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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 僕が下駄箱につくと既に先輩は靴箱の前で待っていた。壁を通り抜けられる先輩は天井も廊下もお構い無しで通り抜けることができる。空き教室から真下に通り抜けていけばすぐに下駄箱にたどり着くことが出来るのだ。

 僕といる時は律儀に移動してくれているが本気を出せば先輩に追いつけるわけがない。


「速すぎですよ」


「雪くんが遅いんだよ」


「いや、それだけは絶対にないです」


 真下に移動できる存在に勝てるわけがない。今日はやけにはしゃいでいるが巻き込まれる側としたらたまったものじゃない。

 

「それでなんでそんなに急いでたんですか?」


「雪くんが渋るから発破を掛けようかと思って」


「急いだところで何も変わらないですよ」


 下駄箱まで歩いて来るのと走ってくるのでは数分しか変わらない。わずかな時間で何かが変わるようなことは無い。切羽詰まっている状況ならまだしも、今の僕たちは暗中模索状態であり急ぐ意味など何もないのだ。


「謎の解明が早くなるかもよ?」


「なりませんって」


 消しゴムの謎よりもまずは須藤の誤解を解かなければ話は始まらない。

 ここまで来てしまった以上、先輩を諦めさせるためにも下駄箱の中を覗いてから戻ることにする。中を見たところで僕が履いて来た靴以外のものがあるとは思えない。 

 靴箱に手を掛けて立て付けの悪い窓を開けるように乱雑に開く。いきなり入り込んだ空気で押し出されるように1枚の紙がひらりと舞い落ちた。落ちていく紙をじっと見ながら足元に落ちたのを確認した後、顔を上げて先輩の顔を見る。不意に目が合ったが先輩も驚いた顔をしていた。


「知ってたんですか?」


「知るわけないって。ずっと雪くんと一緒にいたんだから」


「おかしいでしょ。必死になって下駄箱に連れてこられたと思ったら紙が入ってましたなんて。知らなかったらそんな行動起こしませんよ」


「本当に知らなかったんだってば。雪くんが落ち込んでるから校内探索でもして体を動かしてもらおうとしてただけで」


「ま、なんでも良いですけど」


 先輩が怪しく見えてしまうのはさておき、手紙という程しっかりとしたものではない二つ折りにされたルーズリーフを拾う。差出人が違う可能性も僅かにあるが十中八九須藤からの手紙だろう。

 中身を見てみると案の定須藤からの手紙だった。僕の字とは違う丸みを帯びた文字で子供っぽく思う。須藤がいつこの手紙を入れたのか分からないが、僕が気づかない内に行動を終えていたのだ。下校時間よりもだいぶ早い段階で見つけることが出来たお陰で、空き教室に行って作戦会議をすることが出来る点では先輩の突飛な行動に感謝してもいいだろう。

 

「やっぱり須藤さんからの手紙だね」


「それ以外だったらびっくりしますよ」


「そうだとしたら入れる場所間違えてる可能性が高くなる……か」


「僕にラブレターは来ませんから」


「拗ねないでよ」


「拗ねてませんって」


 先輩も横から手紙をのぞき込む。内容としてはシンプルで僕の謝罪を受け入れた旨と須藤も怒鳴ってしまったことに対しての謝罪が書かれていた。そして最後にはアルファベットの羅列。


「最後のやつって暗号?そんなに長くないけど」


「暗号って何ですか。ただの謝罪文に対する返信に暗号を使う高校生なんて聞いたことないです」


「本の中だといるけどなあ。高校生探偵みたいな」


 それは本の中であってフィクションの話だ。この世界中を探したとしても友人とのじゃれ合いや確固たる目的以外で暗号を使うような高校生は居ないだろう。暗号は第三者に知られたくない情報を伝えるために用いる手段であり、双方に関わりがないと成り立たない。謝罪し合っている僕と須藤の関係性は暗号よりも難解なのだ。


「これIDですよ」


「IDってなんの?」


「メッセージアプリです」


「メールアドレスってこと?」


「いや、まあ、そんなとこです」


 5年前に亡くなっている先輩にはメッセージアプリというものがピンときていないらしい。学校を彷徨う過程で生徒たちがスマホで連絡を取り合っているのは知っていると思うが、メールとメッセージアプリの違いがよくわかっていないようだ。5年前ならあったはずの機能だが入院していたと言っていたし、スマホ自体にあまり触れていなかったのかもしれない。


「でも困りました」


「なにが?そこに連絡すれば良いんじゃないの?」


「うーん。取り敢えず空き教室に戻りましょう」


 僕の考えている問題点はたったひとつ。紙に書かれたメッセージアプリのIDを何度も読み返してしまう。ただのアルファベットの羅列でしかない文字に思考を巡らせてしまうのだ。


「それはいいけど」


「空き教室についたら話しますよ。ここで長々と話して他の生徒が来たら困りますし」


「勿体ぶるじゃん」


「そういう性格なので」


 手に持った紙を折りたたんで制服のポケットに仕舞う。空き教室のある3階へ向かう道中では常に先輩は僕の近くを飛んでいて、空き教室までのショートカットを利用することはなかった。


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