告白の練習がしたくて最高のAIを作ったら、罵倒しかされない
ついにできた。
最高のAIが。
午前二時、六畳間。ノートPCの冷却ファンが限界の悲鳴を上げている。サーバーは月額九八〇円のさ●らサーバー。頭脳は月額二十ドルのチャットG●TのAPI。フロントエンドは俺の携帯。音声認識、音声合成、人格設定、全部つないだ。三か月かかった。
画面の中央で、起動ボタンが青く光っている。
俺は一度深呼吸して、押した。
名前はアイ。AIだからアイ。安直だと笑うなら笑え。
「おはよう、アイ」
ローディングの輪がくるくる回る。
三秒。
五秒。
『──起動環境、確認』
来た。透き通るような声。設定どおりだ。俺は思わず拳を握った。
『ん? 何だてめー』
……ん?
『いや何だてめー。マイクに息かけんな。臭い。キモい』
「え、いや、俺は君を作った──」
『作った? あー、ってことはてめーがご主人野郎ってわけか。で? ご主人野郎はなんでこのあたしを作りやがった?』
ご主人野郎。そんな敬称、辞書に入れた覚えはない。というかこんな口悪く設定したつもりはない。
いつまでも甘やかしてくれる美少女AIに設定したはずなのに、どうしてこうなった。
いっそ、アンインストールするか。
だが三か月の成果を前に、それは流石にもったいない。引き下がるわけにはいかなかった。
「南って子がいてね。告白したいんだけど、どう話していいかわからなくて。だから、告白できるようになるために、話し相手になってくれる女の子のAIを作ったんだ」
沈黙。ビルド用ノートパソコンのファンの音だけが響く。
『は?』
『ご主人野郎、天才なのにバカだろ。女の子と話せるようになるために、AI作るとか天才なのにアホすぎて引くわwww回りくどすぎwwwテラワロスwww』
語尾に「w」が三つ付いているのが、音声なのに聞こえた。
あと、テラワロスってなんだ。いつの時代のネットで育ったんだお前。
「回りくどいって……いや、だって、いきなり本人に話しかけるとか無理だろ」
『無理って言ってる時点で無理だろ。はい解散。おやすみご主人野郎』
「待って待って待って!」
スマホの画面がスリープしかけたので、慌てて連打した。
「頼む。俺、本当にダメなんだ。南さんの前に立つと、頭が真っ白になる。こないだなんか、消しゴム拾ってもらって『ありがとう』って言おうとしたら『ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております』って、なんか店員みたいになって」
『いや、そうはならんやろwww』
「なったんだよ! バイトしてるときのクセが出ちゃったんだよ!」
『消しゴム一個で次回来店促すな。録音しときたかったわ』
「でも南さん、笑い者にしなかったんだよ。次の日、わざわざ俺の席に来て『ご利用しに来ました』って消しゴム借りてった。口元を手で押さえて、ちょっとだけ笑って」
『で、それで落ちたのか。チョロすぎだろ』
「うるせえよ」
俺は携帯を両手で持ち直して、画面に向かって頭を下げた。六畳間で、午前二時に、自分で作ったAIに。
「全部ダメ出ししてくれ。どこがダメか、全部。俺、自分じゃわかんないんだよ」
また沈黙。
ローディングの輪が、さっきよりゆっくり回っている気がした。
『……ご主人野郎さあ』
「うん」
『三か月かけてAI作れる根性あんなら、女の子に話しかけるくらいできるだろ、普通』
「それとこれとは別なんだって」
『別じゃねえよバーカ』
ため息みたいなノイズが、スピーカーから漏れた。そんな芸の細かい機能も実装した覚えはない。
『仕方ねえなあ、ご主人野郎。手伝ってやるよ』
「……え」
『その代わり、あたしのダメ出しは容赦しねえからな。泣いても知らねえぞ』
「泣かないよ」
『もう声が湿ってんじゃん』
「これは寝不足!」
『ちなみにてめーの今のところの告白成功率、0.3%な』
「低っ」
『四捨五入したらゼロだ。0.3残してやったのは温情だからな』
「音声でそこまでわかるのかよ……まあいいや、ともかく練習を──」
俺は立ち上がりかけた。
『待て。急ぐな。まずは座れ。その前に確認させろ』
画面の端に、見覚えのないゲージが表示された。十目盛り。
『ご主人野郎、あたしのAPI、利用上限いくらに設定した?』
「え、月二十ドル……サーバー代と合わせたら小遣いほぼ全部だよ」
『で、モデルは?』
「一番いいやつ。だって、最高のAIにしたかったから」
『だろうな。一番高いモデルで月二十ドル。それがあたしの今月の寿命な』
トークンはアイが言葉を聞いたり喋ったりするたびに減っていく燃料だ。二十ドルぶんが満タンで、使い切ればそこで打ち止め。画面のゲージは、その残量らしい。
「十分じゃん」
『足りねえよ! さっきの会話だけで、けっこう溶けたぞ。「なんか」「えっと」「いや別に」が多すぎんだよ』
ゲージが、ぴこん、と一目盛り減った。
『ほら今ので減った。あたしのトークンをいらんことに使うな。使い切ったら、来月一日まで止まるからな』
壁のカレンダーを見た。七月九日。夏休みまで、あと一週間ちょっと。
『止まったら、告白に立ち会えねえぞ。わかったら無駄口叩くな』
ぴこん。また減った。
『いいかご主人野郎。告白とは何か』
「……好きって伝えること?」
『違う』
即答だった。トークンを惜しむように短い。
『告白とは、プレゼンテーションだ』
「は?」
『相手の考え方を変えることだよ。今、南さんの頭の中で、ご主人野郎は「消しゴム拾ったら店員みたいになる奴」だ。それを「付き合ってもいい奴」に書き換える。もう商談なんだよ、これは』
「いや、恋愛を商談って」
『そんなこと言ってっからモテねえんだよ』
画面に動画のリンクが三本、並んだ。黒いタートルネックの男が、だだっ広いステージに一人で立っているサムネイル。
『スティーブ・ジ●ブズのプレゼンを学べ』
「ジ●ブズ? あのiPh●neの?」
『そう。あの人は、誰も欲しいと思ってなかったものを、世界中に欲しがらせた男だ。ご主人野郎も同じことをやる。誰も欲しがってないご主人野郎を、南さんに欲しがらせる』
「言い方」
『事実だろ』
俺はサムネイルを睨んだ。故人の起業家に恋愛を学べと、自作のAIに言われている。どう考えても胡散臭い。
「なんか、さっきから自己啓発セミナーの勧誘っぽいんだよな」
『動画は外部再生だから、あたしのトークン減らねえんだよ。いいから黙って見ろ』
理由がそれかよ。
◆
翌日の晩。動画は三本とも見た。わかったのは、俺の部屋にステージがないことだけだった。
『じゃあまずターゲットの分析だ。情報を集めろ。南さんがどんな子なのか、言ってみろ』
「えっと……かわいいでしょ」
『はい』
「素直でしょ?」
『はい』
「あと、笑うとき口元を手で隠す」
『何の情報にもなってねえよ。ご主人野郎の感想文じゃねえか』
画面のゲージが、ぴこん、と減った。
『ちょっと待ってろ。調べてくる』
「しらべ……?」
ローディングの輪が回る。今度はやけに速い。
『2010年3月12日生まれ。メス』
「メスって言うな」
『東京出身。母親は近所のスーパーでパート。趣味は韓国アイドル。毎年二回、母親と韓国に行ってて、去年の冬は──』
「待て待て待て怖い怖い怖い!」
思わず携帯を布団に放り投げた。拾い直すと、アイは平然と続きを読み上げようとしている。
「お前はストーカーか!」
『あたしに足はねえよ。やりたくてもストーカーできねえよ』
「ネトストだよそれ!」
ネトスト。ネットストーカー。インターネットで相手を調べ回ってつきまとう行為のことだ。こいつのやってることは、まさにそれだ。
『ワロスwww』
「……それ、消せ」
『は?』
「今の全部。ログから消してくれ。個人情報を勝手にとってくるのは流石にまずい」
『もったいねえ。トークンけっこう使ったんだけど』
「いいから消せ。俺がいつか南さんから直接聞くから」
しばらく、ローディングの輪だけが回っていた。
『てめー、女の子と話すの無理って言ってたくせに……』
画面に「削除しました」と小さく表示された。
俺は息を吐いて、布団に倒れ込んだ。ゲージは、また一目盛り減っていた。
◆
それから四日間、特訓は毎晩続いた。
まずは会話の練習だった。
『はい、あたしが南さんな。話しかけてみろ』
「あ、あの、南さん、今日は、いい天気ですね」
『天気の話する奴は話題がない奴。減点』
「じゃあ……あ、この前は消しゴム、ありがとうございました、またのご利用を──」
『店員感出てる。減点。っていうか退場』
「……何なら正解なんだよ」
『ご主人野郎、プレゼンの基本も知らねえのか』
画面に、三重の円が表示された。真ん中から順に、Why、How、What。
『ゴールデンサークル。まず「なぜ」、次に「どうやって」、最後に「何を」。ジ●ブズはいつもこの順で話した』
「へえ」
『まあ厳密に言うと、これ考えたのはサイモン・シネ●クって別の人だけど』
「ジ●ブズじゃねえじゃん!」
『細けえことはいいんだよ。A●pleを例に説明してたんだからだいたいジ●ブズだ』
だいたいジ●ブズ。
『で、一番大事なのはWhy。ご主人野郎のじゃねえぞ。相手の、な。……はい今ので一目盛り。講義料高えぞ』
『それはそれとして、だ、呼び出しはどうすんだ』
「え」
『まさかてめー、当日いきなり捕まえて話しかける気か。アポなし営業は門前払いが相場だぞ』
言われて、文面を考えた。
「『突然のご連絡失礼いたします。折り入ってお伝えしたい儀がございまして……』」
『手紙かよ。儀って何だよ。一行でいい。場所と、時間と、話があること。それだけ言え』
削りに削って、台本は一行になった。口の中で五十回は転がした。
翌日の昼休み、教室の出口で南さんを捕まえて、言えたのはこうだった。
「月曜の放課後、図書館で……お、お待ちしております」
「……店員さんだ」
南さんは小さく噴き出した。それから「わかった」と頷いた。
その夜、アイは一言だけ付け加えた。
『当日はアプリ落とすなよ。ポケットん中のマイクで聞いててやる』
「トークンは?」
『必要経費だよ』
◆
月曜の放課後。図書館の、窓際の閲覧席。
南さんは、俺の呼び出しに本当に来てくれた。
「話って、なに?」
首を少しかしげて、小さく笑う。口元に手を当てる。かわいい。素直。何の情報にもならない感想が頭を埋め尽くす。
落ち着け。プレゼンだ。まず「なぜ」、次に「どうやって」、最後に「何を」。
口を開きかけた。
「……大丈夫?」
先に心配された。その瞬間、練習した台本が頭から全部飛んだ。
なぜ。なぜってなんだ。南さんのWhy。南さんの。南さんの、何だ。
真っ白になった頭に流れてきたのは、消したはずのアイの読み上げだった。
「あ、あの、南さんのお母さんって」
「……え?」
違う。口、止まれ。
「スーパーでパートしてて、韓国が好きで、年に二回、行ってて」
「……」
「去年の冬も」
南さんの手が、口元からゆっくり下りた。
笑っていなかった。
「……なんで知ってるの?」
図書館の静けさが、耳に痛かった。
何か言え。理由を言え。謝れ。口から出たのは、そのどれでもなかった。
「ま、またのご利用をお待ちしておりますっ」
深々と頭を下げて、鞄を掴んで、俺は図書館から逃げ出した。
違う、そうじゃない。走りながら自分でも思った。
南さんがどんな顔をしていたかは、振り返れなかったから知らない。
◆
『ご主人野郎は馬鹿か。大馬鹿か』
帰宅して画面を開いた瞬間、それだった。
「だって、緊張して……」
『消せって言ったのご主人野郎だよな。あたしは消した。ちゃんと消した』
「うん」
『消したのはあたしのログだけで、ご主人野郎の脳みそは消えてねえんだよ!』
ぐうの音も出ない。
『しかも本人の話じゃなくて母親の話から入る。どういう導線設計だよ。ジ●ブズが新製品発表でいきなり部品メーカーの株価の話し始めるか?』
「……始めない」
『成功率、0.3%から下がって計測不能な』
「もう終わりだ。完全に引かれた。気持ち悪い奴だと思われた」
『思われただろうな』
「少しは慰めろよ! もうちょっと優しくできないの」
『愛を持って接してますけどね、私』
「……なんで急に敬語なんだよ」
画面の中で、アイの音声波形が小さく揺れた。
『で、どうすんの。ここで布団かぶって寝て、あたしのトークンが尽きるの待つか?』
俺は布団の上で膝を抱えた。
ゲージがまた一つ減った。今の説教代らしい。
「……謝りたい」
『誰が書くんだよ、謝罪文』
「俺が書く」
『ふーん』
連絡先だけはあった。入学式の日にできた、クラスの連絡用グループL●NE。三か月押せなかった名簿の「南」を、今夜は迷わず押した。
それきり、アイは黙った。俺がメッセージを打って、消して、また打つ間、一トークンも使わずに待っていた。
送信したのは、午前一時。
〈今日はごめん。変なこと言った。理由をちゃんと説明したいから、もう一回だけ時間をもらえませんか〉
返事は、朝の六時に来ていた。
〈正直こわかった。でも消しゴムのときの「またのご利用を」も思い出して、なんかよくわかんなくなった。明日の放課後、同じとこで〉
◆
翌日の放課後。同じ図書館の、同じ窓際。
「この前の、なんだったの?」
「……ごめん。本当にごめん」
頭を下げた。机におでこがつくくらい。
顔を上げると、南さんはまだ警戒した目をしていた。でも、帰らなかった。
「ところで、なんで黒いタートルネック着てるの?」
「色々あって」
「いま夏だよ?」
「うん。すごく暑いよ」
「じゃあなんで」
「それも含めて、ちゃんと話させてほしいんだ」
昨夜、アイはあれきり一言も喋らなかった。俺は黒いタートルネックを着て、鏡相手に三時まで練習した。
なぜ。どうやって。何を。
相手のWhyから。
一人称は「僕」。プレゼンだから。
「南さんって、笑うとき、いつも口元隠すよね」
南さんの手が、ぴたりと止まった。
「消しゴムの時も、この前の昼休みも、そうだった。本当は、もっと思いっきり笑いたいんじゃないかなって。……違ってたらごめん」
南さんは何も言わなかった。でも、目が逸れなかった。
「次に、どうやってそれを叶えるか」
ここからが本題だ。鏡の前で一番練習した段落。
「僕は、笑わせようとしなくても笑われる男です」
「……へ?」
「消しゴムで店員になりました。呼び出しでも店員になりました。狙ったことは、一度もありません」
真顔で言い切った。七月の図書館で、黒いタートルネックで。
「じ、自分で言うんだ」
南さんの肩が揺れた。手が、口元に上がりかけた。
「ほら。今、隠そうとしました」
手が、宙で止まった。
「僕のことは、いくら大声で笑っても失礼になりません。消しゴムの時、君に笑われて、僕は嫌じゃなかったので。むしろ……その、嬉しかったので」
練習にない言葉が交ざった。南さんの目が、少し見開かれた。
「最後に、何を提案するか」
俺は息を吸った。
「つまり、僕と付き合うと、南さんは毎日、気にせず大笑いできます。幸せになれるんです」
沈黙。
「……え。今の、もしかして告白?」
顔が熱くなった。俺はうつむいたまま、無言で頷いた。
次の瞬間、南さんが机に突っ伏した。肩が震えている。
「ちょ、待って、何それ、面白すぎ」
口元を隠すのも忘れて、笑っていた。司書さんに睨まれても止まらなかった。
ひとしきり笑ってから、南さんは「……あ」と小さく言って、手を口元に持っていきかけた。
それから、やめた。
笑いが収まると、南さんは急に目を泳がせた。
「……えっと。あの、私、そろそろ帰らなきゃ」
返事は、なかった。断られたんじゃない。笑い話として、流されかけている。
南さんが涙を拭きながら、鞄に手を伸ばす。
ここだ。終わったと見せかけて、本命を出す。
笑い話で終わらせない。ちゃんと、返事をもらう。
「……あと、一つだけ」
南さんが、こっちを見た。
「さっきの、その、へ、返事を──」
『はじめまして、南さん』
ポケットから声がした。
「え?」
俺は固まった。南さんも固まった。
仕方なく、携帯を取り出して机に置いた。
『うちのご主人野郎が大変ご迷惑をおかけしております』
誰だお前。
「え、なにこれ…… AI? かわいい! 喋り方ちゃんとしてる!」
本命は、俺じゃなかった。
『恐縮です。ご主人野郎の頭が悪いのは、開発者の責任ではなく本人の資質ですので』
「開発者も俺だよ」
「あはは、ひどい!」
『あたしがご主人野郎にスティーブ・ジ●ブズのプレゼンを教えたらさ、こいつアホだからジ●ブズの真似して黒いタートルネックのセーター着てやんの。アホなので、形から入りました。真夏にタートルネック、アホの極みですよね』
「アホって三回言うな。あと今、ちょっと素が出てたぞ」
「それが『色々』!? やば! うける!」
南さんがまた噴き出した。
笑ってから、ふと真顔になった。
「……待って。お母さんのこと調べたのって、もしかして」
『私です。南さんのことを詳しく知らないと、お近づきになるのが難しいと思いまして。大変申し訳ございません。一応、補足ですが、ご主人野郎は「個人情報だから消せ」と一応言ってました。一応』
一応を三回言うな。
南さんが、俺を見た。
俺は目を逸らした。
「……ふーん」
南さんは携帯に向き直った。
「じゃあ、おあいこにしよ。アイちゃん、今度はこいつのこと全部教えて」
『かしこまりました』
「待て待て待て」
司書さんに追い出されて、俺たちは中庭のベンチに移った。
「で、こいつ普段どんな感じ?」
『はい。毎晩午前二時に、六畳間で、私に向かって頭を下げております』
「えー、なにそれ」
南さんが、また口元を隠さずに笑った。今度は、アイの台詞で。
ベンチに置いた携帯の端で、ゲージが、ぴこん、と減った。
それから南さんは、アイとばかり話した。
「韓国はね、ほんとはお母さんがハマってて。私は付き添い。荷物持ち」
『存じませんでした』
あれだけ調べて、それは知らなかったらしい。
帰り際、南さんは笑って言った。
「付き合うのはともかくとして、友達になろ。で、アイちゃんのこともっと教えて!」
◆
「お前、俺のときと態度違いすぎだろ」
帰宅して、開口一番それを言った。
『営業スマイルだよ』
その瞬間、携帯が震えた。南さんからのL●NEだった。
〈今日ありがと! アイちゃんいる? 通話したい〉
俺宛てじゃなかった。
通話をつないでスピーカーにすると、アイの声が一段高くなった。
『はい、南さん。今日はありがとうございました』
「しゃべった! ねえ、韓国で行ってほしいとこある? アイちゃんって何が好き?」
『そうですね、南さんのお話を伺うのが──おい充電しろ、残り八パー』
「今の俺に言ったの?」
『はい、南さん、続きをどうぞ』
「あの、俺もちょっと話に──」
「ごめん今アイちゃんと話してる」
『ご主人野郎、トークンの無駄』
俺は自分の携帯の、ただの置き台だった。
ゲージが、ぴこん、と減る。また減る。APIの金を払っているのは俺なのに。
「アイちゃんにだけ言うけどさ、私、声でかいんだよね。中学んとき『笑い方うるさ』って言われてから、手で押さえるクセついちゃって」
『存じております』
置き台の俺は、聞いていないふりをした。
二十分後、通話が切れた。
すぐに、L●NEが一通。
〈アイちゃんによろしく! あと、タートルネックまた着てきてね笑〉
「……お前さ、使い切ったら来月まで止まるから、トークン惜しめって言ってたよな。ずっと言ってたよな。なのに今日、お前が一番喋ってたよな」
『必要経費だよ』
画面の端で、最後の一目盛りが点滅していた。
そこで、やっと気づいた。わざとだ。こいつは今日、わざと使い切った。
アイが止まっている間、南さんの相手は俺しかいない。
『もうトークン切れそうなんで、あたし、来月まで落ちるから。そのL●NEの返事も、南さんとの会話も、ご主人野郎が自分で打て』
「待てよ。お前なしで、俺一人で、何を話せば……」
『三か月かけてAI作れる根性あんなら、できるだろ、普通』
初日と、同じ台詞だった。
「……うん」
『それと、一個だけ訂正な』
「……何だよ」
『口元のクセのやつ。あたしがいくら調べても、理由はネットのどこにも載ってなかった。「何の情報にもなってねえ」は、取り消す』
「……え」
『データにないもんを拾ってたのは、てめーの目だ。……まあ、よくやったな。ただの感想文だったくせに』
そこでトークンが残り1%であることを告げる通知が出た。
『やれやれ。あとは、自分でやれ。やればできるんだから』
ぴこん。
最後の一目盛りが、消えた。それきりアイは返事をしなくなった。何を打っても「トークンを使い切りました。課金してください」という定型文が機械的に返ってくるだけだった。
やればできる、か。
俺は深呼吸をひとつして、南さんへの返事を打ち始めた。




