0-1Prologue
………………
…………
……あれ?
気がつけば僕は真っ白な空間にいた。
あ、違う。真っ黒だ。あ、今度は白だ。
どうにも様子がおかしかったので、瞬きしてみた。
するとどうやら右目だと白に見え、左目だと黒に見えるということに気がついた。
おかしな現象である。
どうしてこんなことになったのか直前の記憶を探ってみる。
「――あ」
そうして自分が屋上から足を踏み外して落ちたことに気がつく。
別に自殺ではない。
あれは事故だ。
毎日のようにあの屋上から柵を越えた先で眺めの良い景色を堪能していたもんだからいつの間にか危機感が薄れてたのかもしれない。
それで痛い思いをしたのだから目も当てられない。
「……でも、屋上から落ちた割にはどこも痛くないんだよな」
自分の身体を見渡してみる。
視覚の色覚がおかしくなったことばかりに目がいったが、体には大きな傷跡も手術痕も見当たらない。
……どういうことだろう?
僕が事態の把握が出来ず首を捻っていると、モノクロだった世界に途端に彩りが加筆された。
それと同時に何もなかった空間に大きな卓と一人の女性が現れた。
テーブルの盤上は大きな布で覆われ一切見えなかったが、女性の方は対照的になかなかに露出度の高い服を着ていた。手品師の助手やバニーガールを彷彿とさせるデザインだ。
「ようこそ、人生のカジノへ!」
そういった女性はにっこりと笑みを浮かべていた。
「へ……カジノ?」
「はい。コチラは第五深層第三位〈モデル:ユグドラシル〉の世界になります。ここでは〈下位深層世界〉の一部の世界圏の生命転生を担当させていただいてます。貴方の担当は私、ノルンが担当させて頂きます」
「しんそー世界? かいしんそ……?」
聞き慣れない言葉ばかりで何がなんだかわからない。
「あー、その辺りは聞き流して頂いて結構ですよ。説明すると凄い時間がかかってしまいますし、そんな時間はありませんから。タイムイズマネーですからね!
大事なのは貴方が死んだ事実、そしてこれから転生のためのゲームをするということです」
僕が死んでいる、ということにはこれといった驚きもなかった。地上十数メートルという高さから落ちたのだ。その上で身体に傷がないともなれば明らかに変だ。
しかし、いまは僕の短い生涯を惜しむよりもやるべきことがあるだろう。
いや、聞くべきこと、か。
「ゲーム?」
「はい。貴方にはこの後転生してもらうにあたって転生先や転生後のスペックを決定して頂くに辺りちょっとしたギャンブルに興じて頂きます。目指せ、チートキャラ!」
そういって彼女――ノルンさんは可愛らしくウインクしてくる。
その無邪気さに思わずどきっとしたがそんなラブいコメ的なことをする空気でもなく、脳内で渦巻いていた言葉を口にする。
「転生とか転生先を決めるとかって……もしかしてノルンさんって神様?」
「まぁ、そう受け取ってもらって結構です。……まぁ、ホントのこというと只の公務員なんですけど」
「へ? 公務員?」
ぼそっと小さく付け加えられた言葉がよく聞こえなかったので聞き返したら、物凄い勢いで手をぶんぶん振りだした。
「いえいえ、こちらの話です。 そうです、私が偉大なる神様です! アイアムゴットです!」
えへんぷい、とわざとらしく上体を反らすノルンさん。
ぴったり体に貼りつくような衣装でそんなことをするもんだから胸元とかおっぱいとかバストとかがとんでもないことになってる……。思春期バリバリのシャイボーイだった僕は眼球のピントをどこに合わせるべきか困ってしまう。
僕が落ち着かない様子で視線を右往左往させていることを混乱していると捉えたのか、ノルンさんは状況の説明をしてくれた。
「さて、ではもう少し噛み砕いて説明しましょうか。 ――まずこの度はご愁傷様です。貴方はいまさっき死にました」
「はい」
益体のない言い方だな、とは思ったが事実なので仕方がない。僕は首肯する。
「で、今後貴方には別の生き物として転生して頂く訳ですが、その転生先の世界や転生後の姿、個体としての能力値などを設定する必要があります」
転生。その突拍子もない台詞を意外とすんなり受け入れている自分がいた。
別に輪廻転生を信じていたわけじゃないし、死後の世界というものが本当にあるとも思っていなかった僕がこうしてファンタジーな展開を受け入れられたのはゲームやマンガ慣れした現代人だからだろうか。
しかし、転生、というものにはある程度理解が持てても、それ以外にわからないことは多々ある。
「転生先や転生後の姿、ってのはまぁ小説でもありがちだしわかるけど……能力値の設定、ねぇ」
「潜在能力とでもいいましょうかねぇ。簡単にいうなればオンラインゲームのキャラメイクとステータスポイントの割り振り、って感じでしょうか」
「確かにわかりやすいけど、次の人生をゲームで例えられるのはちょっと……」
「いいじゃないですか。人生なんてゲームみたいなものでしょう?
――さて、話を進めます。 その転生先や能力値の設定というのは通常は私達が適当に割り振るものなのですがそれではつまらないので、転生する貴方にも一枚噛んで頂きます」
「……その『つまらないから』って理由、もうちょっとどうにかならない?」
そんなので僕の第二(過去にも転生したことがあるなら三度目以降になるか)の人生を決定するのは辞めてほしいところだ。
けれど、『次の人生を自分で選択できる』というのは確かに喜ばしいことだし、これ以上は突っ込まないことにしよう。気分を害されて選択権がなくなるのは損だろう。
一考し、僕は話の続きを促す。
「それで具体的には僕は何をすればいいんですか?」
カジノ、というからには何かしらを賭けることになるのだろうか? もっとも死んでしまった今となっては賭けられるようなものは、それこそなにもないかもしれないが。
訝しむような視線を自分に向ける相手に対しても、この神様と呼ばれる少女は笑顔で応対した。
「貴方にはこちらのルーレットを回して頂きます」
そういってノルンさんは卓にかかっていた赤いクロスを取り払った。重力で波打つクロスが取り除かれたそこにあったのは、僕もよく知っているポピュラーなアイテムだった。
「……人生ゲーム?」
「云ったでしょう、人生はゲームだって」
そういってノルンさんは微笑んだ。
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