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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 土曜日の朝、目が覚めると目の前に先輩の顔があった。


「え。うおわっ」


 驚いて起き上がるとベッドから落ちてしまった。辺りを見回しても、そこにあるのは僕が日常的に見ているもので自分の部屋以外のところで目が覚めてしまったという線は消えた。何度見ても僕の部屋に先輩がいる。僕の家を知っているわけもないし何でここにいるんだという疑問は、いきなり現れた先輩に驚かされて静まらない心拍が落ち着いたら聞くことにする。


「雪?どうしたの?大きな声出して」


 時計を見ると朝の11時。仕事が休みの母親は既に起きて、平日にたまった家事を消化している頃合いだった。大声を出して目覚めた僕を心配して部屋の戸をノックしてから声をかけてきた。部屋の中に幽霊がいるとも言えない。


「変な夢見て驚いただけだから気にしないで」


「そう?それならいいけど」


 ペタペタとスリッパの音が部屋から遠ざかっていくのを確認してから先輩に話しかける。


「なんでぼくの部屋にいるんですか」


「休みの日って学校に誰も来ないから暇じゃない?だから昨日の帰り道、後ろを付けちゃった」


「後ろをつけちゃったって。学校から出てきたんですか?」


「別に学校に囚われてるわけじゃないしね。今までは出る理由がなかったから学校にいただけだよ」


 昨日の帰り際の記憶を呼び起こしても、いつもの通り校門で先輩と別れて家に帰宅した。先輩の言うことが事実なら僕の帰り道をストーカーしていたということになる。幽霊が後ろをついてくるという文字だけを並べたら立派なホラー作品だろう。


「いつからこの部屋にいたんです?寝る時には居なかったと思うんですけど」


「流石に日が昇ってからだよ。夜は外をふらふらしてた。幽霊だから夜に危険の心配はしなくて良いし」


 幽霊こそが夜の危険だとは思うが黙っておく。


「百歩譲って家にいるのはいいとしても、寝起きで目の前に顔があったら驚きますって」


「それは本当に偶然。雪くん本当に生きてるのかな?って確認した瞬間に起き上がっただけだから」


「呼吸してましたよね?」


「寝息静かすぎるんだもん。確認するまでは分からなかったよ」


「タイミング最悪でしたね」


「面白い雪くんが見られたからタイミング最高だったよ」


 僕は寝相が悪くなく、寝息もとても静かなため死んだように寝ていると幼い頃から母親にも言われていた。死んでいる先輩が生きているか確認というのもおかしな話だが、僕が死んでも先輩と同じように幽霊になれるのだろうか。先輩以外の幽霊を見たことがないので幽霊の存在を信じたと同時に懐疑的なのだ。

 他の幽霊が見えない以上この世界に幽霊は先輩ひとりしか存在していないと考えるのが精神衛生上いいだろう。仮に居たとして、先輩のようにいい幽霊だとは限らず、ホラー映画のように害を与えてくるかもしれない。


「それで今日はどうしたんですか?約束とかはしてないはずですよね」


「さっきも言った通り暇なの。何処か出かけようよ」


「何処かって何処ですか?」


「どこでもいいよ。この辺のことあまり知らないし」


 街並みはよっぽどのことがない限り10年程度では変わらない。僕の家の近くには大きな病院もないし、先輩が元々住んでいたところはかなり離れた位置にあるのかもしれない。


「遊びに行くのは面倒なんですけど。土曜日ですよ?休ませてください」


「それじゃ少しお散歩しよう。それくらいならいいでしょ?」


「うーん」


 土曜日という1週間に2日しかない休みの片割れ。先輩と過ごせることに不満はないが、普段から家に籠もっている僕は誰かを楽しませる場所を知らない。幽霊である先輩はふつうの人が楽しめるようなところでは体験をすることが出来ないため楽しさは半減してしまうだろう。先輩の言う通り散歩をして色々見て回るくらいが丁度いいのかもしれない。


「分かりました。準備するんで部屋の外で待っててください」


「いいの?やったー」


「散歩するだけですからね」


「分かってるよ。それより雪くん、朝ご飯食べなくても良いの?」


「もうすぐお昼ですし朝昼兼用で済ませるので大丈夫です。ほら、早くでていってください」


「はーい」


 先輩の姿が部屋から見えなくなった後、外に行く準備をする。いつもは学生服姿しか見せていないが、寝間着を見られていたことに今更気付いた。普段着を見られることにも少しの気恥ずかしさを感じながら何時もよりも長めの時間を使って外に着ていく服を選ぶ。

 部屋から出ると母親が掃除機片手に廊下を移動しているところだった。母親としっかり顔を合わせるのは土日くらいしか無いため接する距離感が分からなくなる。


「雪、どうしたの?」


「ちょっと出かけてくる。お昼には戻るよ」


「あら珍しい。もしかして友達?お小遣いいる?」


 中学時代から僕に友達がいないことを心配している節がある。土日に遊びに行くことも、家に友達を呼ぶこともなかった。母親から聞いた話では中学生の子どもは親にお小遣いを要求してくるものらしい。それを覚悟していたようだが、僕の交友関係は無駄な覚悟にしてしまったようだ。

 敢えて友達を作れとは言っては来ないが、今日みたいに不意に出かけようとすると一縷の望みのように友達の可能性を探ってくる。

 今日に関しては友達と散歩をしに行くのだがお小遣いはいらない。お金のかからない相手と少しだけ歩くだけだ。


「違うよ。散歩してくるだけ」


「雨降ってるけど」


「ちょっと外を歩きたい気分なんだよ」


「風邪引かないように早く帰ってきなさいね」


「分かってるって」


 普段話す機会が無いからなのか、子離れな出来ていない親のように必要以上に構ってくる。鬱陶しく感じることがないとは言えないが、普段話せないことを話す機会なので僕としても嫌ではない。頑張って働いてくれていことも分かっているし、僕の心配をしてくれていることも分かっている。


「それじゃ行ってきます」


「気をつけてね」

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