19
「それで何を悩んでたの?」
空き教室に着いて、須藤からの手紙を再度開く。ポケットに入れたため折り目は増えていたが元の状態は保ったまま。
書かれている謝罪文などどうでも良く、須藤のIDだけが嫌に目に入る。このIDは噂について教えてほしいと言ったことに対する返答だとは思うが、あまりにも無機質な返事に頭を抱える。僕から提案したことに対して須藤が解を提示してくれた。つまり、その後に僕から行動を起こさなければならないお膳立ては整ってしまったのだ。
「笑わないで聞いてください」
「あ、またしょうもないことだ」
「……それはそうなんですけどはっきりと言われるとムカつきますね」
「なんでも聞いてあげるから話して。私相手なんだから小さいことは気にしないで大胆にいこうよ」
またと言われるほど先輩にしょうもない話をしているだろうか。結構弱い部分を見せたり弱音を吐いている自覚はあるが僕にとっては大事なことだ。同時にそれが第三者にとって小さい問題だということも分かっている。格好悪いところを何度も見せているので今更小さいことを伝えてもそれで先輩の中にある僕の評価が変わることがないのかもしれない。
「じゃ、話しますけど」
「どんとこい」
「女子の連絡先、初めてなんですよね」
「うんうん。それで?」
「それだけですけど」
「それだけ?」
「はい」
僕にとっては結構大きな問題だ。スマホに入っているメッセージアプリには母親の連絡先と頻繁に行くお店の公式ページくらいしか入っていない。男子なら大森は入っているが学校に来れば必ずと言っていいほど顔を合わせ、何かあるのなら学校で会話をすればいいので一度も連絡を取ったことがない。母親も僕とは生活時間帯がズレているので重要なこと以外は連絡を取ることがなく、メッセージアプリそのもの使う機会が少ない。
そんな僕がいきなり女子と連絡先を交換したからといってどのようにメッセージを送ればいいのか分からない。折角須藤との関係性がゼロに戻ったのに余計な一言で怒らせて仕舞ったらと思うとメッセージのやり取りが面倒に思えてくる。
「雪くんってビビリって言うよりもヘタレだよね」
「うっ……。反論のしようがないほどの的確な表現ですね」
「流石にそれはないと思うよ。須藤さんも雪くんと連絡取りたいからIDを書いたんでしょ?それなら連絡を取るってことが流れだと思う」
「なんて送ればいいですか?」
「あのね、私がいないと何も出来ない子になったら困るって。自分で考えてから聞きなさい」
腰に手を当てて僕を叱るように諭す様は先輩というよりも母親のように見える。先輩に甘え過ぎている自覚はあるが、女子のことは同じ女子である先輩に聞いたほうが波風立たないと思うのは間違っていないはずだ。先輩に頼り切ることは出来なそうだがサポートはしてほしい。
「分かりました。えっと」
スマホのメッセージアプリを立ち上げて須藤のIDを入力する。打ち終わると猫のアイコンと共に須藤燈というユーザーが僕の連絡先に登録された。慌てて僕は自分のプロフィールを確認しにいくと名前の部分が下の名前だけになっていたので名字も入れて誰か分かるようにする。アイコンは月の写真だが夜月だし分かりやすいだろう。
「まず自分の名前を入れて送ります」
「そんなに短くていいの?」
「メッセージアプリはメールと違って細かく会話するみたいに文章を送りあうものなんですよ」
「使ったこと殆どないのに……」
「聞こえてますよ」
先輩の呟きすらも僕には聞こえるのだ。敢えて聞こえるように喋ってくれているのは分かりきっているが。
自分の名前を送った後の文章を何にするか考えないといけない。今日はお日柄も良くと始めようにも生憎の雨。この文頭は1週間は使えないだろう。そもそも同級生と話すのに堅苦し過ぎるだろう。直ぐに噂のことを聞くのは噂だけに興味が合って須藤のことをどうでもいいと思われたらどうしようか。
そんな事を考えてスマホを持ったまま指が止まってしまう。名前を送信してからまだ十数秒しか経っていないのに須藤から既読の合図がつく。一旦何を打つか考えるのをやめて須藤からの返信が来るのを画面を見続けて待っていた。
『須藤です』
たった4文字の自己紹介に僕の精神は限界に近付いていた。既読が付いてから体に力が入り、スマホを握りしめる手に汗をかいていた。要はちゃんとやりとりが出来ているか緊張してしまったのだ。
画面を見続けているということは須藤には僕の既読が伝わっているということ。早く返答をしなければ既読スルーをしていると勘違いされてしまう。
「先輩っ。何を、送ればいいですか」
「えー。自分で考えなよ」
「それどころじゃないんですよ。早くっ」
「雪くんは何に追われてるの?」
スマホから顔を上げ自由気ままに教室無いを飛んでいる先輩に助けを求める。刻一刻を争うのにのんきに鼻歌を歌っている。メールしか知らない先輩は既読スルーなんてものは知らないのだ。
「ああ。もう」
何でもいいから須藤に返答をして噂の話に続けようと画面を見ると、僕の返答を待たずして須藤からのメッセージが届いていた。
『噂のこと。教えてあげる。その代わり協力してほしい』
絵文字も何もない簡素な文だったが今の僕にはそれで充分だった。噂のことを須藤から直接聞けるのなら大きな進展だ。協力してほしいと書いてあるが内容を聞かないことには了承も出来ない。ただ、関係性のない僕に頼むことなどたかが知れているため殆ど迷うこと無く須藤に返信をする。
『分かった』
僕が送信をする速度と須藤から返信が来る速度が全く違う。考えてから文字を打っている僕に対して脊髄反射で返信を送っているのでは無いかと思えるほど須藤からの返信は早い。女子高生がスマホで文字を打つ速度は早く、残像が見えるほどと聞いたことがあるが強ち間違ってはいないのかもしれない。
「先輩」
「何送るか考えた?雪くんもやれば出来るんだから最初からやればいいのよ」
「須藤から噂を教えてくれるって連絡きました。その代わりに何か協力してほしいそうです」
「え、もうそこまで行ったの?雪くんやるじゃん」




