2-10 street battle(hard mode) 01
「おらぁぁあああ!」
鎮火と咆哮が同時にやってきた。さきほどの斧男とは別の恰幅の良い男がワイナードに向けて迫る。
イクスを襲った傭兵集団と違うのはしっかりと気闘術で強化しているという点だ。男が振り上げた右腕は鈍色に輝いていて、ワイナードはそれが〈金〉の〈強化〉であると即座に見抜く。
一瞬で〈強化〉から右腕への集中強化へと移行できるということはそれなりの使い手でもあることは明白だ。
しかし、ワイナードは落ち着いてそれに対処する。
相手の攻撃をいなして、その空振ったその大きな右腕を掴む。相手に動きを合わせることで自らは力みを入れることなく軽々と男を投げ飛ばし木の壁へと突っ込ませた。気闘術など一切使用しない純粋な体術だった。
呆気なく気絶する〈金〉遣い。本来、最も頑強で鉄のような肉体を手に入れられる〈金〉の〈強化〉だが、腕に集中させていたのが仇となった。その分、肉体の強化は疎かになっていたようだ。
イクスを襲った者達と違うのは、仲間がやられたのを見て次の攻撃を躊躇したりしないところだ。ここで相手に一息つかせるのは悪手だと知っている傭兵達はさらに追撃。流石は闇で生き残ってきたというだけある。
だが、それでもワイナードには遠く及ばない。
殺到する男達を冷ややかな目で見ながら、ワイナードは瞬時に肉体を〈強化〉する。
〈炎〉の〈強化〉
これもイクスの時に熱を帯びるだけではない。ワイナードは全身に炎が纏った。これはイクスよりも練度が高い証拠だ。
「ま、コレで大丈夫だろ」
自身の掌で燃え盛る炎を眺めて、ワイナードは呟く。その呟きは誰にも届くことなく虚空へと消えていった。
「がぁあああああ!!」
二つの獲物を持った男が飛びかかってきた。
イクス救出の際に攻撃してきた斧を持った大男だ。
さきほどまでの斧とは別にもう片方の手にはあまり手入れの行き届いているとはいえない大剣が握られていた。切れ味よりもその重量で敵を粉砕するための剣――そんな印象を受ける。鈍重そうな武器を両の手に一本ずつ持っている割におそろしく身軽である。おそらく何かしらの〈強化〉だろう、と当たりをつけるワイナード。
しかし、そんなことはどうでも良いとばかりに男を映すワイナードの冷めた目には焦りも動揺もない。
刻一刻と近づく鋼の武器。風よりも速いその攻撃をワイナードはいともたやす手で受け止めた。右手で剣、左手で斧をしっかりと掴む。男が歯を食い縛り、力任せに押そうが引こうがびくともしない。
「炎淨」
ワイナードがそう口にすると、男が手にした武器がまるで窯に入れた硝子のように赤々と色を変える。その熱は刃先を伝わり柄までと辿りつく。激しい炎に熱せられた柄が男の手を焼き、苦痛に悶えさせる。
「ぐぅあああああああ!!」
「おいおい、大の大人がみっともない声だしてんじゃないよ」
イヤな顔をして耳を抑えるワイナード。今し方刃の色まで変えたその手で耳を塞ぐとは馬鹿みたいな話ではあるがその炎はワイナード自身を焼くことはない。
――最初に灰にした男、足場にした小柄男。〈金〉遣いもしばらくは起きれこれないだろう。で、今の男。
占めて、4人。
残るは3人。
「おやおや」
「…………」
「ひっ、ひぃいいいい!!」
ギルドメンバーがやられても微笑を絶やさないギルドマスター代理と無表情を崩さないエースのイーサン、そしてもはや涙目の金髪男だ。
三者三様の反応を楽しむこともなくワイナードは構えをとる。
――あの金髪は除いてもここからが本番だ。
「まさか、既に酒場の中に敵がいるとは驚きです。その格好にすっかり騙されてしまいました。私はてっきりドミニクさんだとばかり思ってました」
シモンの声からは言葉とはうらはらに驚きという感情は希薄にしか感じない。 ドアノブに触れたら静電気が流れた時くらいの小さく肩を上下するような驚きようだ。
しかし、ワイナードはそんなことなどどうでもよいようで、冷めた口調。
「背丈もこの格好も変装にはちょうどよかったんでな。ちょっと拝借した」
「ドミニクさんもウチじゃイーサンの次に強いんですけどねぇ。流石、と云うべきなんでしょうね」
口調は穏やかで行儀悪く油にまみれたテーブルへ腰を下ろし悠々としているシモンだが、そこに隙は見当たらない。
「改めまして、今晩はワイナード王子。……とりあえず、用件を伺いましょうかね。
こちらから仕掛けたイクス王子はともかく、無関係のワイナード王子が一体こんな辺鄙な場所まで如何様で?」
「ギルドマスターってのは、どこにいる?」
単刀直入に、ワイナードはきりだした。
その質問にシモンは首を傾げる。
「ギルドマスターに用事で?」
「あぁ、ここのギルドマスター、〈魔皇会〉の一員だろ?」
〈魔皇会〉
そのフレーズにシモンはピクリと反応した。それをワイナードは見逃さない。
「反応したっつーことはアンタも一員か? だったら、アンタに聞いてもいいんだが?」
「どこでその名前を?」
「ちょっと学生時代に〈勧誘〉されたりしてな」
「ほぅ〈勧誘〉を。……それはドミニクくんじゃ相手にならないわけですね」
今度は〈勧誘〉という言葉に反応し眉を動かすシモン。〈魔皇会〉という単語が出てきてから、表情に変化を現すようになっている。
この反応を見て、ワイナードはシモンも絡んでいると確信する。
「で、話はアンタが教えてくれるのか? ギルドマスターに聞けばいいのか?」
「僕の口からはとてもとても……〈魔皇会〉では下っ端ですし。どうしてもというならギルドマスターに聞いてください。まぁ、無理でしょうけど」
「居場所さえ教えてくれればいいさ。後は俺が交渉する」
「死にました」
「なに?」
突然の言葉に思わず聞き返す。
シモンは平然と再度同じことを口にした。
「だから、ウチのギルドマスターなら死にました。というよりも殺されたんですけどね」
その言葉にいままで平時と違い冷静に対処していたワイナードもつい早口で詰問してしまう。
「いつ? だれがやった?」
「死体が見つかったのは昨日です。だれがやったのかは、知りません。昨日の今日の襲撃だったのでさっきまでは貴方が犯人だと思っていたのですが、その反応だとどうやら違うみたいですね」
なるほど。それで、ギルドマスターの居場所を聞いた時に首を傾げたのか。殺した人間が死体の場所を聞きにアジトに乗りこんで来た、と考えるのは無理がある。
「…………」
嘘を云っているという可能性もゼロではない。しかし、さきほどの反応までもがこの問答を見越しての伏線だったとは思えない。少なくともシモンは本当にぐギルドマスターが死んだと思っている。
そうなると話は変わってくる。
「じゃあ、アンタから聞きだすしかなくなったわけだ」
目標を目の前の狐目へと変更。
「いや、だから僕は云いませんって。というか大したことは知らないですよ。さっきも云ったでしょ? 僕は下っ端だって」
テーブルに置いてあった汗をかいたグラスを手に取り、ちゅーと吸い込む。その所作はどこか子供じみていた。
「それでも、知っていることを話してもらいたいもんだね」
「お断りします」
きっぱり、と。
シモンは今日初めて力強い口調でそう云った。薄く開かれたその眼には揺るぎない決意を携えている。
「……そうかい」
それを正面から捉えたワイナードは言葉ではこれ以上無理だと悟る。
「こういう台詞は……三流の悪役っぽくてイヤなんだけどな」
頭をかきながら、そう前置きしたワイナードは改めてシモン・イーサン・金髪男を見据える。
「力ずくでも聞かせて貰うぞ」




