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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 玄関を開けると家の前に体育座りをしている先輩がいた。雨の日なので普通の人ならば濡れてしまうような状況でも、雨が自分から先輩を通り抜けていくように先輩は全く濡れていない。この世の万物の影響を受けていないことが先輩がこの世のものではないという事を酷く意識させる。


「お待たせしました」


「全然待ってないよ」


「それじゃ行きましょうか」


「相合傘できるね」


 僕の手には傘が1本。少しだけ大きめの傘は1人で入るには余裕だが2人肩を並べればどちらかの方が出てしまうサイズ。傘は1人用に作られており、相合傘は想定外の使用方なのだ。


「先輩は傘いらないでしょ?それに濡れないのに僕の傘入るんですか?」


「雨に濡れるとか濡れないとかは関係ないの。相合傘するのは女の子の浪漫だよ」


「そういうものなんですか?」


「そういうものです」


 先輩が入ってこようが僕が傘をさして移動するのは変わらない。相合傘と言えば横並びになって移動する姿が頭に浮かぶが、先輩は横に並ぶだけで傘から身体がはみ出ている。それでも濡れていないのだから相合傘との相性がいいのだろう。

 特に目的地も無いまま歩き続ける。雨の中を歩いていると、晴れの日よりも車通りが多く、雨に濡れたコンクリートをタイヤが擦り上げる音がよく聞こえる。公園の近くを通っても遊んでいる子どもも、談笑している親もいない。遊具だけが雨に打たれて寂しく子どもを待っている。


「誰もいないね」


「この雨ですし、誰も出歩かないでしょ。皆家で本を見るなりテレビを見るなりして過ごしてますよ」


 雨雲が太陽を遮り、薄暗いからこそ民家にともった生活の明かりがよく見える。


「雪くんは本とか読むの?」


「ひとりでいる時間が多いので同年代の平均よりは読むと思います」


「どんな本?」


「ジャンルは特にこだわりないですね。手当たり次第っていうか面白そうだなって思ったものをよく読みます」


 推理小説も読むし、話題になった映画の原作小説も読む。有名なものは大体学校の図書室にあるので手当たり次第に読んでいた。全てを読破した訳では無いが、中学校の図書室の蔵書の大半は読んでいるだろう。


「先輩も本読んでたんですか?」


「生きてた頃はよく読んでたよ」


「意外かもしれません。本よりも誰かと遊ぶほうが似合ってるというか」


「それも合ってるよ」


 友達とよく遊んでいるというイメージは間違っていなかったようだ。痩せ型なのは亡くなったときの姿だとして、話し方などから溌剌としている先輩は柊のような友達が多いと勝手に想像していた。友達から手紙を沢山もらっていたみたいだし遊ぶことも多かったのだろう。


「でも入院してからはみんなと遊べなかった」


「あ、すみません。ちょっと無神経でした」


「いいよ。昔のことだから気にしない。私も病室でひとりだったから。今は本に触れられないから読むこと出来ないんだけどね」


 傘に当たる雨音が酷くうるさいはずなのに先輩の声だけは雨の合間を縫って僕の心へと響く。やっぱり同じひとりでも僕と先輩は違う。ひとりでいるのが苦痛ではなく、楽に感じて自ら人との関わりを少なくしている僕と、ひとりになりたかった訳ではないのに不幸でひとりになってしまった先輩。先輩に対して失礼だから思わないようにしていたが心の中で"可哀想"と思ってしまった。

 それは憐憫の情を抱えてしまうということで、相手を対等な存在として見ることができなくなってしまう感情。哀れみは自分を第三者として俯瞰的に相手を見ることで生まれると僕は思っている。可哀想と哀れむのではなく、ただ寄り添うのが対等な立場として僕が出来ることだ。


「好きだったんですか?」


「本?」


「えっと、本を読むことです」


「好きだったよ。本当に好きだった。本を読んでる間はその世界に没頭できて楽しかった。誰もいない空間に、私の想像の世界が広がっていくのが分かる。見たこともない世界の筈無のに、私の想像の中では無限に広がっていく。本って新しい世界を見せてくれるの。それこそ探偵物を読んだことがあったから、消しゴムの噂が気になったのかもしれないね」


 本の中の登場人物が出来ることが現実でも出来るとは限らない。探偵物の小説はご都合主義な側面も多く、解決への道のりも蛇行しているようで一本の筋道を辿っているだけなのだ。そして最後には綺麗に解決をして終わりになる。


「フィクションはあくまでフィクションですよ」


「私の存在がフィクションをノンフィクションに変えてるの。幽霊ってフィクションでしょ?幽霊の存在が一番謎なのに存在している。無理なことなんてないよ。だから私にも謎が解けるかもしれない。それに推理小説と違って人が死なない謎なんて楽しそうだしね」


 先輩がシャーロック・ホームズを知っていたのも本をよく読んでいたからなのだろう。先輩が自分から昔の話をしてくれるまで僕から聞くのを何となく避けているが、入院がどれほどの時間だったのか分からない。先輩が辛い思いをしている時に楽しい思いをさせてくれたのが本の世界なのだとしたら、探偵ごっこをしているのにも納得感が生まれる。子どもが戦隊ヒーローやアイドルに憧れるが如く、先輩は本の世界の住人に憧れてしまったのだ。


「近くに」


「ん?」


「近くに本屋さんがあるんです」


「そうなんだ」


「えっと、一緒に行きませんか?」


「今の話を聞いて気を使ってるの?大丈夫だよ」


「僕が、行きたいので。昔からある本屋なんです。そこだったら古くから変わらないものも置いてあると思うので先輩が好きだったもの教えてください」


 時代は移り変わり、5年も経てば文明の利器の進歩は甚だしい。それでも本というものは過去も現在も未来も映し出す。5年前から変わらず、同じ文章のまま残っているだろう。僕の知らない生きていた頃の先輩を知れる機会を逃したくない。


「いいの?」


「何がですか?」


「言ったこと無かったけど私本が大好きなの。でも死んでから一度も読めてない。本屋さんに行ったらきっとあれもこれもって目移りしちゃうかも」


「何の問題もないですよ。店員さんを気にする必要もありませんし」


「もしかしたら読みたくなっちゃうかも」


「……僕のお小遣いの範囲なら」


 何十冊も読みたいと言われてしまったら困るが数冊なら使わずにほこりを被っていた僕のお小遣いが日の目を見ることになる。読む時は僕が読んでいる後ろで先輩も読んでもらえれば何の問題もない。寧ろ共通の話題が出来ることで会話も弾むだろう。


「それは冗談だよ。それじゃ雪くんの気持ちに甘えようかな」


「本屋までちょっと歩きます」


「まだまだ相合傘続けられるね」


「雨が降っている間は」


 出かける前に天気予報はしっかりと確認しておいた。今日は1日雨が止むことはない。



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