2-9 arrest
目を開けるとそこには夢のような光景が待っていた。
埃臭い室内にアルコールでコーティングしたかのような酒の匂い。そしてガラの悪そうな、というか明らかに人相の悪い男ばかりがひぃ、ふぅ、みぃ……しめて7人。僕と金髪男を入れて計9名がこの部屋の人数だ。武器の手入れをしている者や言い争いをしている者、部屋の隅でフードを目深に被って座っている者、様々だ。
「目覚めたぞ」
僕を捕まえた痩せぎすの男が意識を取り戻した僕を見て言った。するといままでそれぞれ好き勝手にやっていた男達の視線がこちらを向いた。おぉ、デジャビュ。初めて街に繰り出した時と同じ反応だ。
しかし、その時と違うのはその視線の全てが好意的でないことと、僕が椅子に縛られて動けないという点だ。
本当に夢のような光景だ……悪夢の方の。
「どうも、はじめましてイクス王子。闇ギルド〈魔皇の遣い〉がアジト夜梟亭へようこそ」
恭しい口調でそういう言うのは僕から見て一番奥にいたハットを被った狐目の優男。ハットを取り、その手を胸に当てて、片膝を尽き、頭を下げる。その芝居がかった仕草が異様に似合う男は続けて言葉を紡ぐ。
「闇ギルド〈魔皇の遣い〉ギルドマスター代理 シモン・トレスリーです。以後見知りお気を」
挨拶は済んだ、とばかりにすっと立ち上がり手の中でハットを弄び、二、三回回転させてから被る。さきほどまでのハイソな仕草から一転、軽薄なお調子者のようなその仕草にちょっと困惑。
「貴方をお連れしたのが我がギルドのトップスター イーサン・デーテル。それとギルドを支える仲間たちです」
「…………」
シモンのおどけたような口調に渋い顔をする痩せぎす男――イーサン。
イーサンはこれで役目は済んだとばかりに僕から離れ、部屋の隅へと向かう。
「それはまた……豪華なことで」
トップに見張り役をやらせるとは……。
本来、見張りというのは下っ端の仕事である。大体の組織においてその見解は一律していると思う。見張りというのは辛いわりに報われない。何時間も見張りをしつづけても成果がでないことの方が多い。だからこそ、下のモノにやらせるのだが、このギルドでは手の空いている中でも強い者が監視に立つらしい。
考えてみれば、確かに合理的だ。数多くの死線を越えてきた歴戦の猛者なら見張りの重要性は知っているだろう。それが命に関わることを知っているから手を抜かない。しかも強いので襲撃されても撃退の可能性も跳ね上がる。
「挨拶は終わったのか? じゃあ、もういいだろ! 俺にそのガキを始末させてくれ!」
僕らのやり取りをシモンの背後で見ていた金髪男がもう我慢の限界とばかりに声をあげた。僕と目が合うと「ぶっ殺してやる」と目で殺意を送ってきた。なんでお前とアイコンタクトしなきゃならないんだよ。
どうやら僕の電気ショックがお気に召さなかったらしい。その仕返しに僕を痛めつける算段のようだ。
しかし、金髪男を見ようともせず、おっとりとした口調でシモン。
「始末する、とは穏やかじゃありませんね。 私が貴方に依頼した仕事はイクス王子の誘拐。殺してしまっては元も子もないでしょう」
そうだ、そうだ。いいこと言った。心の中でシモンを応援する。僕だってまだ死にたくはない。
「でも、こいつは俺らのことをさんざんコケにしやがったんだ! その落とし前はつけてもらわねぇと!」
「――落とし前、ということならまず貴方がつけなくてはならないのでは?」
食い下がる金髪男の言葉に反応し、シモンの細い目がすっ、とさらに細く険しいものになる。ほとんどの者がシモンの雰囲気の変化に気付いている、金髪男は気付く様子もなく、呆けたように聞き返した。
「あ?」
「私が依頼したのは誘拐ですよ? それなのになぜ貴方が彼に連れられてギルドまでやってきてるんですか?」
「そ、それは……」
金髪男もやっとその変化に気が付いたのか。顔を青くして、口ごもる。
「簡単です。貴方がヘマをしたからこんなことになった。ギルドの場所を教えて、あまつさえイーサンの手を煩わせて……ギルドトップの彼を、新入りの貴方が?」
「わ、わるかった。もう何もいわねぇよ」
「当然です」と結局一度も金髪男の方を向くことなく話を終わらせたシモン。話が終わった途端また元の狐目へと戻し、口元には胡散臭い微笑を湛えて僕と向きあう。
「いやはや、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。闇ギルドは来る者拒まずなのでどうしてもああいうのが出てきちゃうんですよ」
まるで視界に入れることで呪われるとでもいうように一向に金髪男を見ようともせず、指を向けることで「ああいう」のであることを示すシモン。あまりにぞんざいな扱いにも金髪男は口を歪めるだけで何も言えない。相手がギルドマスター代理だからか、はたまた自分よりも実力で上の存在だからか……まぁ、両方だろうな。
「いえ、ありがとうございます」
縄でぐるぐる巻きにされている相手に礼なんて、という気もするがおかげで痛い思いをしないですんだのだからとりあえずお礼くらいは言っておこう。減るもんじゃないし。
「いえいえ、お礼なんてとんでもない。 貴方は大事な商品なのですから慎重に扱わなくては」
まぁ、そういうことですな。やっぱりお礼言って損した。賠償を請求したい。しかし、そう文句をつけられるはずもなく。
「人をモノ扱いするのはどうかと思います」
適当な軽口を返す。シモンと金髪の小競り合いも一段落して、さぁそろそろ次の段階へと移りそうになったので、僕は喋ることでそれを先伸ばしにする。
どうせ、この後に待っているのは眠らされて依頼人のところに運ばれるか口封じのために殺されるかである。
金髪に「殺しはダメだ」といっていたがそれだって鵜呑みにはできない。金髪が僕を殺すことを拒否しただけであって、シモンや他の者が僕を殺さないという保障はない。ほら、さっきからフードの男がずっとこっち見ていて気味が悪い。フードの奥が見えないので二倍気味が悪い。
「この扱いもなんとかなりませんかねぇ? 喉も渇いてきたのでお茶なんか頂けるとありがたいんですけど」
特に渇いてもいない喉から適当に言葉を紡ぎ、考える時間を稼ぐ。
さて、どうする? 縄は〈火〉でどうにかできるとしても、この人数、しかもシモンやイーサンという手練を相手に闘いを挑むのは無謀とか無茶とかいうレベルではない。それじゃただの悪あがきだ。
やはり、脱出しかない。
「――それは無理というものです」
不意に。
シモンがそういった。
「会話を続けて、時間を稼ぎその間に対策を考える……子供らしからぬその頭の回転と行動力には脱帽ですが……生憎私には効きませんよ」
ぬらりと、僕をねめつける二つの眼。金髪を相手取った時とは逆に平時の狐目よりも少しだけ開かれた双眸。紅と蒼のオッドアイ。
そこに覗くのはあきらかな捕食者の目だった。
「聞くところによると気闘術の腕前もそれなりみたいですね。 イクス王子に連れてこられた彼に聞きましたし、イーサンも褒めてましたよ」
「褒めてなどいない。ただ、発動までの時間は短くよく鍛錬されているといっただけだ」
話を向けられたイーサンは壁に背をもたれつつ、ぶすっとした表情で答えた。
「それを褒めているというのですよ」
シモンが反論するが、イーサンはそれきり顔を背けた。そんな傭兵の姿に肩をすくめるシモン。他の者たちはにやにやしたり興味なさそうに欠伸したりと相変わらずまとまりがない。そんな中、フードの男だけはずっと僕を見てる……怖っ!? 顔が見えないから余計怖っ!
「まぁ、そんなわけで貴方が気闘術の使い手だということも解ってます。話に聞いた感じ風遣いか雷遣い――いや、その両方、〈複色遣い〉ですか。それは手こずるわけだ」
「っ!?」
「驚かなくても良いですよ。貴方の表情の変化から読みとっただけなので。手品みたいなもんです」
見せてもいない能力を一発で言い当てられ、開いた口がふさがらない僕になんでもないというようにシモンが言ってきた。
けど、表情から読みとるって普通に出来ることじゃないだろ。
「しかし、そうですか……〈複色遣い〉。そうなると、このまま変態貴族の愛玩用品にするのも惜しい気がしますが……まぁ仕方がないですね。依頼ですし」
……これは本格的にマズい。
能力を知られているのと知られていないのでは闘うにしても逃げるにしても勝率が格段に変わってくる。
まだ〈火〉の能力がバレていないようなので、それで意表を突くしかない。しかし、この男相手にそれがどれだけ通用するだろうか? しかも彼だけでなく他に7人もいるのだ。
「気闘術を満足に扱えると依頼人のところから逃げだす可能性も考慮しないといけませんね……。此処の場所を告げ口されても困りますし。となると、精神を壊すか四肢を捥ぐかしないと」
終わった。
明日の晩ご飯でも決めるかのようなシモンがそういうを聞いて、足がガクガクと震えだした。それは初めて感じる恐怖。
「……おや?」
そう思ったら、思わず涙が溢れてきた。
縛られているので拭うこともできず、ただただ服を濡らすばかりだ。
そんな僕をみて「キミもですか……」とため息をつくシモン。きっと同じような光景を何度も見てきたのだろう。
「やれやれ……わかりました。僕も鬼ではありません。泣きじゃくる子供を変態の慰みモノにするわけにもいきませんし――精神崩壊しちゃいましょうか」
シモンはカウンターに座っていたナイフの手入れをしていた小柄な男に目配せした。すると男は「きょひひ」と奇妙な哂い声をあげて、席を立った。
見ると男は服全体に様々な鈍器や鉄器、更には拷問具のようなものから用途のわからない謎の道具までも身につけており、男が歩くたびにジャラジャラと鈍い音を鳴らした。
それが僕の人生の終わりをつげるチャイムのようにも聞こえ、視界は涙で一層見えなくなる。
見えなくてもその音は確実に僕の方へと這い寄ってくる。
ジャラジャラジャラジャラ。
そして僕の目の前に男が来た。
「きょひひひひひ」
涙でぼやけた視界でもその男の黄色い歯と身につけた道具が絶望色に輝いているのがわかる。
男が服にぶらさげた内のひとつを手に取ろうとしたその時、
「ぎゃああああああ!」
小柄男やシモンのその後ろの方から悲鳴が上がった。
驚き、全員がそちらに目を移す。
そこには全身を炎で包まれた人型のナニカがあった。……いや、ナニカなどと暈す必要もないだろう。
人だ。人が燃えている。
「ああぁあああああああ!!!」
まだ意識はあるのか、全身を炎に包まれながらも一歩二歩と歩く。それに合わせ、周囲の者は離れるように一歩下がる。
偶然が必然か、よろよろと僕の方へとやってくる。自然と僕と火ダルマの間には道が出来ていた。
やがて、ソレが崩れ落ちた。
完全に肉を焦がし、ところどころ骨が見え隠れしていた。
それを見て、またほとんどの者が顔をしかめた。シモンやイーサンは表情を変えることはなかったがそれでもたじろいだ様子で炭となったソレから距離をとる。
そんな中、まったく動じることのない者が1人いた。
――ずっと僕を見ていたフードの男である。
いまだに目深にフードを被っている為、その表情を拝むことは叶わないが、それでも落ち着いていることだけは雰囲気で察することが出来た。
瞬間、そのフードの男が炭になった男が作りだした一本道を駆ける。
腕ききの傭兵といってもあんなのを目の前で見せられた後だ。反応が追いつかない。そんな中、シモンだけが男に向かって取りだしたナイフを投げた。
男は更に姿勢を低くしてナイフをかわす――が流石にかわしきれずナイフは男のフードを掠めた。
フードが取れるが、低い姿勢を維持している男の顔は見えない。
ギルドマスターが攻撃したことでフード男を敵と判断したのだろう。時を同じくして、目の前の小柄男が僕とフード男の間に割って立つ。
こうなると僕からはもうフード男の姿は見えない。
「きょぇええええええ!」
小柄な男が相変わらずの奇妙な笑い声をあげ、突っ込んでいった。
「きょげぇええええええ!!!!」
次に聞いたのは小柄男の絶叫、次に見たのは絶叫する小柄男を踏み台にジャンプして僕の前に立った、フード男。
その素顔を見て、僕は驚いた。
「な、なんで、ここに?」
「それはこっちが聞きてぇよ……あぁ、もう色々と台無しになっちまったが仕方ねぇ」
乱暴で粗野な態度。けれど、どこか憎めないその口調と声音に心が緩んで行くのを感じる。
「――ったく、世話のかかる弟だ」
そこに立っていたのは兄、ワイナードだった。
☆
「兄さんも闇ギルドの一員なの?」
安心を取り戻した僕の口から出てきた言葉に兄は眉を寄せた。
「アホか。んなわけねぇだろ。はぁ……折角潜入できたっていうのによぉ……」
わざとらしくため息をつきながら僕の縄を解くワイナード。
「金持ちの息子誘拐するって話は聞いてたが、まさかウチの弟が誘拐されてくるとは思わなかったぜ」
ぐちぐちと文句をいいつつも僕の腕を掴み、立たせてくれる。僕の前へと廻り、正面から僕を見て、全身を軽くはたいてくれた。
「怪我はないか?」
「うん」
僕が答えるとワイナードは「よし」とひとつ頷いた。
そのワイナード越しに斧を振りかぶり、突進してくる男の姿が見えた。
「っ!? 兄さん、後ろ!」
「よっと」
ワイナードは振り返ることもなく、僕を肩に担いで跳躍。男の斧は空を切った。
「逃がすかっ!」
酒場の入口付近に着地したワイナードに男が猛追してくる。
その声を背にしながら、僕を肩に担いだままワイナードはゆっくりを腕を持ち上げて、
パチン、と指を鳴らした。
するとワイナードと僕を中心に半円状に炎の壁が出現した。勢い良く燃え上がる炎に男はたたらを踏んだ。
僕を肩から降ろしたワイナードが扉を開けて、云う。
「今のうちに逃げろ、イクス」
「で、でも兄さんは……」
どうするの? という僕の問いはワイナードの声に掻き消された。
「オレはこいつら片づけてから行く。あ、適当に兵士にも声掛けてきてくれ。こいつら捕まえてもオレ1人じゃ運べねぇし」
そう云って、僕を無理やりドアから追い出そうとした。扉が完全に閉じる直前、勢いが衰えてきた炎の壁に向かって、ワイナードは呟いた。
「さぁ、ここからはハードな時間だ」
「今週の平日は毎日更新できると思います!」とかいいつつ、最後は日を跨いでしまいました……すいません。
ま、まぁ、文量もいつもより多めですし大目に見てください、とかいっちゃたりなんかして……はい、すいません。
内容的には「中二病乙!」って感じですかね? それとも「中二堂乙!」って感じですかね? とかいっちゃたりなんかして……はい、すいません。
とりあえず、これで連続投稿は終了です。
来週はちょっと長め(今回ほどじゃない)の一本くらいになるかと。
今回も読んで頂きありがとうございます!




