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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「結局何も買いませんでしたけどよかったんですか?」


 本屋から家に帰る道中でも雨脚が弱くなることはなく、家に帰ることにはズボンの裾が濡れていた。またしても先輩には外で待っていてもらい、身嗜みを整えてから自室に招き入れた。

 本屋に寄る前は数冊買うことを覚悟していたのだが、先輩が本の購入を僕に言うことなく退店することとなった。めぼしい本が無かったというわけではないようで、本屋の中にいる先輩は今まで見たことがないほど目が輝いて縦横無尽に飛び回っていた。楽しそうな先輩を尻目に僕も適当に本を立ち読みをし、30分程経った頃、先輩から声をかけられて家路を辿ることとなった。


「いいの。また行けばいいしね」


 部屋には僕と先輩の2人きり。家に友達をあげたこともない僕は部屋に女子と2人でいる経験など勿論無く、緊張をしている。


「また、ですか」


「嫌?」


「まさか。そんな事はありませんよ。また行きましょう。気になった本とか思い出の本とかあったら買うので言ってください」


「なんか悪い気がするなあ」


「友達と遊ぶためにお金を使うのと同じですよ。それこそ僕が自分で読むためのものでもあるので気にしないでください」


 先輩ひとりで本を読むことは出来ないため、必然的に僕も読むことになる。先輩のためにもなるし、僕が自分では決めずに受動的に本を読める機会にもなる。いちから読む本を決めるのは選択肢が多くて大変なため、誰かに本を薦めてもらうほうが剪定をする上では楽なのだ。


「思い出の本か」


「何かあります?」


「……前に約束したよね」


「なんの?」


「私の昔の話をするって。ちょうどいい機会だし今から話そうかなって」


 思い出の本の話をするのかと思ったが先輩が自分の昔話をしてくれるようだ。知りたいとは思っていたがまだまだ先だと諦めていた。本の話をする中で昔の記憶がリフレインしたのか、急に話してくれる気になったみたいだ。

 僕はだらけていた姿勢を正し、真面目に先輩の話を聞く態勢を取る。適当に聞いていい話ではない事は何となく分かっている。先輩の過去の話が行き着く先は必ず先輩の死に繋がっている。言葉にしなかったとしても想像してしまうのだ。


「そんなに畏まらなくてもいいよ。大したことじゃないから。普通にひとりの女の子が不幸にも早く死んじゃうだけのお話」


「僕にとっては大したことです。生きていた先輩を雑に扱えません」


「……そっか。それじゃまずは何から話そうか」


 ベッドの前に正座をしている僕。先ほどまではテーブルを挟んで向かいに先輩がいたのだが、ふわふわと僕の頭上を通過して背後にあるベッドの方へと向かった。


「先輩?」


 何をしているのか振り返ろうとする。


「こっち向いちゃ駄目。話すのはいいけど顔は見ちゃ駄目。約束できる?」


「分かりました。絶対に振り向きません」


「神話だとそれで振り向いちゃって不幸になるんだよ」


「先輩の幸せを願っているので」


 よく分からないがそれが話してくれる条件だというのなら了承するしか無い。僕の視界には何も映っておらず、後ろから先輩の声だけが聞こえる状況で話は始まった。


「まず私は小学生までは元気一杯で友達も多い女子だった。休み時間はみんなと遊び回って、授業もちゃんと受けてた。テストの点数はあまり良くなくてお母さんに怒られることもあったけどね」


「普通の子ですね」


「普通の子だよ。先生にも怒られたことあるし。雪くんだってそうでしょ?」


「どうでしょうか。覚えてないですね」


「ふーん。小学生の時は特に何もなかったよ。健康体だった」


 アウトドア派の人としては普通の小学生だ。僕はインドア派の小学生だったので外では遊ばず室内で過ごしていることが多かった。小学生にしては時間があり余っていたので勉強をしていたからテストの点数はクラスでも上位を取っていた。多分点数が悪かったとしても僕の親は怒ることはないと思う。


「そのまま中学に行って2年生だったかな?確か桜が散る季節だったはず。家で急に倒れて病院に運ばれた。気付いたらベッドで寝てるんだもん。その後検査したら即入院でびっくりしたなあ。病名は最後まで教えてもらえなかったけど」


「知りたかったんですか?」


「ううん。知っても知らなくても同じだったと思う。最初のうちは直ぐに治っていつも通りになれると思ってた。でもお母さんもお父さんも私の前では無理をして笑うの。「すぐ治るよ」って口では言うけどそんなのが嘘だってすぐに分かった」


「きっと先輩の事を思ってそう言ってくれてたんですよ。隠したかったとかそういう気持ちじゃなくて。分かったような口を聞くのは違うってことは僕にも分かってます。でも」


「分かってるよ。分かってる。ちゃんと分かってるの。今はね。その時はちょっと喧嘩したかな?お医者さんもお母さんもお父さんもみんな内緒にするから。元気になって家に帰ったら絶対聞き出すぞって」


 背中越しに温かいものを感じる。先輩とは触れ合うことが出来ないはずなのに、存在を確かに感じられるのだ。どんな表情で僕に語っているのかは分からないが、自分の中の記憶を頼りに噛み砕いて僕に伝えようとしてくれている。なるべく先輩が話しやすいように僕も心を落ち着けて返答を続ける。


「入院が長くなるにつれて重い病気っていうのは何となく分かったんだけどまさか死んじゃうとは思ってなかった。だって入院して1年以上も何もなかったの。薬を飲んでたから、その、いろいろあったけど」


 重い病気の投薬治療は副作用が強いと聞く。その概要は知らないが先輩の口が重くなったということは知られたくないのだ。敢えて知りたいとも思わないので話を先に進める。


「それでどうしたんですか?中学校は卒業したんですよね」


「したけど卒業式は出られなかったよ。卒業証書は先生が持ってきてくれまし、来てくれた友達が病院で卒業式をしてくれた。本当なら病院で騒いじゃいけないんだけど看護師の人達も見て見ぬふりしてくれたみたい」


 2年の頃から入院して、卒業式に友達が来てくれるというのは先輩の交友関係が深かったことに他ならない。当時の友達が先輩の事を忘れることなく一緒に卒業をしたいと願ったから病人に来て、簡単な卒業式をしてくれたのだ。

 今先輩が着ているのは僕の高校の制服だ。受験をする前に入院していた先輩がうちの制服を知っている可能性は低い。僕の記憶だと学校見学などがあるのは2年の後半で、その時に初めて高校の制服を知った。

 中学の卒業式を病院で迎えた先輩は高校をどのようにして決めたのだろう。

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