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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「それで一昨日出した3つの謎は解けたかな?」


 放課後空き教室に行くと、最後に見た机の配置とは少し変わっていて僕ではない誰かがここを使っていたことがはっきりと分かった。この場所で須藤と柊が話し合った結果、今日1日授業中以外は常に一緒にいることとなったのだ。

 人は慣れるもので既に柊と須藤が一緒にいることに慣れてしまい、元々の友人らしき人達も合流してグループとなっていた。須藤と柊の蟠りは解けたが他の面子は何事もなかったかのようにグループに入っていたのが気になってしまったが、本人たちがそれで良いのなら口にすべきではないだろう。


「解けましたよ。完璧です」


「ほうほう。お聞かせ願おうか名探偵くん」


 本日も席に座る僕に対して、目の前の机に腰掛けている先輩。正確には腰を掛けているように浮いているだけだ。座ろうとしたら机を通過してしまうため、ただの雰囲気づくりなのだ。

 先輩から出された謎は3つ。

 1つ目は須藤が柊に対してなぜ作り話をしたのか。

 2つ目は大森の関係性。

 そして、3つ目が須藤の嘘。

 大森の件が解決した今、この3つの謎は全て解けたと言っていいだろう。

 完璧と伝えてしまったが謎解きをすることは今までの人生で一度もなかったので不安が心を占めている。自分の推理がすべて合っているとは言えずとも筋が通っているものは出来上がったので先輩に披露することにした。


「それじゃ教えてあげますよ」


「期待してるね」


 誰かに伝えるためには紙に書く。手紙のときは相手のために文字を書いていたが今回は自分の中の考えを整理するために文字を書く。

 文字というのは言葉の羅列であるが自分の思考を紙に写すために一番大切なものだ。特に人に対して話すことが苦手な僕にとっては文字こそが感情や要件を伝えることに最も適していた。

 耳で聞くだけではなくメモなどを取ることによって脳が情報を整理して記憶が深くなる。最近はスマホなどでメモを取ることも多いが自分の手で書くことで、その運動をした情報から記憶に結びつけることが出来る。


 今日もバックから手書きのメモ帳を出す。学校用のバッグに入れたままのものを取り出すのが面倒だったのでルーズリーフではない。100円ショップで売っているような小さなメモ帳。

 その中には僕が2日間かけて考えてきた思考の結晶が投影されている。


「えっと、こういうときってどうすれば良いんですか?」


「どうすればって何が?」


「話し始めって何処から……」


 意気揚々と話し出そうとするも書かれているメモには自分の考えが書き殴られているだけだった。出された問いに対しての答えは記載されているが、それをそのまま伝えても先輩を楽しませることは出来ないだろう。


「答え合わせは最後って決まってるの。こういう時は話の最初。時系列的に一番最初に起こったところから話すと話しやすいかも?」


 時系列と言うと事の発端は僕が大森から噂を聞いたことから始まっている。メモ帳を捲って何処に書いたのか探していく。考えていた時も最初は大森のことから考えていた。


「時系列的に言うと最初は大森の関係性ですかね。そもそもこの噂の発端は大森が関係していたんです」


 僕が関わりだしたのは話を聞いてからだったが、この噂自体はもっと前から火種が燃えていた。僕もその事を知ったのは今日の朝だったのだがその後の推理に悪影響を及ぼすことはなく、寧ろ僕の推理を補強する要因となってくれた。


「そう言えば柊が大森に告白をしたって知ってました?」


「なにそれ知らない」


「僕も今日の朝大森から教えてもらいました」


「柊さんって告白してたの?大森くんのこと好きだってことはすぐに気づいたけど、意外と行動派なんだ」


「先輩今日の朝の話聞いてなかったのに良く柊が大森を好きだって分かりましたね」


 自分への好意ならまだしも、他人への好意まで分かるものなのだろうか。男子は勘違いしやすい生き物らしく、慣れていない人は女子に話しかけられただけでも好意を持ってしまう。そもそも僕は声をかけられることもなかったので勘違いを起こしたことはない。

 須藤と柊に関しても目的を持って話しかけて来たため、僕に興味があるとは思えなかった。


「下駄箱で話した時、消しゴムの噂に詳しいねって雪くんが言った時に柊さん誤魔化したでしょ?縁切りの噂を確認したのも大森くんに確認した訳だし。私も何よりクラスにずっといたんだよ?柊さんの視線が何度も大森くんに行くの見てるって」


 大森の発言で事実を理解しただけで推理なんて全くしていなかった。大森が告白をされたからそれで終わり。それに対して先輩は周りをしっかりと観察して人と人との関わりに目を向けていた。クラスにずっといたのは僕も同じなのだが柊の視線が大森に向かっていることも今初めて知った。初っ端から出鼻をくじかれてしまった僕はこの先の謎解きが不安になる。


 そして先輩が柊のことについて気付いていた事に感嘆の言葉しか出ない。柊の行動や言動から推理して結論に辿り着いているため僕よりもよっぽど名探偵として活躍することが出来そうだ。先輩に推理を任せて馬車馬のように働くほうが僕には似合っているのかもしれない。

 


「ここからの推理なんですけど」


「えっと大森くんの関係性については終わったってことでいいのかな」


「何か問題ありましたか?」


 大森の関係性は柊から告白をされたっていうことだけだと思っているのだが改めて先輩から問われると不安になってしまう。素人質問で恐縮ですがとナイフを首元に突きつけるような質問と同じようなものを感じた。「それ以上は本当に無いの?」と言外に伝えているような気がするも、本当にそれ以上は無いのだ。


「ううん。特に無いよ。続きを聞かせて」


「分かりました。次に説明するのはどうして須藤が作り話をしたのかってことです」


 僕の話の続きを持つように頬杖を付きながら面白そうにこちらを見つめてくる。目線はまっすぐと僕の目へと伸びており、緊張感が自分の推理にささくれを生んでしまう。それを振り払うように話の続きをするしかないのだ。


「僕の予想でしかないんですが柊も消しゴムの噂を実践していたと思うんですよ」


「どうしてそう思ったの?」


「どうして?えっと噂について詳しかったからでしょうか」


 この後の推理に都合が良いから自分の中で柊が消しゴムのおまじないをやっていたことにしてしまっていたのかもしれない。今更だが、柊が噂を実践していた証拠などなく自分の空想でしかない。

 話した時に噂について知っていたのも実践しているからではなく色々な人から噂を聞いていたとも取れる。友達が多そうな柊なら尚更だ。


「その消しゴムを須藤は偶然見てしまった。友人の恋を応援するために須藤も柊と大森の名前を消しゴムに書いて使っていた。柊にバレてしまった恥ずかしさから適当な話を作り上げて喧嘩になってしまったってところですかね」


 不安に飲み込まれてしまえば言葉が詰まると思い、口早に説明を終えた。先輩の顔を見てしまえば不安が見透かされてしまいそうで、メモ帳と目を合わせながら自分でも正しいか分からない推理を披露する。


「私が最初に須藤さんの席で調査していた時のこと覚えてる?」


 推理に対しての感想を言うことなく、別の話に切り替えられる。その話が僕の推理に繋がることは分かっているが、正誤も分からない今、僕は何をしているのだろう。


「覚えてますよ」


「その日って授業中も柊さんの側にいたの。だから柊さんの消しゴムを私は見てる」


 授業中なら消しゴムを使っていて当然だ。その瞬間を先輩はしっかり見ていた。幽霊である先輩だから可能な方法だが、その答えが僕の推理の正誤判定に寄与するのだ。


「雪くんの言う通り、柊さんは消しゴムに大森くんの名前を書いてたよ。授業中何度もカバーを外しては名前を確認してた。乙女だね」


 バレないようにそっと胸を撫で下ろす。「事実確認が出来ていないのは問題だけど正解」とチクチク言葉を投げかけられてはいるものの、ここまでの推理が大きく間違っていない事の証拠が先輩から提示されたことによって自信を少しだけ取り戻すことができた。


「良かったです。間違った推理してなくて」


「ふふ。まだ早いよ?最後の謎が残ってる。須藤さんのついた嘘ってなんだと思う?」


 考えている時に須藤と話していた内容を思い返していた。会話自体多かったわけでは無いため大体の内容は覚えていたのだ。嘘をついているようには見えなかったので重要そうな言葉が嘘だったらという仮定で考えることにより、推理を構築していった。


「怒った理由ですよ。単純に須藤は恥ずかしくて照れてしまったのを僕に知られたくなくて人のものを勝手に見るのは酷いってことにしたんですよ」


「なるほどね」


「柊が須藤をブロックするとは考えられないし、それを見ていた友人が勝手にやったか唆した結果、僕が柊と連絡を取る羽目になって2人が仲直りした。これが今回の一連の流れです。どうですか?合ってますか?」


 友人の恋路を応援したかったのにでっち上げた噂のせいで仲違いをしてしまった少女の話なのだ。2日間必死になって頭をフル回転させた甲斐があった。

 しっかりと先輩から出された謎を回収し、得られた要素から解決まで導くことが出来た。あとは先輩に答え合わせをしてもらうだけだ。細かい所は違うかもしれないが大体合っているだろう。


「雪くん、すごいね」


 その言葉で心が晴れたような気がする。肯定をされたことで僕の努力が報われたのだ。


「ですよね。必死になって考えたんですよ。2日間も。全部が繋がったときにはスッキリ――」


 褒められたことにより、柄にもなく調子に乗ってペラペラと自分の努力を喋ろうとした時、冷水のような言葉が僕にかけられた。


「全然違うんだもん。びっくりしちゃった」


 ケラケラと笑う先輩の言葉に固まった顔がもとに戻らない僕。呼吸の仕方を忘れてしまうほどに衝撃的な発言を受けてしまって身体も思考も止まってしまった。


「雪くん?大丈夫?」


 先輩の言葉で少しだけ意識が戻るも、声にならない声が少しだけ漏れるだった。笑いながら僕の推理を全否定されてしまい頭が真っ白になる。言葉を発することが出来たのは数秒後だった。


「えっと。違うって、どこが?」


「大まかな流れからだね。細かい所は合ってるよ。それこそブロックした理由とかはそうみたい。本人が言ってたよ『友達に言われて仕方なく』って」


 大森の件は先ほど共通認識になっていたため関係性について間違っているということはなさそう。つまり、須藤と柊に関して僕の推理が間違っているということだ。自分ではどこが間違っているのか皆目見当もつかない。


「じゃあ雪くんに質問」


「なんですか?」


「須藤さんは柊さんと大森くんの恋路を応援してたって言ってたよね?」


「須藤本人が言ってましたし」


「じゃあなんで大森くんに縁切りの話なんてしたんだと思う?おかしいよね?柊さんが大森くんと結ばれるために消しゴムのおまじないをしていることを知っていた須藤さんが悪い情報を大森くんに伝えるって」


 大森が最初に噂を聞いたのは須藤からだった。その事を急に思い出した。自分の推理の正当性を求めるあまり、不都合な事を無意識的に排除していたのだ。

 この件の発端は大森かも知れないが、僕が関わり出す原因は大森が須藤から噂を聞いたことだった。


「言われてみればおかしいですね。いや、まじでなんでだろう?」


「外れてたけど一生懸命考えてきてくれた雪くんには特別ご褒美で教えてあげる」


「賜ります」


 根本から推理が違うとなると僕には何も出来ない。作り上げたメモ帳も完全に無駄になってしまったのでポケットにしまった。

 あとは先輩の話を聞くだけにする。これ以上僕の推理はないし、間違っているかもしれない情報を態々伝える必要もない。


「最初から違うんだよ」


「最初から?どこから?」


「須藤さんは柊さんと大森くんの恋路を応援してない。むしろ逆で成就しないほうが都合が良かったの。だから大森くんにその噂を伝えた」


「全く訳が分からないんですけど」


 須藤が2人を応援していることが前提として成り立っていた僕の推理が間違っていることを先輩は最初から分かっていたうえで聞いていたのだ。どんな感情で僕の話を聞いていたのだろう。

 笑顔の裏で僕のことを馬鹿にするような人ではないことは分かっているが見当違いでも推理を聞いているのが楽しかったのだろうか。


「大森くんがそれを知ってて起こることって何?」


「大森は噂を吹聴するような奴じゃないですし、起こることって何でしょう?」


「須藤さん話を聞いた後、自分の名前を書かれた消しゴムを見たとしたらどう思う?」


「縁を切りたいって思――、もしかして柊の消しゴムを大森が見てしまった時のために態々言ったんですか?」



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