24
「えっと、高校って」
「実はその前に高校の受験をしたの。別に何処の高校でも良かったんだけど家から近いところ。学校に無理を言って病室で試験を受けさせてもらった。幸いにも入院中は時間があったから勉強をするのは苦じゃなかったの」
「当時から高校生活に憧れとかあったんですね」
「それはそうだよ。女子高生っていうブランドにも惹かれていまし、青春もしたかった。友達と放課後遊んだり、彼氏を作ったり」
何気ない青春を夢見ながら当時の先輩は頑張っていたのだ。僕が聞いているのは悲しい結末が決まっている話。その当時の先輩の事を俯瞰的に想像するだけで胸が苦しくなる。夢は何一つ叶うことなく終わりを迎えることが分かっているのだ。
「それで、高校には受かったんですか?」
「うん。合格通知をお母さんに見せてもらった。いつ行けるか分からなかったけど制服も買ってもらって、病室に飾ってたなあ。皺にならないようにハンガーに掛けて、毎日見てたよ」
「いま着てる制服ですよね?」
「着てるっていうか幽霊になった時には着てたの。訳が分からないけど実際にそうだっからそれ以上は分からない。生きてる間には一度も着れなかったのにね」
高校に合格していたが一度も校門をくぐることなく先輩は亡くなってしまった。病室に制服を飾るほど高校生活を楽しみにしていたにも関わらず、天はそれを許してはくれ無かった。いとも容易く花を手折る。
「これで話はおしまい。入院してからは病院の中の話だから本当に何もないの。家族が来て友達がたまに来る。それだけの話。他の時間は勉強したり、それこそさっき話した読書をしてたよ。人生が有限の中、無限に感じられるほどの時間があったんだから」
話してくれた情報はそう多くはなかった。先輩の昔の話を聞きたいと言ったのは僕なのだが、特段聞きたいことがあるわけでもなく漠然と先輩の話を聞きたかっただけだった。
今も聞いた事を後悔していない。先輩が幽霊になる前にどんな人だったのかを聞くことが出来たからだ。特別なことは何もないただの女の子だった。
「ほらね。大した話じゃないでしょ?ひとりの女の子が季節を越えられなかった花のように死んじゃっただけの話」
「話してくれて、ありがとうございました」
「幽霊になってからの話は前にしたよね?5年くらい誰からの反応もなくて、そんな時に雪くんにであった」
「それは聞いた気がします」
「そう。雪くんだけが私を見て、私と話してくれる。5年間も時が止まっていたのに、たったひとりの男の子が歯車になって私を動かしたの。本当に嬉しかったんだよ。ずっとひとりだったから。折角幽霊になったのに、楽しいことなんて殆ど無かった」
「これから、楽しいことしましょう。えっと、何でも頑張りますよ。折角幽霊になって外を見て回れるんですから色々行きましょう。僕も頑張ります」
僕と出会って楽しいと思えてくれたのなら、これから楽しいことを増やしていけばいい。
「嬉しいこと言ってくれるね。でもね、私の時間は止まったまま。雪くんが成長しても私は何も変わらない。だからさ」
先輩の話を聞いた。多分全部を話してくれたわけじゃない。きっと入院中に感じていた感情は言葉では説明できないほど苛烈で、どのような様相をしていたのか想像もできない。日々弱っていく自分を見つめながら最後を迎えるのはどれほど怖かったのだろう。
幽霊になって過ごしている先輩は楽しそうに見えたのは送ることの出来なかった青春を送れていたからではない。幽霊になって止まっていたはずの時間に僕が入ってきたからだ。
先輩を楽しませたいのに、僕に出来ることは先輩の歯車になって動き続けるだけだ。落ち着いて話してくれている先輩に対して水を掻き分けながら藻掻くように言葉を吐き出す。
そんな僕の目の前に先輩はゆっくりと舞い戻る。
「そんなに泣かなくてもいいじゃん。笑ってよ」
僕の頬を涙が伝っている。自分のことではないのに、先輩の事を想像しただけで涙が止まらない。生きている先輩には二度と会うことが無いという現実を突きつけられてしまったことや先輩が生きている間どんな思いをしていたのかを考えてしまう。
先輩は自分のことで整理がついているようで、涙の一つも見せないで僕の顔を覗き込んでくる。そっぽを向くが狭い部屋では逃げ場なんて何処にもない。
「笑えない、お話だったんですよ」
「それだけで泣いちゃうんだ」
「先輩が泣かないから変わりですよ」
「そっか。雪くんは私のために泣いてくれてるんだね。私だって泣いたよ。それはもう涙で海ができるんじゃないかってくらい泣いた。でも泣いたってどうしようもないって分かってからは涙なんて出なくなった。どうせ記憶に残るのなら泣いている顔より笑っている顔のほうがいいしね」
「じゃあ僕も泣いてません」
見られているのに虚勢を張る。いつもみたいに恥ずかしがっているのではなく、先輩の話で僕が泣いていたらいつまでも先輩は僕の心配をしてしまいそうだから。僕だって泣いている顔より頼んしんでいる顔を先輩に覚えてもらいたい。
先輩が自分の事を素直に話してくれたのは嬉しい。だからこそ泣いているだけではいたくないのに涙は止めどなく溢れてくる。自分の意志で止めようと思っても止めることは出来ない。
「えー。何処からどう見ても泣いてるよ」
「雨です」
「雨?」
「泣いてるんじゃなくて雨なんです」
「そっか。雨か。今日は一段と土砂降りだ。雨は流れて海に行くけど誰かさんの涙も海に還るのかな」
この雨は僕の頬だけを濡らしている。




