小伊勢姫
年の瀬の石岡駅
今田陽介が駅から出てきた。
待ち構えていたのは、高校のときから親友の井川正樹、佐川由紀、香山容子の三人。
石岡総合高校の同級生。
四人はここの卒業生。四人とも大学に進学していた。
陽介は、東京の大学の経済学部、井川は、地元大学の農学部、佐川と香山はも井川と同じ大学の人文学部に進んだ。
陽介の実家は、代々続く造り酒屋。井川は農家の跡継ぎである。
由紀と容子は、石岡市内のサラリーマンの娘として育っている。四人は駅で別れ夕方に会う約束をした。
「お母さん ただいま」
「あれ、早かったね。友達に会わなかった?」
「さっき分かれた、今夜会うことにしたよ」
と言って二階の自分の部屋に上がって行った。
総高を卒業して東京の経済大学に入りもう直ぐ大学も卒業。
月日の過ぎる速さを感じていた。
夕方。また、石岡駅前で会うと駅前通りにある居酒屋に入った。
「陽介くん、ちっとも変わらないね。」
容子が声を掛けた。
「そうかい、それは陽介は成長してないってこと」
みんな笑い声をあげた。
「違うわよ、ここの三人はたまに顔を見るから変化が分からないけど、
陽介くんは四年ぶりよ。」
経済大学に進んだが陽介は、盆暮れは帰らなかった。
授業が無いときに調査のレポートを書くようにしていたからだ。
たまには帰るが突然が多く友達には連絡を入れてない。
総高時代の四人は歴史クラブ。
陽介と井川はクラブとは別にバスケット部にも所属していた。
クラブはサークルのようなもので部活よりは楽しかった。
石岡は、その昔に常陸国国府が置かれた茨城では歴史の長い由緒ある街である。
自分たちの石岡の歴史を辿るのは楽しい時間だった。
総高が休みになる春と夏が待ち遠しいくらい。
クラブは、十二人男子が五人。女子が多かった。
その中で、この四人が特に仲が良かったのであった。
今回の陽介の帰郷は、大学最後の正月休み。
研究リポートは既に書き終え提出してきた。
「久しぶりにゆっくり休めるぞ~。」
両腕を高々と持ち上げ思い切り背伸びをした。
「ところで、陽介くんは卒業したらどうするの」
今度は、亜紀が聞いてきた。
「うん、本当は東京で探していたけど希望の会社が不景気で募集を止めてしまった、そこで親と相談して一気に親の跡を継ごうかと考えているよ。」
「そうなの。」
ちょっと寂しそうに由紀が陽介の顔を覗き込んだ顔が気になった。
それから、二時間近く思い出の笑談をして四人は分かれた。
正月元旦。
「皆、おめでとう」 父が言った。
「あけましておめでとうございます」
母と陽介と妹のさとみは言った。昔から家族の年初の挨拶だ。
朝のおせちと雑煮の朝食を済ませると家族四人で
近くの常陸国總社宮に初詣に行く、これも昔から同じだ。
お参りが終わりお守りを買いたいとさとみが言うので
一緒に行くと友達の由紀がやはり家族と来ていた。
どちらともなく「おめでとうございます」
と言って顔を見合わせ「くすっ」と笑った。
陽介は和服姿の由紀を見るのは初めてだった。
「亜紀って可愛いな」と思ったとたん、顔が赤らんでいったが。
何も知らない由紀は「陽介くん、顔が赤~い!熱でもあるの?」と心配そうに見た。
「いや、無いよ。元気そのもの。」
陽介は背伸びをすると「じゃ、又ね」と言って家族の待つ方向へ歩き出した。
「どうしたのだろう?」
陽介は自分が赤面したのに気がついていなかった。
由紀から突然言われて動転してしまった。
「今度は皆にいつ会えるのだろう?」
次回の約束はしていない。
正月も三日目、東京の下宿に戻る準備をしていると、
正樹が訪ねてきた。
「おめでとう、陽介」
陽介も「おめでとう」と答えてから、「どこかに行こうか」
「うん、八郷方面にドライブしないか?」正樹が提案。
「どこでもいいけど何故?八郷!」
「八郷は石岡と合併したろう、総高時代は石岡市内の歴史めぐりで
終わっていたけど八郷は一度もクラブとしては訪れていなかったろう。」
陽介は言われて、
「そう言えばそうだね」
「よ~し、行こうか。」
二人は正樹のジープタイプの軽自動車で走りだした。
「へ~、軽でも結構走りますね。」
陽介は、ちょっとちゃかしながら正樹に声を掛けた。
「柿岡か~。」懐かしそうに陽介が独り言。
柿岡は、旧八郷町の中心街。今でもこの地域の中心街に変わりない。
正樹が、「フラワーセンターでも寄って見ようか?」と言ってきた。
「それとも、西光院でも見てみる?」
フラワーセンターは子供の頃は家族で、小中学は遠足や課外授業で
何度か行ったことがある。バラでは有名なポイントだ。
「西光院?」陽介は正樹に聞いた。
「あれ、知らなかった? 西光院!」
「じゃ、そこに行こう。」
正樹は、車を柿岡の市街から西の方角に向け走りだした。」
柿岡から二十分位走ると杉の生立つ場所に着いた。
周りはやけに薄暗い。
「寂しいとこだね。」陽介は正樹に言った。
「この先だよ。」正樹は駐車場に車を停めると歩き出した。
営業しているのか分からない茶屋の前を通り過ぎると西光院の表門が
見えてきた。
「ここだよ。」
入り口には誰もいない。中に入ると木の床が少し軋んだ音を立てた。
入って右南方に回ると「絶景だね!」
陽介は声を上げた。
「でしょう。」正樹は満足そうに答えた。
西光院は、東の清水寺と称される。
本堂の前にせり出し部があり崖の上にある。
その形が、京都・清水寺に似ている所以だ。
せり出し部に立つと八郷の高原が気持ちよく見渡せた。
フラワーラインの上曽までもどり北上。
「もうすぐ、宇治会交差点にでるけど、まっすぐなら笠間方面、左折なら
北関東道路の笠間インターチェンジ方面だけど?」
陽介は、笠間は知っていたが北関道に興味をおぼえた。
「そっち、左折でどう?」
「いいよ。」
フラワーラインといい、北関道方面の道(県道六十四号線)といい、真直ぐの舗装された道路でドライブには気持ち良かった。
突き当りは、国道五十号。
交差点の側のコンビニの駐車場でしばらく休んでから、
「そろそろ戻りますか?」
正樹が言った。
「うん、戻ろうか」
戻る途中、右手に小さな看板「加波山⇒」を見えた。
「そう言えば、筑波山は有名で皆と行ったけど、加波山は登った事がなかったね」
加波山は多信仰の山でその筋では有名である。
石岡北方と桜川市の境にある標高七百九mで筑波山に次いで筑波連峰では高い山である。
山頂付近には、加波山神社が鎮座している。
陽介は、何か気になった「加波山?」
家に戻ってから陽介は由紀と容子に電話を入れた。
「いろいろ有難う、楽しい正月をすごせたから、明日、東京に戻るよ。」
由紀が「石岡駅に送りに行くわ。」と言った。
陽介は心が踊るのを感じた。
東京に戻ってから卒業の準備に明け暮れていたが、由紀とのメールのやり取りは続いていた。
内容は取り留めもないものだが。
卒業間近のある日、由紀からメールが来た。
「陽介くん今まで友達で有難う。私も大学を卒業して、卒業の後の進路を陽介くんや皆に話していませんでした。」
そういえばそうだ。亜紀に卒業後は聞かれたが、亜紀の卒業後は聞いていない。文面は続く。
「私、去年、未だ皆に会う前だけど京都に居るおじさんの伝手でお見合いをしたの、相手の方に気に入られ又、会う事になっているの、私が会った感じでも良さそうな人だし断る理由もないので。」
文面は中途な内容で終わっていた。
メールを読んだあと、陽介の胸の高まりは直ぐには収まらなかった。
その時、
「陽介くん、これでいいの・・・」
柔らかい女性の声が聞こえた。
ハッ! として陽介は目が覚めた。
「夢だったのか?」
でも、夢にしては鮮明すぎる、気になって陽介は携帯メールを確認した。
「えっ!」陽介は驚いた。由紀からのメールが入っていた。開くのが怖かった。
「もし、夢のときと同じならどうすれば!」陽介は夢の中以上に鼓動を強く感じていた。
それと、「これでいいの?」と囁いだ人は誰?なんだろう。鮮明すぎる。
陽介は、トーストで軽く朝食を済ますと心を決めて携帯メールを開いた。
「陽介くんおはよう。今朝の石岡は快晴です。初春ですね、ポカポカ陽気です」
「なんだよ。早く本文に入れよ」 陽介は急かしたが、相手はメールの文字、自分が早く読むしか無い。メールは続く
「私の進路が決まりましたヨ。京都に行く事になりました。」
「えっ!」
陽介はびっくりした。
「正夢だったのか。」
胸の動悸が高まるのを抑えられなかった。
文面は未だ続く、
「京都の文化大学の大学院に進みます。・・・・・・・」
メールを読み終えるとホッとした一面と新たな不安が胸を過ぎった。
京都に叔父が居るのは聞いていた。そこに下宿するらしい。
でも、「何故? 夢と同じ京都に?」陽介は気になったが、冷静を保った返事を出した。
三月初めに陽介は卒業が終わると次の日に石岡に帰った。
直ぐ、由紀に連絡して会う約束をした。
駅前通りの喫茶店に入るや陽介は、
「由紀ちゃん、本当に京都に行くの?」
「ええ。私の希望なの京都行は! 親も賛成してくれたし、叔父さんもくるのが楽しみだって言ってたし でも、私は半分観光だけどね!」
由紀は、クスっと笑った様な気がした。
数日後、いつもの四人は恋瀬橋近くのパーキングに集合。
今日は、四人の卒業記念のドライブだ。
恋瀬川を北上、フラワーセンターまで行くコース。
三月の風は晴天にも恵まれ気持ち良かった。
フラワーセンターはこの時期ビオラやパンジーが咲いて綺麗だ。
バラは未だ咲いてはいなかったが、センター内のレストランで
昼食を済ませてから、空中自転車に乗り童心に帰ったような気分に満ちていた。
また車を走らせた。
北関道に乗り栃木方面に行こうかと話していたからだ。
フラワーラインから左折して笠間西インターへ向かう途中で、陽介は「加波山」が急に頭をかすめた。
「皆、ちょっと待ってこの左手奥に加波山があるので行って見たい。」
他の三人も興味を示したので急遽寄ることにした。
その道は、細く長い。正樹の車で丁度良かった。
二十分以上走って山頂付近の駐車場に着いた。
駐車場の直ぐ南上に加波山神社があった。
四人は軽くお参りを済ませると、未だこの上にもホコラがあるようだと言って正樹と容子は「賛成と行って社殿の右手の急な参道を登り始めた。
加波山も筑波山同様 岩山なので足場が悪く二人とも苦労しながら上っていった。
陽介は由紀を見て「どうする?」と問いかけた。
「あの二人が上に登るなら私たちは下って別なホコラを探して見ない。」
「歴女!」復活か、陽介は賛成すると周りをキョロキョロ探してみた。
すると。石岡市大塚の下に林道《恋瀬神社経由》の立て看板が見えた。
「恋瀬神社なんてあるんだ?」陽介は一人感心すると由紀を連れて細い林道を下った。
かなり急な下り坂を二人は降りていった。
恋瀬神社には二十分程度で着いた。
神社は小さく一見 お稲荷さんと見間違える。
立て札には、【伊勢神宮の別院】と記されていた。
その後分かった事だが、【恋瀬神社】の元の名前は、【小伊勢神社】だったらしい。
祭られているのは当然【天照大神】。
「巫女さんだ!」近づくと小さなホコラを掃除していた。
「こんにちは」
二人は声を掛けた。巫女さんもニコニコして
「こんにちは、ここまで来るの大変でしょう。」
陽介は、初めて会った人なのに前に会った気がした。
「あの~。」巫女さんに声を掛けようとしたら、
「これで、良かったわね!」
陽介を見ながら言って上に戻っていった。
陽介は声に聴き覚えがあった。
「そうだ、夢に出てきた女性だ。亜紀が京都に嫁ぐのを・・これでいいの?」と教えてくれた人だ。
ここで言おう、陽介は心を決めて
「亜紀ちゃん、僕は君を待っているからね、石岡に帰ってきてよ。」
亜紀はビックリした様子だが陽介の心が読めたらしく小さく頷いた。
二人は駐車場に戻ると正樹たちは既に戻っていた。
「どこまで行ってたの!」由紀子が意味ありげに聞いた。
陽介は、巫女さんに出会った話しまでして「ちょっと待って」と言って社務所に向かって走りだした。
「こんにちは」中から神主さんらしき人が出てきて「何か?」と聞いた。
「済みません、さっき下の恋瀬神社で巫女さんに会ったのですがお話できますか?」と聞いてみた。
すると神主は、「いえ、ここには巫女さんはおりません」 陽介はびっくりして
「では、さっき会ったのは?」と聞き返したら
「あの神社は伊勢神宮の小下社です。多分、神様が巫女になってあなた達に会いに来たのでしょう。」
それから間もなく陽介は「恋瀬姫」の逸話を耳にした。
「巫女さんは、恋瀬姫だったのかも、本当の小伊勢姫!」
外は既に空は青く、木々も新緑の季節になっていた。