26
月曜日になり放課後を待つだけの日が始まった。放課後には須藤と空き教室で話し合う予定がありその時を今か今かと待ちわびているのは僕だけではなく先輩も同じだ。
席に着くと既に大森は座っていた。雨の影響で朝練がないのにも関わらずいつも通りの時間に登校しているのは真面目な性格故の行動だろう。
「大森。おはよう」
「夜月か。おはよう。珍しいな、お前から挨拶してくるなんて」
「何となくね。そういう日もあるよ」
「そう言えば金曜の帰り際のことだが」
金曜日の話を持ち出す大森。帰り際に大森と話した記憶は一切ない。話しかけられていたとしたら流石の僕も無視をするわけはないと思う。
「なんかあったっけ?」
「いや、須藤とちゃんとなんかあったんだろ?」
須藤の名前が大森の口から出てきたことに驚く。僕が須藤に勘違いをされて怒られたことは柊以外知らないはずなので大森が知っているとは思ってもみなかったからだ。
「まだ話せてないけど、なんで大森が知ってるの?」
「帰ろうとした時にさ、下駄箱でうろうろしてる須藤が居たんだよ。困ってそうだったから声をかけたらお前の靴箱の場所が知りたいっていうから教えたんだよ」
「須藤が?大森に?」
はっきりと分かったことは、須藤が僕の靴箱に手紙を入れることが出来たのは大森のおかげだということだ。須藤も下駄箱まで行ったは良いものの僕の靴箱の場所を知らずに右往左往していたらしい。行き当たりばったりな所が僕と似ていて少しだけ親近感がわいた。
「ああ」
「先に言っておくけどラブレターとかじゃないよ」
「須藤にも同じことを言われた」
「大事なことだから2回聞けてよかったね」
「うるせ」
金曜日のことを思い返すと須藤は足早に教室を出ていったが、大森も部活が休みのためすぐに帰宅していた。下駄箱で2人が遭遇するのは自然なことだった。大森の性格を考えれば困っている人を放置する筈もない。
「結局なんの用事だったんだ?」
「んー。内緒。ラブレターじゃないけど個人の情報だから喋れないよ」
中に書かれていたのは謝罪文とIDだけだったので話せることもない。
「そうか。一応聞いただけだ」
これ以上追及をしてこなかったのでさしたる興味もなく、話の流れで口に出しただけみたいだ。
「それにしても今日はどうしたんだ?」
「どうしたって何が?」
「お前だよ」
「僕?寝癖かなんか付いてるかな?」
不思議なものを見るような目で僕を見つめてくる。いつも通り登校してきただけなので普段と変わっている所は思いつかない。
「いつも通りに陰気な感じが出てるな」
「見た目にも滲み出ちゃってるんだ」
「ああ。陰気なのに今まで見たことがないくらい上機嫌っていうかさ。なんかあったのか?」
「……特には何もないよ」
上機嫌なつもりはなく、朝起きて普通に登校しただけで嬉しいことがあったわけでもない。
ただ、登校するときにいつもは下を向いて歩いているところを少しだけ顔を上げたら紫陽花が綺麗に咲いていた。それだけのことだ。
何となく、昨日までの自分と少しだけでも変えてみようと思っただけなのだ。
「強いて言うならやりたいことを見つけたからそれに向けて頑張ろうって決めただけ」
「何事にも興味なさそうにしてたお前が」
「そんなことはないと思うけどなあ。大森って僕のこと案外見てるんだ」
「ひとりでいること多い奴って逆に目立つんだよ」
「肝に銘じとく」
分かったところで今更大森のように友達が沢山できるとは思わない。沢山の友達が欲しいとは思わないが僕の手で掴むことの出来る程度の数少ない友人が居てもいいだろう。ひとりは掴むことが物理的に出来ないし。
「やりたいことが出来たって言うなら友達として応援してるぞ」
ぶっきらぼうにも見える言葉を吐くと大森は前を向いてしまった。大森の口から友人という言葉が僕に使われたのは初めてだった。大森は校内に友人が多く、僕みたいな者のことは後ろの席に座っている同じ中学の奴程度に思っていると考えていた。
壁を感じで居たが、僕の勝手な思い込みで一歩踏み出してみればなんてことはなかった。
「友人か。そうだね。ありがとう」
「大森が僕のことを友人だと思ってくれていたなんて知らなかったよ」という言葉は思っていても口に出すことはしない。自分から相手との距離を突き放す言葉をかける必要はないのだ。
今まで憂鬱だった梅雨の時期。案外、雨の日も悪くないかも知れない。




