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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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「それでなんでしたっけ。僕の字が綺麗とか言ってました?」


「うん。雪くんの字が綺麗だなって」


 小さい頃は習字をやらされていた。これに関してはやりたく無かったのだが母親から言われて2年間くらいやっていたのだ。墨汁によって手は汚れるし筆を洗うのも面倒だしで良いことはなかったが、小さい時に字の書き方をしっかりと学んだおかげか自分でも他の人に比べたら整った字を書いている自覚がある。

 何故あの時習字を習わされたのか母親に聞いたことはないが幼い頃の経験が今に生きているのは努力が無駄にならなかったことの証明になっている。先輩に褒められたのも昔の僕のおかげだ。


「授業中に板書している時に見てるでしょ」


「まあね」


「なら今更じゃないですか。普段僕の事を見てもそんなこと言わないのに」


 授業中は暇なのか僕の付近を浮かんだり、クラスの中を飛び回ったりしている先輩は板書ミスなどを指摘してくることもある。気が散るのでやめてほしいが最近では先輩の行動に慣れてきてしまっている。ただ、クラスの中を飛び回ったり、他の人のノートを盗み見たりしているのは視界の端で動き回る先輩が気になって授業の内容が入ってこない。まずいと思い、今は板書だけはしっかりと行ってあとから復習出来るようにはしている。夏休みに入る前にはテストもあるため気を抜くことが出来ない。

 勉強に関しては先輩に聞いても無駄だということが分かっている。高校生で亡くなった先輩は高校の勉強を殆しておらず、理系の問題に関しては一学期の簡単な問題ですら分からなかった。文系の問題も小説や漢字に関することは分かるのだがテストの範囲となると役に立たなかったので先輩を使ったカンニングなどは出来ない。

 だからこそ先輩が見ていても板書だけは丁寧に書き写しており、その光景を何度も見たことがあるはずだ。字を褒めるのは今さらに感じてしまう。


「普段の字は見てるよ。普段の雪くんの字は無機質っていうか素人が風景を写真で撮ってるのと同じ感じ」


「今だって同じ字をしてる筈ですよ」


「何となく違うの。同じ景色でも風景画を描くのと写真を撮ることで見えるものが違う、みたいな?」


「よく分かりません」


「私も言ってて分からなくなってきた。同じ字のはずなのに誰かに対して思いを伝えようとする字だから違うのかも」


 今は須藤に対して僕の思いを伝えるように手紙を書いている。それは謝罪というよりも須藤の勘違いを正したいという自己満足な思いだが、須藤の存在なくしてこの手紙は出来上がらない。須藤のことを思って手紙を書いていると言っても過言ではない。

 誰かに対して感情を乗せて書く文字が違うと先輩は言うが僕には違いが分からない。何時もよりも丁寧に文字を書いているが先輩が言うほどだろうか。


「先輩が言うならそうなのかも知れませんね」


「適当だなあ」


 封筒などは持っておらず、手紙を書いたルーズリーフを二つ折りにして下駄箱に入れておくことにした。朝学校に来て下駄箱に入れておくのは他の人に入れているところをみられるリスクが大きい。靴も貴重品という考えなのか、下駄箱には一人一人扉がつけられており、本人以外が中を確認することはまず無いだろう。鍵がついているわけではないため靴箱を間違えた場合はその限りではない。

 何時も人が居ない時間を見極めて下校をしている僕にとっては須藤の下駄箱に手紙を入れることなど造作もないことだ。


「なんか味気ない手紙になったね」


「ラブレターじゃないんですから味気なくて良いんですよ」


「ラブレターとか見たことないから見てみたかったな」


「それを僕に求めるのは酷ですよ。ラブレターをあげる相手どころか友達も少ないんですから」


 今の時代ラブレターを渡す人がどれほどいるのだろう。SNSやメッセージアプリなどを使って告白することもあるようだし、古典的なラブレターという文化は無くなりつつあるのかも知れない。

 今回は須藤の連絡先を知らないため古典的な手段に出るしか無かったのだが、須藤の連絡先を知っていたらメッセージアプリを使っていたのかも知れない。母親くらいしか連絡先が入っておらず、ほこりをかぶっているアプリが日の目を見る時は何時になるのだろう。

 先輩が生きていれば連絡を取り合うことが出来たのかも知れないが、先輩が生きていたら僕と友達になっては居なかったかも知れない。皮肉なことだが先輩が亡くなって幽霊になって居たからこそ僕と先輩は出会えたのだ。


「友達が居ないとは言わないんだね」


「それは、まあ居ますよ。少しくらいは」


 先輩が居ますし、とは言わない。先輩はニヤニヤしているので多分僕の言いたいことには気付いているのだろうが絶対に口に出して言ってやらない。本人を直接前にして伝えるにしては恥ずかしすぎる。それこそラブレターを渡すときと同じくらいの感覚だ。


「雪くんはやっぱりかわいいね」


「知りませんよ」


「私もいい友達を持ったもんだ」


 僕が言えないのに先輩は何の躊躇いもなく友達という言葉を口にした。素直に感情を言葉にして伝えるのはとても難しいことのはずなのに先輩はいとも容易く壁を乗り越えてくる。

 元来の性格なのだろうか。元々の性格なのだとしたら僕にはどうしようも出来ない。僕の元々の性格から誰かと関わるのが苦手で会話もしてこなかった。相手に直接感情を伝えることは勿論苦手だ。だから相手から伝えられた時には照れてそっぽを向いてしまう癖が出来上がっており、今回も遺憾無くその癖が発揮されていた。


「ほら、照れてないでその手紙を出しに行こうよ」


「照れてないです」


「じゃあこっち向いてよ」


「もう下駄箱行くんですからそっち向く必要はありません」


「ふふっ。そうだね。それじゃ須藤さんに手紙を出しに行こうか」


 天が雨を落とし続け、陽の光など一切ない外の景色。夕焼けが出ていれば僕の頬の赤みを太陽のせいにも出来ただろう。言い訳の出来ない顔の熱さを先輩に見られてしまえば更にからかわれてしまうことが容易に想像できる。分かっていてやっているだろう先輩の方を振り向くことはせず、感情を身体で表すように少し大きな足音を立てながら空き教室を後にした。


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