしく云っておいてください」
「このまま、逃がすとでも?」
「無理しちゃいけませんよ。爆風と炎は能力で防げても木片や瓦礫を避けきるにはいくら貴方でも無理だったんじゃないですか? あちこち打っているみたいですよ」
見た感じ煤けや埃で汚れているだけにも思えるが、見る人が見れば右腕やわき腹をかばっているのがわかっただろう。
「それはお前も同じだろう? 何の能力かしらないがあの爆風を完璧にやり過ごす腕がありゃあ、下っ端なんてやってないだろ?」
「いやぁ、案外わざとチカラを隠して、下っ端扱いされているのかもしれませんよ?」
「…………」
「いやだなぁ、冗談ですよ、冗談。 本当に下っ端ですし、いけるものならもっと上に行きたいもんです。
それと、ウチに入れない人間でもあれをちゃんとやり過ごしている人はいるようですよ?」
「?」
その指差す先。瓦礫の山がせり上がり、長方形の物体が出てきた。
棺だ。
土で出来たソレは、上部には木片や礫が食い込んでいるものの下半分は綺麗なものだし、中まで傷が達しているようにはみえない。
蓋が開く。
中から出てきたのは予想通りイーサン・デーテルだった。
「ったく、どいつもこいつも一筋縄じゃあいかないな……」
ワイナードが疲れた声を絞り出す。
対照的にシモンはご機嫌だ。
「というわけで、イーサン。〈魔皇の遣い〉アルベート支部は今日で解散です。別の支部にでも連絡をとって、そっちに行ってください。あ、その前にちょっとの間だけ彼の足止めお願いします」
「承知した」
言葉短く了承し、シモンとワイナードの間に割って入る。
「では、またいずれお逢いしましょう」
「待て!」
「砂連弾」
「――くっ!?」
シモンを追おうとしたワイナードの胸元めがけ、砂の銃弾が襲いかかる。迫りくるソレを捻ってかわす。
砂弾はワイナードの胸を抉ることなく、瓦礫の山に突っ込んだ。
しかし、それでも身体を痛めているため、ダメージが0というわけにはいかない。わきに響く鈍痛に苦悶の声を押し殺して、イーサンと対峙する。
「もうギルドも潰れちまったんだし、アンタにゃあ関係ないだろ。そこを退け」
「アイツが逃げれば、今後もオレは仕事を得られる。アイツが捕まれば職探しからはじめなければならない。それだけの話だ」
「……そういや、此処のことをアルバート支部とか言ってたな。つーことは他の国なんかにもあったりするわけだ」
「まぁ、そういうわけだ」
「ふーん」
ワイナードは考える。
目の前のイーサンは恐らく〈魔皇会〉については何も知らない。知ってるにしてもワイナードと同じかそれ以下だろう。
シモンは何か知っている。でも追いかけるには目の前の男を倒していかなきゃならない。……いや、こうして悠長に話をしている時点でもうシモンに追いつくことはないだろう。
ということは、選択肢は限られる。
「じゃあ、アンタから他の支部の場所を聞きだす以外ないだろうな」
此処にあった支部と別の支部とで情報量が大きく違うということはないだろう。そこのギルドマスターもおそらく〈魔皇会〉メンバー。シモンと同程度の情報は持っているはずだ。接触できれば、今回辿りつけなかったレベルに達することもできるかもしれない。
そのためにもまずは目の前の屈強な戦士を倒さなければならない。
件のイーサンは、驚くべきことに笑っていた。それは、自分にそんな台詞を吐く男への嘲笑か、はたまた久しぶりにまみえた強敵との戦いに喜び打ち震えているのか。凝り固まった顔の括約筋のせいで歪に見えるものの決して下品ではない。そんな顔。
「傷ついたその身体で、やれるものならやってみろ!」
今日初めて声を荒げたイーサンに呼応するかのようにその身体を周囲周辺の土・砂・泥が覆っていく。
泥を纏い、砂で固め、足りない分は土で補強。その繰り返し。
倍々で肥大化する土の鎧。
「――地鎧装甲」
出来上がったのは屈強な土の鎧。いや、鎧というには巨大すぎる。全長5メルにもなるその装甲の天辺から顔を覗かせるイーサンは鎧を着ているというよりもまるでゴーレムにでもなったかのようだった。
土と云っても幾重にも重ねられたその鎧は打撃や炎熱はおろか、相性の良い水属性や金属性の攻撃でも簡単には通さないことは想像に難くない。
「〈強化〉と〈操作〉の〈複合技〉か……」
やるな。
声には出さずワイナードは評価する。
〈複合技〉とは複数の系統、もしくは複数の属性を同時に発動することでより強力な能力を発現する技のことだ。
今回イーサンが使ったのは〈操作〉により周囲の土を集めて形作り、それを〈強化〉でより強固にする、といったものだ。
ただの〈強化〉ではこれだけの量の土は扱えない(そもそも自分が生みだした土しか操れない)し、〈操作〉では大量の土で鎧を生成することは出来ても、それを手足のように動かすのは難しい。その良いところを活かすことができるのが〈複合技〉というわけだ。
口で説明する分には簡単だが、実際にやろうとするとこれがとてつもなく難しい。間違いなく上級者向けの技だ。
「行くぞ」
先のように吼えることもなく淡々と、しかし力強い声音で宣言してイーサンが動く。その一歩一歩は大地を揺らし、彼が動く度に風の流れが変わる。
その速度はやはり遅いが鈍重というほどではない。走ると表現するのはいささか無理があるが、歩いていると言われると首を傾げてしまうくらい。早歩きと呼ぶのがちょうど良いくらいの歩速。しかし、体躯が人の倍以上あるので圧迫感が凄まじい。ワイナードの視点からでは実際の速度以上に素早く移動しているように見える筈だ。
迫りくる豪腕をバックステップでかわす。しかし、イーサンは攻撃範囲から逃れられたと知覚しながらもその腕を振り抜いた。
先ほどまでワイナードが立っていた場所をワイナードの胴回りとあまり変わらぬ大きさの腕が容赦なく地面を抉る。
〈土〉の〈操作〉
抉った土砂を操作して土の砲弾を生成、ワイナードに向けて容赦なく放つ。予想外の飛び道具に一瞬動きが止まる。
その一瞬が命取り。イーサンの放った砲弾はワイナードの腹部に命中した。
「がはっ!?」
肺に溜まっていた空気が唾とともに全て吐き出し、大きく身体を傾ける。
砲弾といってもようは土を固めたもの。腹に穴をあけるようなことはなかったが、それでもダメージは大きい。
見た目から物理攻撃が来るとばかりと考えていたのが災いした。
「いてぇな。ちくしょうめ」
涎を拭い悪態をつくワイナード。そんな王子の姿を見て、イーサンが呟く。
「脆いな。その程度でシモンらとやりあおうなどと本気でいっているのか? 何かの冗談にしか聞こえない」
「ちっとは喋るようになったと思いきや、出てくるのは悪口ばっかかよ……」
「思ったことを云ったまでだ」
確かにイーサンは言葉からは挑発や侮蔑といった感情は受け取れない。本当に思ったことをいっただけなのだろう。
「それはそれで傷つくけど」
まぁ、間違ってはいないな。
〈魔皇会〉に入るにはいくつかある条件のうちどれか一つを満たしていなければならない。
それは気闘術でいうならば系統数や属性数。魔術でいうならば速度や知識。武術でいうならば戦績や知名度。それらがある一定の基準を越えていることで〈魔皇会〉から〈勧誘〉される。
複数ある条件に共通していえること。
それは『強さ』だ。
気闘術を使うものであれ、魔術を使うものであれ、武術に秀でたものであれ重要なのは単純な『強さ』
特定の条件を満たしていても『強さ』が足りなければ入ることは適わない。逆にいえば条件を満たしていなくても『強さ』を証明できれば入ることは不可能ではないということだ。
さきほどワイナードが「お前も〈魔皇会〉か?」と聞いた時、イーサンは云っていた。
「条件を満たしていない」
それは聞きようによっては「条件さえ満たせば入ることができる」ともとれそうなものだが、実際にはそうではない。
条件を覆せるほどの『強さ』がなかったということだ。
つまり、イーサンに手こずるようでは、シモンにも――ましてやトップグループに属しているというミリーナに勝てるわけもない、ということだ。
「それじゃあダメなんだよな」
ワイナードは自分に言い聞かせるように、
「それじゃあダメだ」
二度三度と繰り返し呟いた。
す、と九の字に折れ曲がっていた姿勢を正す。
「…………?」
たったそれだけの仕草のはずが、蹲る前と全く違う雰囲気をもっているようにも感じる。どこか憑物が落ちたような、迷いを捨て去ったような、そんなムードを漂わせている。
「ミリーナ(アイツ)とやりあうまでは温存しておくつもりだったんだけどな……。どこから情報が漏れるかわからねぇし」
フッ、とワイナードを覆っていた熱の鎧が消えた。〈強化〉が解かれた証拠だ。
「でも、それでミリーナ(アイツ)に辿りつけねぇってのは本末転倒だしな……出し惜しみはやめるわ」
――嫌な予感がする。
戦場で相手が無防備な状態でいることに勝機を見出すよりも先に危機感が全身を襲ってきた。
危険だ。本能がそう判断する。
そして、考えるよりも先に本能が目の前の敵を一刻も早く排除しろと身体を動かす。
ヤツが何かを仕掛ける前に一撃で決める!
その為に必要なのはスピード。
イーサンは〈地鎧装甲〉をほぼ(・・)解除。
足元からがらがらと崩れる土の塊を足場にして、身軽になったその身体ひとつでワイナードに神速に近い勢いで突っ込む。
いや、正確には身体ひとつではない。
その右腕には地鎧装甲の名残である巨大な豪腕が装着されたままだ。速度を上げるために重く堅牢な鎧は排除、けれども一撃で相手を沈めるために右腕だけはあえて残す。
それこそ、この短い時間でイーサンが考え付いた最良の攻撃。
崩れる鎧を足場に高く跳躍したイーサンは全体重を右腕部分に乗せる。そこに重力も加わり、さらにスピードが増す。
まるでイーサン自身が砲弾にでもなったかのような攻撃。
重い攻撃。
それは、気闘術を解き、生身になったワイナードの身体を削り、削ぎ落し、穴を穿つ――ことはなかった。
その右腕を止めたのは、同じく右腕。
飛来したソレの半分の太さもないワイナードの右手のひらがイーサンの怪腕をしっかりと受け止めていた。
イーサンの攻撃よりも早く、ワイナードは再び〈強化〉を発動。
ワイナードの身体は再び炎が纏われていた。
しかし、その炎は先ほどまでとは明らかに違うものだった。
「蒼い……炎!?」
ワイナードが纏う炎は紅く轟々とは燃えていなかった。その炎は蒼く清々と燃えていた。二つの腕の衝突がもたらした人工の風をうけて、蒼炎が燐を生む。
きらきらと透き通るような蒼い燐が舞う様はどこまでも幻想的だった。
その蒼い炎がワイナードの掌からイーサンの腕へと燃えうつる。
「がぁあああっ!?」
ソレは炎に強いはずの土属性の腕をあっけなくぼろぼろと崩し、中の腕ごと焼いた。
右腕を庇い、後ずさるイーサンを前に、余裕ぶるわけでもなく見下すわけでもなく、淡々とワイナードは心中を口にする。
「アンタには他の支部の場所を教えてもらわなきゃならねぇ。だから――それまでは死なないでくれよ」
この時点でワイナードの勝利は揺るぎないものとなった。
兄無双→敵強い→兄無双というわかりやすい力のインフレ。
事前に伏線はうってある(はず)なので許して。
力のインフレ以外にも書き方とか文章量とかちょこちょこ冒険してみました。批評・酷評ありましたらお願いします。
次回からはまたイクス視点に戻ります。
いつからワイナードが主人公だと錯覚していた?




