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「それじゃ話してもらって良い?」
「噂の話だっけ」
「そう、消しゴムの噂について聞きたいんだ」
「どうして?」
改めてどうしてと問われると答えに困ってしまう。幽霊の先輩が気になっているからと伝えてしまえば話してくれなくなるかもしれない。
「ちょっと気になってね。興味本位ってやつかな」
「ま、なんでもいいけど。何から話せばいいか分からないから質問してもらえる?話せる範囲で答えるよ」
「話せる範囲?」
「言えないこともあるの。約束してくれなきゃ話さない」
「分かったよ。約束。言える範囲で構わないよ」
須藤からしてみれば僕から噂について聞きたいといい出してきた訳だし、何を知りたいのかが分からない。知りたい情報を教えると言ってくれている。
予め須藤から聞きたいことをスマホにメモしておいてよかった。今日の昼休みに先輩と一緒に作った物が最初から役に立つ。先輩曰く「テンパっちゃうかも知れないんだから出来る準備はしておこう」らしい。結果的にいい方向へと進んでいるので頭が上がらない。
僕はスマホを取り出してメモを開く。多くはないが箇条書きに羅列された文を伝える。
「まず消しゴムの噂って言うのは縁結びの噂と縁切りの噂があるってことでいいのかな?」
その質問に須藤が即答することはなく、不思議に思い首を向けると机を見ながら考え込んでいた。質問の内容はシンプルなもので考え込むほどの回答とは思えない。
須藤は少し考え込んでからゆっくりと口を開いた。
「違うよ。消しゴムの噂は縁結びの噂だけ」
それはない。大森と柊からは確かに縁切りの噂を聞いた。それの出どころは須藤のはずなので本人が知らないはずがない。
「え?でも縁切りの話は須藤さんから聞いたって大森が言ってたし柊も言ってたけど」
「夜月くんも結衣と話したの?」
「須藤の靴箱が分からなくて聞いた程度だけど。喧嘩しているって話は聞いた」
柊の名前を出した瞬間、勢いよく僕の方へ振り向く。ちらちらと須藤の様子を伺っていたため、急に大きな動きを起こした須藤に少し驚いたが何事もなく返答をすることが出来た。
「それで縁切りの噂って何処から出てきたのさ?」
出処がない噂など存在しない。先輩も黙って話の行く末を見守っている。
「……私が作ったの」
「須藤が?なんで?」
「それは答えられない……かも」
縁切りの噂は須藤の作り話のようだ。僕たちは虚像に振り回されていたらしい。
縁切りの噂は須藤から始まって大森と柊にしか伝わっていない。噂と言うほどの規模にもなってはいなかった。須藤がなぜそんなことをしたのか聞きたいが本人が話せないと言うのなら深追いは出来ない。話せることだけ答えてもらうという約束なのだ。
「えっと。大森に縁切りのおまじないを教えたのは本当?」
「本当」
「柊と喧嘩したときに縁切りの事を言ったのも本当?」
「うん」
「柊は須藤の消しゴムに自分の名前が書かれてたのを指摘した事で喧嘩になったって言ってたけどなんで須藤は柊の名前を自分の消しゴムに書いてたの?」
「結衣、そんなことまで喋っちゃうんだ……」
辛うじて聞こえるほどの声量で須藤はつぶやく。分かりやすく頭を抱えている。僕に話すべきかどうかを悩んでいるのだろう。
先輩も神妙な顔をしながら須藤の話を聞いており、僕にしか聞こえないにも関わらず言葉を発することはない。緊張を紛らわせるためにも適度に話しかけてほしいがそれを伝える術がない。
「絶対秘密にしてくれる?」
「勿論。言う人もいないし」
「いるでしょ。大森くんと話しているの見るよ」
逆に言うと大森しか話す相手がいない。大森とは軽く話すだけで秘密を共有する程の仲ではない。それよりも須藤が僕と大森のことを認識している方が驚いた。何度か目が合うことはあったが見られている感覚はなかった。
「ま、友達?だから。でも絶対に言わない。大森は軽々しく秘密を話すような奴とは友達にならないだろうしね」
「一旦、夜月くんを信じるしか無いか」
「この場だけでも信じてくれると嬉しい」
「じゃあ話すけど、結衣には好きな人がいるの。それが誰かは聞かないで欲しいな」
「それは聞かないよ。個人情報だから」
「それで、その、結衣が好きな人と結ばれるといいなって。そう思ったから結衣と相手の名前を消しゴムに書いて使ってたの」
「それがバレたから喧嘩したってこと?」
「うん。恥ずかしいじゃん。友達を想ってそんな事をしてるなんて。それとは別に人のものを勝手に見るのって良くないことだと思うから」
須藤の言っていることが言葉では理解できるが感情では納得することが出来なかった。友人の恋路を願うことはあったとしてもおまじないに頼るほど、献身的なサポートをすることが僕には理解できない。
須藤はそれほどまでに柊のことを大切に思っているのにバレた時は感情に任せて仲違いをするような発言をしている。
「仲直りしたいのかな?雪くん、聞いてみてよ」
先輩からの疑問を直接須藤へとぶつける。
「須藤は柊と仲直りしたいの?」
「うん。でも、私が蒔いた種だから仲直りできるかわからない。それでも話だけ聞いてほしいし謝りたい」
「すればいいんじゃない?」
「雪くん……。それはバッドコミュニケーションだよ」
喧嘩した時は互いに謝って終わりではないのだろうか。それこそ直接話に行くなり、呼び出すなりをすれば何とかなりそうなものなのに。今まで経験がないから分からないけど。
「出来ないよ。私から酷いことを言ったのに今更声をかけられない。結衣の周りには人がいるし、避けられてる」
「あー。確かに柊の周りには友達が沢山いるね」
「私が悪いんだけど、睨まれちゃってて近付けないの。連絡を取ろうにもブロックされてるみたいで」
柊自体は須藤のことを嫌っているわけではない。本人の口から聞いただけの情報で真実かどうかは分からないが、ブロックされているという事実が頭を混乱させる。
現状、須藤は柊と言葉を交わす手段を持ち合わせていない。そして柊は須藤とのコミュニケーションを拒否している。柊に関して言えば、拒絶をしている割に須藤のことを心配している節もあり訳がわからない。
消しゴムの噂について聞くことが出来ればいいと思っていたのにどんどんと面倒くさい人間関係に足を踏み入れてしまっている。巻き込まれる前に泥沼から足を引き上げなければならない。
「それでお願いがあるって言ったよね?手紙の最後に」
「言ってたけどこのタイミングでそれを言うの?何となく予想できるから聞きたくないなあ」
「噂について話したよね?」
「はい……」




