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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 そこからの生活は何かが劇的に変化するわけでもなく今までどおりの日常に少しだけ非日常が混ざる程度のことだった。先輩は空き教室に居着いている幽霊というわけではないので授業中にも僕の横で話しかけてくる。

 誰かの目がある時に先輩と話していたら虚空に向かって喋りかけている変な奴になってしまうので先輩に対して反応はしない。先輩もその事が分かっているのか僕に対して質問などをすることはなく、独り言のように呟くばかりだ。

 授業中には「そこ間違ってるよ」と練習問題の間違いを指摘したり、体育の時なんかは他の人に聞こえないのをいいことに大声で応援してきたりする。僕には見えているので大きな声で名前を呼ばれると集中できない。

 昼休みには空き教室に行って昼ごはんを食べることが日常になった。先輩は幽霊だから何かを食べることはない。人に見られながらご飯を食べる経験は小学校以来だったので始めは気恥ずかしさが勝ったが今では慣れてしまった。


 湿度が高くなり、夏が来る準備を始める梅雨の時期になっても僕は今までどおりだった。クラスの中では前の席の奴としか話さない。

 いつもの通り空き教室で昼ごはんを食べていると頬杖を付いたまま先輩が話しかけてきた。


「雪くんはもう少しコミュニケーションをちゃんととろうよ」


「取ってますよ。先輩と」


「クラスメイトたちと取ってるのを殆ど見たことがないなあ」


「取ってるでしょ。ほら、前の席に座ってる」


「大森くんだっけ?」


 前の席に座っている男の名前は大森琳太郎おおもりりんたろう。同じ中学出身ということもあって話しかければ答える程度の仲。友人とまでは言えないが話すこともあるので知り合いと言う程度。僕からすれば学校の中ではほぼ唯一話す生徒なのだが大森からすれば大多数の中の一人。大森には友達が多いのだ。


「確かに話してるけど」


「なら充分じゃないですか。昼休みも終わりますし教室戻りますよ」


 自分にとって都合の悪い会話は早々に切り上げるに限る。この話を続けていても平行線であり、僕が自発的に誰かと積極的に関わることはない。先輩だって一ヶ月も僕のことを見ていたのだから分かっているはずだ。

 たった一ヶ月で僕が人との関わりに飢えていたことは分かった。なりたくて一人ぼっちになっているわけではなく、僕の性格上人と関わるのが苦手というだけだ。先輩のようにグイグイと絡んできてもらえれば僕も心を開けることを初めて知った。保守的だと自分でも分かっているがどうしても自分から行く勇気は出ない。


 机の上に広げていたお弁当を片付けてから立ち上がり、そのまま空き教室から出ていこうとする僕の後ろをいつものように先輩は付いてくる。


「私決めたよ」


「決めたって何をです?」


 今までの会話の中で先輩が何かを決心するような内容のものは無かったはずだ。


「雪くんの社会性を向上させる」


「は?何を言ってるんですか?」


「雪くんが他の人と話せるようにサポートするの。失敗したら全部私のせいにしていいからさ、一度やってみない?」


「やりません」


 突拍子もない提案をされても即答できるほど僕は自分自身との付き合いが短くない。社会性の有無は将来大切になることは僕でも分かっている。今だって一応は最低限のコミュニケーションは取れていると思っている。深い話が出来るような仲の人が全く居ないだけで日常生活には困っていない。


「えー。でも彼女とか欲しくないの?」


「欲しくないです」


 彼女が出来る想像はしたことがあるがどうにも現実感がわかずにイメージをすることが出来なかった。思考の中では友達の先に彼女という存在があるため、友達すら居ない僕に彼女が出来るわけがない。


「でも私、恋バナとかしたいな」


「それは……僕に言われても困りますよ」


「そうだね。ごめんごめん」


 入院してて学校生活を送ることが出来ずに死んでしまった先輩は恋愛を良く知らないと言っていたことを思い出す。死んでしまっているため自分が恋愛をすることが出来なかったのも心残りの一つだとも言っていた。

 もしも僕に恋人ができて、恋愛的な物を先輩に見せることができたら満足してくれるのだろうか。先輩なら遠慮をして僕の近くから離れて行ってしまう気がする。存在しない恋人よりも、目の前でふわふわと飛んでいる幽霊の友達を取るのだ。


「雪くん。友達とまでは行かなくても話す相手は増やしたほうがいいよ?」


「なんでですか?」


「私が楽しいから。雪くんが色々な人と話すのを見るのが多分楽しいと思う」


「僕ってそんなに滑稽に見えてます?」


「そうじゃないよ。私と会話できるのは雪くんだけ。でも雪くんは色々な人と会話できるでしょ?それを見れれば心が温かくなると思うんだ」


 先輩は無意識の内に生きている僕と死んでいる先輩の世界に区別を付けてしまう。僕も分かっていることだが先に進む僕と止まった先輩の時間は段々と離れていく。その隙間を埋めるものは何もなく、明確な別れまでの時間として存在する。

 僕が卒業したらどうなるのか、僕の他にも見える生徒がいたらどうなるのか。そんなどうでもいいことを考えることもあるが今はただ、友達として先輩には楽しんでほしいとも思っている。

 先輩と一緒にいることで初めて知ったことは人の笑い顔というのはこっちの気分も良くなるということ。誰かと話す時は業務連絡のような事だけだったのでそんな単純なことも知らなかった。

 僕が楽しい思いをしたいために先輩にも楽しい思いをして笑ってほしい。先輩も僕に対してそう思ってくれていれば嬉しい。


「善処します」


「それ絶対やってくれないやつじゃん」


「えっと、機会があれば頑張ってみます。でも僕からはどうしていいか分からないのでサポートしてくださいね」


 先輩と出会わずに生きていたら絶対に選ばなかった自分から動くという選択肢。初めて深く関わることの出来た先輩に少しでも喜んでもらいたい。

 先輩の昔のことは聞けていないが入院したまま亡くなったということは相応の悲しい記憶があるのだろう。僕が先輩のために出来ることは少ないからこそ少しでも悲しい記憶が薄れるように。

 

「ほんと?それじゃ私も頑張るね。これでも昔は友達多かったんだよ?」


「それなりに期待してます」


「人生の先輩に任せなさい」


「僕のほうが先輩になるのも時間の問題ですよ」


 そんな軽口を最後に教室へ戻る。空き教室から出たら僕らは会話をすることはない。それでも終始先輩は笑顔で僕の友達作りプランを練っては提案してきた。その提案が実を結ぶ事があるかは分からないが先輩が楽しそうならそれでいい。


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