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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「そんなに落ち込むことないんじゃない?」


 放課後に空き教室の机に突っ伏している僕。朝、教室に入る時には決意を固めて今か今かと須藤からの反応を待っていた。昼休みに教室を出てから戻ってくるまでの間に何かあるかとも思ったが、机の中を探しても何もなく須藤から直接話しかけられることもなかった。そして帰りのホームルームが終わった後、教室に生徒がいなくなるまで待とうと考えていたのだが須藤は足早に教室から出て下校してしまった。

 段々と漲っていたやる気が右肩下がりに下がっていたのだが、須藤の下校を最後にやる気がなくなってしまった。


 須藤からの返答がない限り僕たちに打つ手はない。柊に話を聞くにしても、柊は被害者とも言える。占いに関して踊らされているだけなので聞いても情報が得られるとは思わない。噂を語った須藤しか分からないことを僕たちは知りたいのだ。何回も空振りに終わってしまった事で精神的疲労から机に突っ伏しているのだ。


「落ち込みますよ……」


「ほら、須藤さんも返答の方法考えてるんじゃないかな?」


「そんなことあります?」


「直接言うべきか同じように手紙を書くべきか迷ってるかも」


「そうなんですかね」


「これなら手紙に放課後は空き教室に居ますって書いたほうが良かったかもね」


「なんで今更そんなこと言うんですか。書いてる時に言ってください」


「今思いついたから仕方ないよ」


 首だけを横に向けて窓の外を見る。昨日も見た景色と全く同じで薄暗い空の色と降りしきる雨。梅雨はこれだから嫌なのだ。僕のどんよりした心を晴らす為の一助にもなってはくれない。

 窓の外を見ている僕の視界を塞ぐように先輩が現れた。突っ伏している僕からは先輩の腹部しか見えない。突っ伏していた顔を上げて横にいる先輩を見ると手を伸ばして僕の頭の上を行ったり来たりしていた。


「寝癖とかついてました?」


 放課後になってまで寝癖がついていたとしたら、今日一日寝癖のまま過ごしていた事になる。そうだとしたら大森が指摘してきそうだが。


「違うよっ」


 何時もより少しだけ大きな声で突っ込んでくる。


「それじゃ何してるんですか?」


「頭を撫でてるんだよ。触れないけど」


「なんで?」


 頭を撫でられるようなことをした覚えはない。僕からは撫でている先輩の手は見えないが手を大きく動かしすぎて頭が大きい人みたいになっている。頭を撫でられた経験自体物心がつく前なので感触も残っていない。先輩が僕に触れることは出来ないので本当に撫でているのかどうかを判断す術がない。


「落ち込んでるみたいだったから」


「どうして頭を撫でることになるんです」


「雪くんは頑張ってて偉いぞって思ってね。朝はあんなこと言っちゃったけど人と関わるのが苦手なのに結構頑張って色々やってくれてるからさ」


「それは」


「もしかして私のためかな?雪くんは興味ないって言ってたし」


「ま、まあ多少は?先輩のためになってるかもしれませんけど、僕も気になってるので。須藤と柊のことを聞いてしまった手前、気にならないのは無理ですし」


 図星を言い当てられ声が上ずりながらも必死に否定してしまった。こんな言い方では否定する言葉とは裏腹に、先輩の言うことを肯定しているようなものだった。

 元々優しさを感じる人だったが行動を起こしてきたのは初めてだった。触れられないのを分かっているのに慰めるような行動を取って来ることは今まで一度もなかった。先輩との信頼度が上がった結果なのだとしたらとても嬉しい。


「雪くんはやっぱりかわいいね」


「そんな顔で見ないでくださいよ」


「どんな顔?」


「愛玩動物を見るような顔してますよ」


「撫でられてるし似たようなものじゃないかな?」


「触れてないですけど」


「もし触れたら今ごろ髪の毛をわしゃわしゃしてるかもね」


 それじゃ本当に大型犬を可愛がる飼い主のようだ。僕は大型犬でもなければペットでもないし先輩も飼い主という柄ではない。高校生男子に対してかわいいという言葉は褒め言葉にはならない。かっこいいと言われるほど容姿が整っている自信はないがかわいいと言われてしまっても困るだけだ。


「やっぱり落ち込みますね。勉強やるぞって意気込んだのに教材が無かった時みたいな感じです」


「それは私も分かる。掃除しようとした瞬間に親から掃除しなさいって言われるようなものだよね」


「全然違いますよ」


 確かに先輩の言うことが起これば一気にやる気が下がる。親というものはタイミングを見計らったかのようにやる気を削ぐ言葉をかけるセンスが一流なのだ。掃除だけではなく勉強のタイミングも。風船に小さな穴が空いて空気が漏れ出るようにやる気が徐々に無くなってしまうのだ。須藤の件は風船に見向きもされずに萎んでしまっただけだが。


「もしかしたら靴箱に入ってるかもしれないよ」


「そんなことあります?」


「だって靴箱1回も確認してないでしょ?」


「そりゃ雨で外に出ることもないですし、校内にいるのに態々下駄箱に用事なんてありません」


 晴れの日でも外に出るのは体育の授業だけなので登下校用の靴は使わない。つまり登下校以外で靴箱使うことはないのだ。そもそも1階の下駄箱を使うことはない。2階は1年の教室があり、3階は授業用の教室、その上の階は上級生の教室という変な階層分けをされている学校において1階は職員室や保健室などしか無いため用がなければ通ることすらない。

 逆に言うと日中は生徒の人通りが少なく、隠れて何かをするにはもってこいの場所とも言える。


「だからこそ見てみる価値はあるんじゃないかな」


「須藤が僕の靴箱の位置知ってると思います?」


 須藤が僕の靴箱を知っているとは考えにくい。僕も須藤の靴箱の位置を知らなかったのだ。顔見知り程度で印象が良くないはずの僕の靴箱を須藤が知っているわけがない。


「あーもう。取り敢えず行くよ。雪くんも付いてきて。雪くんが居ないと何も出来ないんだから」


 渋っている僕に痺れを切らしたのか先輩は教室を飛び出していく。慌てて僕も教室の外へ向かって先輩の後を追うが今日の先輩は少し違和感を感じる。悪い違和感ではないのだが何時もよりアクティブというか、自分から動いているように思える。

 動くような発言はしていたが、最終的には僕が動いて後ろから付いてくることが多かったのに今日は触れないなりにスキンシップを取ってきたり感情を出してきたりと今まで見たことのない先輩の姿を見ている。


 今は先輩の後を追って下駄箱へと向かうことが先決だ。空き教室で時間を潰していたため何時もよりも早い時間だが人通りは少なく生徒の気配もしなかった。


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