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僕が送ったのは自己紹介と了承の言葉で全部合わせても10文字にも満たない。全て受動的に動いていたら話が進んでいたことは先輩には内緒にしておく。後ろからでもスマホを覗かれてしまえばバレて終わりなので背後には気をつけなければならない。
『人のいないところで話したいんだけど……』
学校内で人のいないところと言えば今いる空き教室が最適だろう。放課後など誰一人この場所を訪れる人はいないし、須藤と話す場所はここにしたい。先輩がこの場にいれば僕が仲介を果たさずとも一緒に聞くことが出来る。
「須藤が人のいないところで話したいって言ってるんですけどここの空き教室使っていいですか?」
「いいよ。私にここの所有権はないけどね」
「じゃあ明日の放課後、ここに来てもらうように伝えます」
先輩からの許可も取れたことだし、須藤への返信を打ち込む。須藤から噂の話を聞くことが出来れば縁結びと縁切りの噂がどうして両方あるのかの謎を解くことが出来るかもしれない。最初こそ興味が無かったが一歩ずつ進展している感覚が推理小説みたいでワクワクしている。
「あ、雪くん」
「何ですか?いま、須藤に打つ文章を考えてるので――」
「今日は金曜日。明日はお休みだよ。次に学校に来るのは月曜日」
動きが止まる。先輩の言葉を確かめるように、メッセージアプリを一度閉じてからカレンダーを表示させる。今日の日付の所に目を移動させると金曜日となっていた。明日休みだと今朝まで思っていたはずなのに須藤からの返答によって全て塗り替えられてしまっていた。
須藤にメッセージを送る前に気付かせてくれた先輩は名サポートをしてくれたと言えるだろう。もし明日の放課後と送っていたらそこを突っ込まれてバカなやつと思われてしまっていたかもしれない。直接会って話す前に印象を下げてしまうことは避けておきたい。
『月曜日の放課後3階にある空き教室で話そう』
『音楽室のところ?』
『そこであってる』
『分かった』
『よろしくお願いします』
やり取りとしては簡単だがお互い雑談するつもりはないようで、僕の返信を最後に須藤からの連絡が来ることはなかった。1つ大仕事をやりきった気分でスマホを机においてから大きく伸びをする。
「おつかれ雪くん。ひとりでもできたじゃん」
「僕もやれば出来るんですよ」
「急に調子に乗るね」
この場に先輩がいるっていう安心感もあったかもしれない。自分ひとりしかいない空間、自分の部屋で須藤と連絡を取り合っていたら悲惨なことになっていた可能性もある。いざとなれば無理やりにでも先輩を巻き込むことが出来るという甘えが僕に行動を起こす勇気を与えてくれたのだ。
「よかったですよ。須藤から噂の話が聞けそうで」
「もしかしたら須藤さんも誰かに話したかったのかも」
「誰かに?」
「ほら、クラスでひとりなわけじゃない?私の想像でしか無いけど須藤さんがひとりになったのって柊さんと喧嘩した後からなんじゃないかなって」
「可能性はありますね」
「その現状をどうにかしたいのかもってこと」
柊はと須藤はおまじないの件で喧嘩したと言っていた。その前から須藤がひとりだったという可能性もあるが、柊の性格から考えて友達がひとりぼっちでいるのを良しとはしないだろう。態々下駄箱で困っている僕に声をかけてくるお人好しが友達を放っておくとは考えにくい。
須藤の口から柊の話を聞いたことは一度もないが、柊の口からは須藤のことを聞いている。被害者とも言える柊が須藤のことを嫌っていないことを須藤本人に伝えれば、消しゴムの噂についても詳しく知ることができるかもしれない。僕たちとしても現状を打破して噂の真相を知りたいのだ。
「良い推理ですね。僕と一緒に名探偵を目指します?」
「いい案だねワトソン君」
「僕が助手なんですか」
巫山戯ながらかけてもいないメガネをあげるふりをする先輩。先に始めたのは僕だが乗ってきてくれるとは思わなかったし、先輩がシャーロック・ホームズを知っているのも驚きだった。
僕も詳しくは知らないがワトソンはシャーロック・ホームズのシリーズに出てくるホームズの助手だった気がする。ワトソン君、ワトソン君とこき使われているイメージがある。先輩が気になっていることを調べている僕は助手とも言えるのだが、表立って推理をするとすればそれも僕なのでワトソン君とホームズの二刀流になってしまう。それだと推理をする先輩は安楽椅子探偵とでも言えばいいのだろうか。
おふざけをしていた筈の空気が少しだけ重くなる。その空気の元は先輩の表情で、笑っているのはいつも通りなのだが切なそうな目で僕を見ている。ふわふわと浮かびながら僕の方へ近寄ると触れられない手を僕の頬へと添える。
「ううん。ワトソン君はホームズの友人でホームズの雄姿を後世に伝える役割もあるの」
「友人……」
「私と雪くんは友人。もしも私が居なくなった後に幽霊の私を覚えていてくれるのは雪くんだけだから」
「先輩は……」
「何?」
「消えたいんですか?」
内心は複雑だ。先輩の言葉を聞いて複雑に絡み合った心の糸は解けることはなく、さらに強固に絡まりあっていく。冗談を言い合っていたはずなのに、考えさせるような言葉を言ってくる。楽しく過ごせている今は先輩が消えることなど考えたくない。先輩に消えてほしいなんて僕は決して思わないが先輩はいつか消えてしまうのかもしれない。
「ふふっ。少しだけね。死んでも生き続けるのって少しずるじゃない。なんで幽霊になってるのかも謎だし」
先輩は自分が消えてしまうことを分かっているかのような口ぶりで語りかける。それを否定することも肯定することも僕には出来ない。幽霊として存在していること自体が異常なことで続く保証なんてないのだ。謎が解かれて先輩が消えてしまう時、僕は先輩にとってのワトソンになれるのだろうか。




