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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「そう。それは昨日の放課後、須藤さん本人が柊さんに謝りながら言ってたから確かだよ」


 大森が縁切りの噂を知った上で消しゴムに自分の名前が書かれているのをみた場合、縁切りなのか縁結びなのか分からなくなるだろう。1度告白されている相手ならば、好意が続いているのか反転して嫌いになっているのか判断に困る。

 須藤が柊の恋路を邪魔するために張っておいた嘘のトラップだったのだ。それに大森が引っかかることはなかったが、僕たちがまんまと引っかかってしまった訳だ。


「これが須藤さんのひとつ目のついた嘘」


「まだ嘘があるんですか?それはずるいですよ。謎のとき複数個あるって言ってくれなかったじゃないですか」


「ひとつとも言ってないよ」


「……ぐうの音も出ません」


 相手の幸せを願わないのなら須藤が消しゴムに大森と柊の名前を書いていたのが嘘ということになる。

 そもそも須藤は消しゴムに名前など書いていないのではないだろうか。柊が消しゴムをみたら名前を書いていたということも嘘かもしれない。

 今まで出てきた情報が全て嘘に思えてくる。


「もう一つの嘘ってなんですか?」


「さっきまで意気揚々と話していたのに諦めるの?名探偵くん」


「僕には過ぎたる称号でした。推理小説を読んで謎を解いた気になっている一般読者のようですよ。登場人物にはなれません」


「それでもちゃんと推理してきたのは偉いと思う。雪くんの推理は真実とは違ったけどちゃんと考えて作られていたから聞いてて楽しかったよ」


「楽しかった……。本当ですか?」


「本当。私には思いつかなかったことだからね」


 本筋のところが見事に外れてしまって落ち込んでしまう一歩手前だったが先輩が楽しんでくれたのなら僕の無様な推理も役に立ったと言えるだろう。間違っていることを楽しまれてしまうのは子供扱いされているようで少しだけ不服だ。

 

 先輩は自分の推理の確認のために昨日の放課後2人の会話を聞くと言っていた。僕に出してきた謎からして一昨日の時点で結論に辿り着いていたのだろう。やっぱり僕よりも謎解きに向いている。


「それで嘘について知りたいんですけど」


「その前に思い出してほしいことがあるの」


「なんですか?」


「一昨日、空き教室に須藤さんが来た時なにがあったかな」


 須藤が来た時のことを思い返しても特別な出来事が起こった記憶はない。入り口に鍵が掛かっていて入れなかったこと。その後軽く謝罪を受けたこと。その後は噂の話を聞いた。思い出すほどのことは無かったのでその全てを先輩に伝えるも首を振って否定の意を示した。


「須藤さん、スマホを持ってたでしょ?ストラップ?キーホルダー?どっちでもいいけどなんか付いてるやつ」


「持ってましたね。それがどうかしたんですか?」


「あの時、須藤さんは言いました。「自分のものには名前を書く」って」


「確かに言ってましたね。特に気にすることはないと思いますけど」


 大きなため息が僕の耳に届く。肩の高さに手のひらを上げるという分かりやすいほどのジェスチャーで呆れていることを表現してきた。自分のものに名前を書くのは高校生では珍しいが少なからずいるだろう。違和感を覚えることは全くない。


「雪くん、勘が悪すぎるよ」


「そんなに重要なんですか?」


「1番重要かな?」


「ヒントくださいよ」


「ヒントか。名前を書くものっていうのは無くしやすいもの。学校で使う無くしやすいものってなーんだ。授業中に使うものです」


 授業中に使う無くしやすいものと言えば文房具だろう。教科書は無くすものでもないしノートの類も無くすことはあまりない。ルーズリーフは1枚1枚名前を書くことはないので除外する。残っているのはペンや消しゴムだろう。


「ん?もしかして消しゴムですか?」


「正解。偉いねえ」


「でも消しゴムに名前書いてるからってなんなんですか。話の繋がりが見えないんですけど」


 自分の名前を几帳面に書く人なら消しゴムに名前を書いていてもおかしくはない。消しゴムの噂だから須藤が消しゴムに名前を書いていたことが重要と言っているのだろうか。

 消しゴムのおまじないなら自分の名前だけ書いていても意味はない。須藤が持ち物に名前を書いているだけで先輩が言うほどの重要度は感じられない。


「雪くんは名探偵にはなれなさそうだね」


「それなら先輩の助手にでもなりますよ。先輩のほうが向いてそうだ」


「そんなに何度も謎に出くわすことは無いと思うけどね」


「そんな事はいいんですよ。須藤の几帳面さが重要ってどういうことですか?」


「本当に気付かないの?」


「はい」


「全く。推理どころか乙女心も分からないなんて困った子だね」


「乙女心?」


「須藤さんは自分の消しゴムに名前を書いていた。柊さんは自分の名前が須藤さんの消しゴムに書かれていたところを見ている。縁切りの噂は須藤さんの作り話だった。ここから導き出される結論は?」


 先輩のいう通りだとしたら本当に僕の推理は根本から間違っていたということだ。須藤も嘘つきなんてもんじゃなく、大嘘つきだ。僕に対してだけじゃなく、大森に対しても柊に対しても。

 誰にもバレること無く、自分だけで抱え込んで終わらせてしまえばおまじないが機能してもしなくても区切りが着くとでも思っていたのだろう。少しの悪い偶然が重なることで自分にとって一番最悪な結末になってしまった。身から出た錆と言える。


「須藤が、柊のことを好きだった?」


「それは私の推理。昨日の放課後にはその事は柊さんには伝えてなかった。あくまで友達として一緒にいたいって。消しゴムの両面には大森くんの名前と柊さんの名前を書いていたことにしてたけどね」


 柊が大森を好きだということに須藤が危機感を覚えてしまったことによって作り出された噂。自分の消しゴムで行っていたおまじないがバレそうになってしまった時、大森に話していた縁切りの作り話を柊に言ってしまって仲違いを起こした。須藤が柊のことを好きだったから発生した謎。それが先輩が辿り着いた推理の結論だった。


「推理にしては自信ありすぎじゃないですか?」


「だって須藤さんが柊さんを見る目が友人以上に熱がこもっていたからね」


 どんな目をしているのか僕にはわからない。そのような場面には一切遭遇したことがないからだ。両親が同じ家に住んでいればそのような姿を見ることもあったのだろうか。恋愛に関わることが無かったから人の変化には気付けない。


「良く分かりますねそんな事。僕には分かりませんよ」


「雪くんは知らないかもしれないけどね。私、人を見る目はあるの」


 僕も幽霊を見る目を持っていると答えようかと思ったがやめた。


「それで昨日の放課後確かめたんですよね?確証は持てました?」


「無理だよ。私は話を聞いただけ。須藤さんが友達として通そうとするのならそれ以上のことは何もない。柊さんも怒っては居たけど最終的には許していた。私たちのやった推理は事実が分かることはない」


 2人の問題である以上、答えを聞くことも出来ない。推理を自信満々に披露したところで嫌われるのがオチだろう。積極的に関わりたいとは思っていないが嫌われたくはない。

 この推理は自分たちが楽しむためだけに他の人を使った最適な行為ともいえるだろう。大きな声で他人に言えるようなことではない。土足で他人の感情を推し量って推理した気分に浸っているだけなのだ。


「それじゃ何のための推理なんですか」


「不思議があったら正体が知りたいじゃない?」


「2人とも最低ですね」


「推理なんて言うのは誰かを幸せにするものばかりじゃないってこと」


 創作に出てくる名探偵も誰かを幸せにするために推理をしているわけではない。起こった事件を誰かのために解決することだけが話の主軸になっている。

 今回は誰かが存在せず謎を解き明かすだけになった。名探偵ならその結果が誰かのためになるかもしれないが僕たちにはそんな事はできない。

 推理をして悦に浸ろうとしている僕たちはホームズにもワトソンにもなれそうにない。


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