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この先は僕たちの出る幕はない。須藤と柊だけが関わることの許された聖域に部外者は不要なのだ。いい結果になるとは限らないが蟠りが少しでも解けるのなら協力した甲斐が生まれるだろう。
その後は特に話すこともなく、須藤は空き教室を去っていった。雨足が強くなるかは分からないが、何処に住んでいるのかも知らないため帰る時間があるのだろう。何度もお礼を言ってくる辺り、本当に嬉しかったのは分かるのだが気恥ずかしさが勝ってしまった。先輩からはまたしても揶揄われてしまったのだがその声は僕にしか聞こえないのが幸いだった。
「明日は空き教室に来れませんね」
あの2人が話し合いに使うため、空き教室を溜まり場にすることは出来ない。部活動では無いため毎日ここに来る理由はないのだが1日の流れとして癖がついてしまっている。
「私は居るけどね」
「あの2人の話聞くんですか?」
「私は幽霊だからセーフだよ」
「え、じゃあ事の顛末は教えてもらってもいいですか?」
「雪くんは人間なのに?2人の知られたくない話があるかもしれないからダメ」
「そこは先輩の裁量で」
「その時になったら考えるよ」
2人の話し合いに参加する気は毛頭無いが事の顛末くらいは気になる。消しゴムの噂から始まった件が人同士の蟠り解消に繋がっていく話の終演くらいは僕にも知る権利があるのだろう。
「因みに」
先輩が僕の目の前に近寄って人差し指を立ててくる。
「どうしたんです?」
「私は多分だけど分かったよ」
「何が?」
「今回の謎。その答えを明日確かめるって意味でも2人の話聞くんだよ」
今回の謎は僕にも分かった。消しゴムの噂は須藤の作り話だった、それが答えのはず。態々確かめるまでもなく分かりきった結論があるのに先輩は何を知りたいのだろう。
「消しゴムの件?ですよね?」
「違うよ。須藤さんと柊さんの件」
「別問題じゃないですか。今回の謎って言うから消しゴムの噂だと思ったのに」
「消しゴムの噂も須藤さん達のことも全部繋がってるんだよ」
「謎なんてありましたか?」
「雪くんも気になってると思う。あの2人がどうして仲違いするに至ったのか」
須藤が縁切りの話をしたということではなく、どうして仲が良かったはずの2人が変な喧嘩をしているのか。普通に考えたら幸せを願うほど親しい人と仲違いをするには不自然過ぎる。
「気になりますけど、謎って言うからには解けるんですよね」
「雪くんにも解けるかもしれない。そうだなあ。ヒントをあげるから考えてご覧?まず謎を纏めるとね――」
先輩の口から出されたのは本人から答え合わせがなければ解にたどり着けない謎だった。
何故須藤が柊に対して作り話をしたのか。
何故大森がそれを知っていたのか。
そして、何故須藤が嘘をついたのか。
今日までの経験を踏まえて推理して教えてほしいと言ってきた。
「須藤がついた嘘ってなんです?そんなことしてたんですかあいつ」
須藤が嘘をついていることは須藤にしか分からないことで先輩が知るはずはない。ただ、自信満々に謎を提示してくる先輩は須藤が嘘をついていることに確信めいた自信があるようだ。僕には分からないのだが女の勘というやつだろうか。
「今までの須藤さんの発言とか行動からおかしな点があったから、そこを考えれば須藤さんの嘘も分かるかもね」
「先輩は答えが分かってるんですか?」
「何となくね。まだ確実じゃないから明後日までお預け」
今は分かったふりをしているだけで明日確認した正しい事実を、さも分かっていましたという程で押し切ってしまうことが出来る。それをするメリットが僕にマウントを取れるということ以外ないためやる必要もない。
推理小説を読んでいる先輩だから謎に当たった時に自分から推理をしたくなったのだろう。僕よりも先に謎の答えを知りたくて2人の話し合いを盗み聞きするのだと信じたい。
「楽しそうですね」
「事実は小説より奇なりってこと。本の世界みたいで楽しい」
上機嫌に鼻歌を歌いながら空き教室を飛び回っている。先輩が楽しそうなら何よりだが、投げかけられた謎を解く宿題が課されてしまった僕は素直に喜べない。
この謎を解くに当たって須藤と柊の2人だけの問題だと思ったらなぜか大森の名前も出てきてしまった。先輩から提示された謎の中に大森が入っている理由も考えなければならない。
僕が答えを出すのを先輩が楽しみにしているのなら本気を出して考えるしか無いだろう。先輩を楽しませるために全力を尽くすと決めたのだ。
「それじゃその謎。不肖夜月雪が解いてみせましょう」
「おっやる気だね。頑張り給え名探偵くん」
「これで外したら格好悪いですけどね」
答え合わせは明後日。そもそも答えを持っているのは本人たちだけなのだが、外野が変に勘ぐるのも人間らしいと言えるだろう。一番勘ぐっているのは人間ではなく幽霊である。




