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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「雪くん」


 柊の後ろにいる先輩を見ると手を使って柊の顔を隠していた。僕からは柊の顔が見えなくなったが、先輩の姿が見えていない柊からは僕の姿が見えているのだろう。

 相手の顔が見えなくなったという単純な事だが、視界がクリアになっていくのが分かる。僅かな間に2回もパニックに陥って、その度に先輩に助けてもらった。この恩はいつか必ず返さなければならない。


「夜月?大丈夫?」


「大丈夫」


「話すの苦手って言ってたのに調子乗っちゃって……」


 柊もテンションが上がってしまっただけで根が悪い奴では無いのだろう。僕の反応を見てからすぐに落ち着きを取り戻して心配までしてくれている。身長が僕より高いからなのか同級生よりも先輩の雰囲気を感じられる。


「えっと、この手紙は友達が須藤に渡してほしいって。それで須藤の靴の場所が分からなくて」


 先輩が須藤に手紙を渡したら良いと提案してくれたので大きな嘘は付いていない。嘘を付くと突っつかれた時にボロが出てしまい勘違いが加速する可能性を考慮した上での判断だ。


「燈はここ」


 柊が僕の横をすり抜けて下駄箱の前に立つ。1つの靴箱の扉を開けてから僕を手招きした。歩いてその場所に行くと靴箱の中にはスリッパが入っており、須藤が既に下校した証拠がそこにある。


「ありがとう柊」


「どういたしまして」


 柊は須藤のことを名前で呼んでいるし、須藤も柊のことを名前で呼んでいる。2人の仲が悪かったのなら名字呼びをしそうなものなのだが互いのことをフランクに呼びあっている。


「そのラブレターって夜月が頼まれて入れてるんだよね」


「ラブレターかどうかは分からないけど」


「自分の口ではっきりと思いを伝えられない人。燈にはぴったりかも」


 性格が悪いと言っていたときと同じような棘のある言葉。友達同士で言う軽口とは違い、少しだけ声のトーンが下がった感情の出る言葉が僕の思考を狂わせる。2人の仲が良いのか悪いのか分からない。


「ひとつ聞いても良い?」


「燈のこと?」


「柊と須藤のこと。答えたくなかったら良いんだけど、2人って仲悪いの?」


 分からないのなら直接本人に聞いてしまえば良いのだ。今後付き合いがあるわけでもない相手ならこの場で険悪になってしまっても学校生活に問題はない。多少気まずい思いはするかも知れないが、興味のほうが勝ってしまった。


「仲悪いって言うより喧嘩しちゃって仲悪くなったって感じかな」


「そうなんだ」


「私はね、別に燈のこと嫌いってわけじゃない。でも向こうが私のことを嫌いみたいでさ」


「それは何ていうか」


 なんともコメントし辛い。柊がゆっくりと話してくれるおかげで先程までのパニックに陥ることはないが、別の意味で会話を続けるのが難しい。

 昔は仲が良かったが、仲違いをしてしまった人という可能性を考えていなかった。自分が経験したことのない事は想像することが難しいのだ。

 柊は須藤のことが嫌いではないが須藤が柊のことを嫌っているらしい。柊が須藤に対して悪口を言うのも須藤に対して不満があるからだとは思う。


「ほらおまじないってあるじゃん。消しゴムの噂」


「あるね」


 その件で須藤に話を聞こうとしていたのだが予想外のところから噂の話が上がった。僕達2人の会話を遠慮がちに聞いていた先輩も近くに寄ってきて聞き耳を立てている。


「燈がそれをやっててさ」


「うん」


「私の名前が書かれてたの」


「は?」


 須藤の消しゴムに柊の名前が書かれていたということは須藤が柊と縁を切りたかったということ。それも柊本人にバレること無く。それがなされる前に柊本人に知られてしまって仲が険悪になったのだ。


「わざと見たわけじゃないの。本当に偶然。消しゴム拾っただけ」


「それで?」


「なんでかな?って思ってさ。それで聞いたら縁切りの意味があるって直接言われちゃって」


「須藤が……」


「変なおまじないに頼らないで悪いところがあるなら直接言ってくれればいいのに。燈の言うことが嘘だと思って、大森くんに聞いたら縁切りの話を聞いたことがあるって言ってて」


 須藤には須藤なりに考えがあったのだろう。それでもおまじないがバレてしまっては険悪になってしまうことくらい想像に難くない。現にバレてしまったことで2人の仲は拗れてしまい、須藤はひとりで過ごすことになっている。

 開いている下駄箱に手紙を入れてその扉を閉めた。これ以上は話す方も聞く方も得をしない。


「柊は消しゴムの話詳しいの?」


「えっ、あー。私も女子だからね。そういうおまじないに頼りたくなることはあるよ」


「そっか。変な話聞いてごめん」


「こっちこそいきなり重い話してごめん。今更だけど燈も悪い子じゃないの。仲悪くなったけど良かった時だって確かにあったしその事実は決して消えない」


「わかってる。柊から聞いた話で先入観を持たないように気をつけるよ」


「ありがと。それじゃ私は帰るね」


「それじゃ」


「また明日」


 自分の靴箱から靴を取り出して去っていく柊。きちんと自分の傘を持ってきていたようで、段々と雨の中に柊の姿が溶けていく。


「なかなか難儀だね」


「先輩もそう思いますか?」


 一緒になって話を聞いていた先輩も渋い顔をしている。噂の正体について聞こうとしていただけなのに、女子同士の変な関係性を知ってしまった。それをどうにかできるとも思わないが2人を見る度に妙な勘ぐりをしてしまいそうで嫌になる。

 須藤もそんな陰湿な方法を取らなくても良かったはずなのにおまじないに頼るのはバレないように縁を切りたかった理由があるのだろう。少しだけでも首を突っ込んでしまった以上、とても気になるのだが確認する手段はない。他校の人でも縁切りの噂を聞いて、誰も知らない学校で実践していたのかもしれない。手紙の最後にも書いたが須藤がおまじないのことを教えてくれることを願うばかりだ。

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