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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 僕が陥っている状況は流石に見通しが甘かったと言わざるをえない。意気揚々と空き教室を飛び出して、誰にもバレないように迅速な行動を行うつもりだった。須藤の靴箱に手紙を入れてから帰るだけと軽く考えていたのだ。


「うーん。確かこの辺だったはずだけど……わからん」


 下駄箱には生徒の名前が書いていない。プライバシー保護的なものかも知れないが僕にとっては都合が悪い。須藤が昨日このあたりから靴を取り出したことは覚えているのだが、何処が須藤の靴箱なのか分からない。一つ一つ手当たり次第に開けようにも須藤の靴なんて分からないし、その間に人が来てしまったら不審がられてしまう。


「困りましたね」


「誰かに聞くわけにもいかないしね」


「それこそラブレターを入れると勘違いされそうです。男子が女子の靴箱の場所を聞くなんてそれくらいしか理由がありませんし」


 帰りのホームルームが終わった時間と完全下校時間の中間である今の時間帯は人通りが全くない。悠長に下駄箱で悩んでいる時間も無いためどうにか策を講じなければならない。

 今取れる手段は何もない。明日の朝早く来て須藤が登校するのを待つのも一手だが、朝の時間は登校する生徒で溢れかえっているため目立つことは避けたい。ひとりでいる須藤に付きまとっていたらストーカーと勘違いされてしまうかも知れない。先輩に須藤の後を追ってもらうにしても明日以降の行動になってしまう。


「打つ手なしかな?」


「今日はなさそうですね。明日になれば先輩が須藤の後を追って靴箱の場所を確認してもらうことも出来ますし」


「もう机の中に入れておいたら?今の時間なら教室に誰もいないんじゃない?」


「須藤がどうかは分かりませんが案外机の中って見ないんですよ。教科書とかをきちんと持ち帰っている生徒なら尚更」


「そうなの?私は全部机の中に置きっぱなしだったから」


「やっぱり確実に見てもらえるのは下駄箱に入れておく方法ですね」


「じゃあ私が須藤さんの靴箱確認して雪くんに伝えるって流れで大丈夫?」


「それでお願いします。先輩なら朝の時間でも確認できると思いますし」


 そうと決まれば今日できることは何もない。雨が収まる素振りは見せないのでいつ帰っても多少ぬれる覚悟はしなければならない。

 盗まれるのが嫌なので僕は折りたたみ傘を常備している。開く時は良いのだがしまう時が少し面倒なので小雨程度では使わないのだが本降りの雨では折りたたみ傘が生命線となる。小ぶりなサイズだが無いよりはマシだ。


「この雨だと書いた手紙濡れちゃわない?」


「大丈夫じゃないですか?これが濡れるくらいの雨なら他の物も濡れちゃうと思いますし」


「万が一だよ」


「別に濡れたら濡れたで書き直せばいいだけですし」


「折角の手紙をぞんざいに扱うのは嫌」


 手に持っている手紙へと先輩は手を伸ばす。触れることも出来ずにその手は通り抜けるだけ。普段から壁を通り抜けたりしている先輩なら手紙に触れられないことは分かっているはずなのに。


「面倒ですけど空き教室に戻って置いておきますか?」


「じゃあ私がずっと見張っておくよ」


 触れることの出来ない先輩は何かがあってもどうすることも出来ない。誰かがあの空き教室を荒らしていたとしてもそれを見ているだけで止めることも制止の声をかけることも。開きかけた口をグッと噤んで空き教室に向かおうと廊下へ出た。


「おっ夜月くんじゃん。最近よく会うね」


「……柊さん。昨日と今日で2回目だよ」


「同じクラスだし2回どころじゃないけど」


 廊下に出ると柊が丁度下駄箱に来るところだった。昨日もこのくらいの時間に柊と遭遇することを考えておくべきだった。僕が先輩と話していた事が聞かれていないと嬉しいが、いざとなれば独り言を喋っていたと誤魔化す必要がある。

 教室にいることから同じクラスだということは今日わかったが、だからといって話すのは2回目で知り合いとも言えない仲だ。遭遇したからといって世間話に花を咲かせるほどではない。適当に挨拶をしてこの場から立ち去るつもりだ。


「でも夜月くんからしたら2回目かも」


「どういう意味?」


「だって昨日まで私のこと知らなかったでしょ」


 柊は僕の目をじっと見つめている。耐えきれなくて目をそらすが額から変な汗が流れてくる感覚に襲われる。入学してから2カ月も経つのにクラスメイトの顔も覚えていない事に怒っているのだろうか。話すことがなかったとは言え顔も知らないのは失礼かも知れない。そもそも柊は怒っているのかも分からないが頭がパニックになって思考が上手くまとまらない。


「雪くん、正直に答えていいと思うよ」


 湯だった動揺を鎮めるのは流水のような先輩の声。パニックになった頭のすき間を流れるように先輩の言葉が脳に絡みつく。その御蔭で段々と冷静になって柊のほうをもう一度見ると怒っているような表情ではなく、先輩が僕の事を誂うような笑みを浮かべていた。


「そんなに動揺しなくてもいいのに」


「ごめん。人と話すのが苦手で」


「そ。なら私もお巫山戯が過ぎたかも。別に気にしてないよ。話したこともなかったからね」


「そっちの方もごめん。クラスメイトの名前と顔くらい覚えておくべきだったかも」


「謝りすぎ」


 相手のペースにのみ込まれてしまうと自分を守るためか謝罪の言葉から会話を始めてしまう。それこそ自分が悪いと思っていないのに頭で考える前に口が勝手に動いてしまうのだ。先輩と話す時はこんなことにはならないのに、咄嗟の会話では僕の口が言うことを聞いてくれない。


「その手に持ってるのって」


「え、ああ、これは須藤に」


 そこまで口に出してから自分の犯したミスに気づいたのだが、口から出た言葉は柊の耳にしっかりと届いてしまったようだ。誂うような笑みがさらに強くなり、にこにこと笑いながら僕の背中を叩いてくる。ノリが体育会系みたいで少し苦手になりそうだ。


「なに?燈にラブレター?昨日あんなこと言ってたのに?」


「いや、ちが」


「夜月も意外とやるね」


 僕の言葉など一切聞かず、矢継ぎ早に話す柊の声が段々と遠くなっていく気がする。勘違いをされているのに否定の言葉を言う前に相手が言葉を被せてくる。こちらの言い分も聞かず、自分の考えが正しいかのように話を進める柊に対して沸々と怒りが湧いてくるがそれを表に出すことも出来ない。

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