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「サボっちゃうの?次の授業。よくないね。不良だね」
「居ても居なくても変わりませんよ。もしバレたら体調不良で外の風を当たってたとか言い訳をします」
僕は椅子に座って先輩と話している。目の前には机がありその上には先輩がいる。ただ先程までのように机に座るのではなく、宙にふわふわと浮いていた。
マジックの類にしては出来すぎているし、何よりも僕は先輩に触れなかった。目で見たものを信じたい僕からすれば目で見えるだけの物である先輩を信じるしか無かった。
「それで先輩って幽霊なんですよね」
「そうだよ」
「どうして学校にいるんですか?」
学校にいる幽霊と言えば、校内で死んだ霊というのが定番だろう。先輩も事故か何かで亡くなったのかもしれないが、この学校で人が亡くなるような事故の話を聞いた覚えはなかった。
「身の上話だけど聞いてもらえる?」
「勿論」
「私は入院してて高校に通うことも出来ずに死んじゃったの。ずっと学校生活を過ごしたいと思ってたら死んだはずなのに意識だけがある状態、つまり幽霊になってたの。だから学校にいる」
「学校から出られないとか?」
「ううん。別にどこでも行けるよ?」
「それで、どうなんですか?」
「ん?何が?」
「幽霊になっての学校生活ってどんな感じなんだろうって」
僕から見れば幽霊には見えない先輩。普通の人のようにしか見えないが現にふわふわと浮かびながら忙しなく空き教室を移動している。この調子で目覚めた病院から高校までやってきたのだろう。
「なにも。思っていたのと違った」
「そうなんですか?」
「私がやりたかったのは高校生としての青春。友達と遊んだり、テスト勉強で苦しくなったり、恋愛をして憂いたり。そんな誰でも出来る事がしたかったの」
誰でも出来ることと先輩は言うが僕にはそれが当てはまらない。誰でも出来ることだが誰しもがやろうとすることではない。幽霊となっている先輩と僕は似ているが大きく違う。
やりたくても出来ない人とやれるのにやらない人。目の前にいる幽霊よりも、僕は人として死んでいるように感じた。
「でも私はここにいるだけ。誰からも見てもらえない。皆私が見えないみたい。当然だよね、だって私、幽霊だもん」
明るく話しているつもりだろうが声色は震えている。本当に誰にも見えていなく、誰にも声を聞いて貰えないのだとしたら僕に初めて言ったのだ。改めて自分の言葉にして、その感情の重みを知ってしまう。
「僕には見えますし、声も聞こえますよ」
そんな先輩を見て、思考よりも先に声が出た。憐れに思った訳でも慰めるつもりでもない。ただ僕には先輩が見えていると事実を伝えたかったのだ。
一人ぼっちの僕と一人ぼっちの先輩が同じ空間に居ても一人ぼっちが2人ぼっちになるだけ。それでも互いの存在は認識し合える。人間は他者の認識なくして存在することは出来ないのだ。
「死んでから初めてなんだよ。雪くんが。私の姿も声も認識してくれるの。それが嬉しくて、友達になりたいって思っちゃった」
最初に扉から中を覗いた時、先輩に対して会釈をした。近づいてきた先輩の声を聞いてその通りに動いた。先輩からすればそれだけの事が嬉しかったのだろう。
僕はどうだろう。
先輩が話しかけてくれている。それに対して答えることが出来ていると思う。後になって1人反省会をする可能性はあるがここ最近では一番長く話している。幽霊だから話しやすい訳ではなく、先輩の人柄が僕の心を軽くしている。
人付き合いが、苦手な僕でも誰かの役に立つことが出来るのだろうか。始めるのなら人ではなく幽霊であれば後腐れ無く喋ることが出来るのだろうか。
いつもはこれから先の人生を考えて逃げることが多かった僕も、先輩相手ならば交わることが出来るかも知れない。そう思わせてくれるような雰囲気が先輩にはある。形は違えど独りぼっちと感じている僕たちは――。
「分かりました。約束通り友達になりましょう」
「約束?考えるって言っただけだよね?」
「考えた結果、友達になりたいと僕も思えたんです。これからよろしくお願いします先輩」
ふわふわ浮いていた先輩は器用に机の上に着地する。
「良かった。これからよろしくね雪くん」
手を出して握手をしても触れ合うことは出来ない僕たちでも言葉を介して心に少しでも触れられるような気がしている。それが人間として生きている僕と幽霊として死んでいる先輩の出会いだった。




