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1週間の最後の日は土曜日なのだが、学生からすれば1週間の最後は金曜日に感じるだろう。かく言う僕も金曜日は不思議な高揚感に包まれている。次の日が休みということで普段よりも遅くまで起きていられるし、遅くまで寝ていても問題はない。何か予定があるわけではないが休みというだけでうれしくなるのだ。
ただ今日の僕はそれだけではなく、昨日下駄箱に入れた手紙の事を考えてソワソワしている。ラブレターではないが誰かに手紙を書いたのは初めてで読まれているのかが昨日の夜から気になってしまった。
登校すると廊下に先輩が立っており、僕を見つけると大きく手を振って来た。それに反応する事は出来ないが、先輩の方へと近寄り空き教室へと向かうことにした。朝から空き教室に向かうことは余り無いのだが先輩が下駄箱で待ち構えていることも少ないため何か話があるのだろう。
3階は授業用の階層となっており、授業が始まる前の時間には誰もいない。先輩と話すにはもってこいの場所なのだ。
「それで朝からどうしたんですか?」
「須藤さんが雪くんよりも先に来てたよ」
「手紙受け取ってもらえましたかね」
「周りに人がいない時間に来てたからね。ちゃんと手紙読んでたよ」
ひとつ目の関門は突破したと考えていいだろう。宛名が僕だと気付いた瞬間破り捨てられる可能性も零では無かったので読んでくれるだけ嬉しかった。あとは須藤からどのようなレスポンスが返ってくるかだが、それは分からない。直接話しかけてくる可能性もあるし、返答が返ってこない可能性もある。こればかりはどうしょうもないのでただ待つだけだろう。
「何かしら返ってきますかね?」
「須藤さんの性格も知らないから分からないね」
「ですよね。昨日は家に帰ってから疲れが急に来ましたよ」
「慣れないことをするとどうしてもね」
手紙を書くだけでも慣れないことをしたのにその後に柊と須藤の身内話を聞く羽目になった。赤の他人のことだが聞いてしまった以上、忘れることなんて出来ず家に帰ってから必要以上に考えてしまった。縁結びと縁切りの消しゴムの噂、須藤と柊の関係性。全く繋がっていないようで繋がっている情報を整理しながら考えていると謎を解明する探偵になった気分だ。
「そう言えば昨日は助かりました。先輩のおかげでなんとか柊と話せましたし」
「なにかあったっけ」
本当に何も覚えていないような様子で呟かれてしまった。時間も無いため態々椅子に座ることもせず立って話す僕といつも通り何処かに留まるわけでもなくふわふわと動き回っている先輩。どういう原理でその動きが出来ているのか不思議でならないが幽霊という存在だからという一言で片付けてしまうことが出来る。
昨日起こったことを自分から説明するのは不甲斐ない自分を思い出すことにもなって心苦しい。施しをされたら感謝をするというのも母親からの教えなのでお礼だけはしっかりと言いたい。
「ほら、僕が少しだけパニックなってしまった時に声をかけてくれたでしょ」
「思い出した。そうだね。雪くんがアワアワしてたから助けてあげなきゃって。私に出来ることは声を掛ける事くらいしか出来なかったけど」
始めて須藤と話した時に動揺していた先輩が、昨日は嘘のように頼もしく見えた。何故最初は動揺していたのか不思議だが先輩自身も調子に乗っていたと言っていたので急に起こった出来事に対して精神が追いつかなかったのだろう。
先輩にとっては単純な事なのかもしれないが、あの場に僕だけじゃなくて味方がいると認識させてくれた事が助かったのだ。
「それだけのことで冷静さを取り戻せました。後気づいたんですけど」
「なに?」
「僕って人の顔を見て話すのが苦手みたいです」
柊と話している時に先輩が顔を隠すとそれまでが嘘のように話しやすくなった。自分なりに考えてみたが、相手の顔色を伺って話してしまうため一挙手一投足が気になり口籠ってしまうのではないか。今後のことを考えると直したほうが良いのだが徐々に慣らしていくしかない。
「昨日初めて気付いたんですよ。何だかんだ人と話すときって顔を見て話すじゃないですか」
「そういう人ばかりじゃないけどね。雪くんは意外とその辺しっかりしてる」
「人の目を見て話すって昔から言われてますし当たり前のことじゃないんですか?」
「案外当たり前の事をするって難しいんだよ」
「先輩にとっての当たり前も僕にとっては難しいんです。それこそ昨日僕を助けてくれたのも当たり前だと思ってるみたいですが」
小学校の時に先生から何度も注意された。その度に下を向いて喋るのをやめて相手の目を見て話すようになった。思い返せばその頃から人と話すのが段々と苦手になっていったように思える。
「よく分からないや。でも昨日は何だかんだ話せてたじゃん」
「先輩が柊の顔を隠してくれたので冷静になることが出来ました。ベストサポートでしたよ」
「何とか先輩として名誉挽回出来たみたいで良かったよ」




