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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 ご飯を食べさせてから恩着せがましくお願い事をするが如く。引き返せないほどのところまで引きずり込んでから自分の要求を伝えるとは恐ろしい人である。

 話したと言っても縁切りの噂は作り話で本当は存在しないと言うことだけ。それが分かってしまえばこの謎は解決なのだ。何故反対同士の噂が同時にあるのかの答えは片方が虚像だったという結論が出た。先輩がに気になっていることは解決したはずだ。

 僕が感じているのは須藤と柊に関してのこと。2人の会話や動きが噛み合っておらず、気にならないと言えば嘘になる。しかし、僕とは関係ないところで解決して事のあらましだけを聞きたい。正直に言ってしまえば関わりたくないのだ。


 ただ話を聞くだけ聞いて須藤のお願いを拒否するほどの度胸が僕にはなかった。


「よろしい」


「聞きたくはないけどお願いって……?」


「夜月くんは少しだけ手を貸してくれればいいの。簡単なことだから安心して」


「安心できるかな」


「私と結衣が話す機会を作ってほしいの。夜月くんなら結衣に連絡取れると思うし」


 泥沼から足を上げようとしたらさらに沈んでしまった。ただの沼ではなく底無し沼だったようで引き上げてもらおうにも、頼みの綱は僕に触ることの出来ない先輩だけだった。


「拒否権がない事は分かってるんだけどさ」


「連絡してくれるだけでいいの。来てくれるかどうかは結衣次第だから。来なかったらもう終わりって思うだけだし」


「いや、でも、うーん」


 すぐに逃げ道を探してしまうのが悪い癖だ。どうやって言い訳をすれば須藤が諦めてくれるかを無意識に考えてしまっている。


「雪くん。それくらいならやってあげなよ。須藤さんも雪くんの手を煩わせるって分かったうえで言ってると思う」


 そんな僕を諌めるように声をかけてくる先輩。須藤のお願いを聞くつもりだったのに面倒事になると逃げようとしてしまった僕の手を引くように誘導してくれる。


 須藤は縋るような瞳で僕のことを見ていた。この場にいる僕以外の2人の考えと僕の逃げの思考を天秤にかけたところで勝てる要素はひとつもなかった。


「分かった。柊と連絡を取ってみる。でも本当にそれだけでいいんだよね」


 僕が身体を動かして何かをするわけではない。その場で須藤から柊のIDを聞いて連絡をするだけ。送る文面も僕一人で考えるのではなく、須藤も一緒に考えてくれるだろう。

 始めは緊張するだろうが、僕を介して須藤と柊がやりとりをするだけなので糸電話の糸みたいなものだ。


「本当?」


「僕は基本的に嘘をつかないって決めてるんだ」


「……そっか。うん、ありがとう」


 須藤は恥ずかしさからか俯いたままだった。やりたくないことは早めに終わらせるに限る。こんな事に長々と付き合わされてしまっては沼に肩まで浸かってしまいそうだ。


「それじゃ早速動こうか。僕はどうすれば良い?」


「えっ今から?」


 てっきり今から柊に連絡を取るものだと思っていたが須藤は違ったらしい。先輩も「雪くんやるじゃん」と謎に褒めてくる。僕がおかしいのだろうか。自棄になって適当になっているわけではないがやる気のある内にやってしまったほうが良いことは確かだろう。


「お願いって言うから今からやるものだと……。また今度の方が良かったりする?」


 考え込む須藤からの返答を只管に待つ。僕としてはやり取りをする覚悟が決まっている内に行動を起こして自分が逃げないようにしたい。後日となってしまったら時間が僕に逃げ道を考えさせてしまう可能性がある。


「そうだよね。引き延ばしても良いことなんてないし、今からやってもらっていい?」


「了解」


 須藤は慣れた手つきでメッセージアプリを開いて柊のIDを見せてくる。間違えないよう慎重に入力をして友達追加をした。親以外の連絡先が3人になってしまったが、そのうち2人とは今回限りの連絡先になってしまうだろう。今回の件が終わったら僕から絡みに行くことは無い。

 

 柊のアイコンは自撮り写真のようで何処かに遊びに行った時に撮った写真に見える。何かの建造物を前に複数人でよく分からない格好をしている。予想通り、根本的に僕とは違う生活スタイルを送っているようだ。


 スマホを片手に須藤の方を見つめる。柊へとメッセージを送ろうとしているのだが、須藤は一言も声を発さない。須藤が何かを言ってくれないと文字を打ち込むことが出来ない。あくまで僕は代弁者の立場であり、要件を伝えるだけのはずだ。


「なに?」


「いや、なに?じゃなくて送る文面教えてよ」


「考えてるわよ。それよりも最初に自分のことを伝えるものだと思ってたから」


 柊からすれば夜月雪という不審なアカウントから急に友達登録されたという意味不明な状況だろう。すぐに『同じクラスの夜月です』と送ったことで事なきを得たが、挨拶もなしにいきなり本題に入れるわけもなかった。

 自分では冷静に事を運んでいると思い込んでいるだけで案外、二転三転する状況に思考が追いついていないのかもしれない。


「既読は付かないけど一応送ったよ」


「部活のない日のこの時間は友達と遊んでるからね」


「詳しいんだ」


「これでも長い間友達だったの」


「柊とこの時間帯を一緒に過ごせるようになればいいってわけか」


「理想はね」


 自分のことを送ったまま、須藤が文面を考える間に数分が経過するもメッセージに既読は付かない。柊は誰かと遊んでいる最中は頻繁にスマホを確認するタイプでもないようだ。


「決めた。まず私から夜月に相談したことを言って」


 須藤から聞いた言葉を文面ように上手く書き換えながら入力していく。文字を入力する速度の遅さが須藤の思考時間にも繋がっているようで、目を閉じながら必死に考えている事がはっきりと見て取れる。


「そうしたら私が謝りたいって事。話だけでも聞いてほしいってことを伝えてほしい」


「雪くん。日時はどうするの?こういうのって日にちと場所を決めて逃げられないようにしたほうがいいと思うよ。それこそ明日でも空き教室使って話し合うようにすればいいと思う」


「日時ってどうする?ここの空き教室なら人も来ないと思うから」


「まだ返答も来てないし」


「送るだけ送ってさ、その時に待てばいいんじゃないかな」


 返答が来るまで待っていたら完全下校時間になってしまうかもしれない。そうなってしまえば須藤のサポートを得ることが出来ず、僕が自力でどうにかする方法しか無くなってしまう。出来るだけこの時間で片をつけたい。


「夜月はいつがいいと思う?」


「明日でもいいんじゃない?」


「明日?さすがに急すぎない?」


「でも先延ばしにすればするほど悩む時間増えるでしょ?それならさ」


「……分かった。明日の放課後、空き教室で」


「送っておく」


 須藤の言葉を柊に送っていく。それ以上誰かが喋ることはなく、リズムなんて無視をした水滴が窓を殴りつける音が教室を支配する。湿度と共に、この空き教室が水に包まれた水槽のように感じてしまう。

 急に空き教室に女子と2人きりという状況に緊張してきた。話し始めてから時間が経っているのだが、先ほどまでは矢継ぎ早に会話が進んでおり先輩も言葉を発していたため、静寂とは程遠かった。一度声がなくなると話し出すタイミングを失ってしまい、変に冷静さを取り戻す。


 最後の文面である日時と場所を送りきった直後、今まで送ったメッセージのすべてに既読が付いた。横からスマホをのぞき込んでいた須藤もそれに気づいたのか前のめりになっている。2人とも動きが止まったからくり人形のようにスマホの画面を凝視して柊からの返答を待っている。


 返ってきたのは『分かった』というたったの4文字だった。僕の送った文字数に対して僅かな文字での返答だったが須藤からすればその4文字が何よりも嬉しいのだろう。

 他の人の手を借りることでやっと実現した柊との対話。返答が来るまでは断られる可能性もあった状況が一気に好転したのだ。隣で震えている須藤の表情を見なくても喜んでいることが分かる。


「夜月くん、ありがとう」


「どういたしまして。ここから先は頑張ってね」


「うん。自分で何とかするよ」

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