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紫陽花がしがみつく頃に  作者: 人鳥迂回


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 放課後になっても雨が止むことはない。先程スマホの天気情報をみたがここから1週間は雨が続いて洗濯物を干せない日が続くらしい。コインランドリーや洗濯乾燥機が人間に対して反旗を翻したら人類が滅亡してしまう一週間が始まってしまった。

 雨の日には外でやる部活が中止になることを大森との会話で初めて知った。室内で何かをしているのかと思っていたが部活がなくなれば素早く帰宅するらしい。大森も帰りのホームルームが終わるやいなや友人たちと下校していった。

 大多数の人が教室から出ていくとクラスには数人が残っているだけになる。その中には須藤もいて、皆がいなくなるのを待っているようだった。僕が空き教室に向かうと先輩は何も言わずに後ろをついてくる。昨日までの先輩なら「今がチャンスだよ」と言って僕と須藤を会話させようとしていたかも知れないが昨日のことがあってから僕を無理やり行動させることに対して遠慮が見える。

 

「須藤にどうやって伝えましょうか」


 空き教室に来てルーズリーフを机に広げる。便箋なんていうおしゃれなものは学校に持ってきていない。家の中を探せば母親のものが見つかるかも知れないがラブレターを渡すわけでも無いのでルーズリーフで問題ないだろう。寧ろ、簡素なもののほうが勘違いされずに済むかも知れない。


「手紙を書くんだよね」


「一応そのつもりですけど、何かまずかったですか?」


 朝の会話では先輩から提案してきた事のはずだが半日の間に代案が思い浮かんだのだろうか。誰かに手紙を書く経験などしたことがないため、1日をかけてどんな内容を書くかを考えて来たのだが水泡に帰す事になるのは勘弁して欲しい。


「ううん。大丈夫。私は手紙に関してはエキスパートだからね」

 

「手紙のエキスパートってなんですか」


「同年代の子より手紙を貰うのもあげるのも沢山経験してると思うよ」


 昔の小中学生には交換日記の文化があったと母親が言っていた気がする。先輩もその類で誰かと手紙を交換し合ったりしていたのかも知れない。それこそ亡くなってしまう時に病院に居たと言っていたのでお見舞いと称して手紙を貰ったり、それに対して返事を書いたりしていた可能性もある。

 これ以上この話に首を突っ込むと気まずくなってしまって手紙を書くどころではなくなりそうなので話題を転換させて手紙を書く事を優先する。


「なら手紙の書き方教えてください」


「今回は手紙って言うより謝罪文だね」


「謝罪?なんでですか?僕悪いことしましたっけ。普通に会話してたら急に須藤が怒り出したようにしか見えなかったんですけど」


「私にもそう見えたけど……。謝罪にも色々と種類があるじゃない?」


「種類ですか?」


「怒らせてごめんって言うだけでも何か気に障ったらなごめんって言えば謝ってる感じがするでしょ?」


「確かにそんな気はしますね」


 実際僕の発言の何かしらが須藤の気に障ってしまったのは間違いじゃない。何も悪いことをしていないが不快にしてしまったという事実に対して謝罪をする方向で話を進める。悪くないのに謝りたくないと駄々をこねるほど子供でもないのだ。


「悪いって思って無くても謝ることで話が円滑に進むこともあるの」


「そういうものですか」


「コールセンターとかそんな感じじゃない?電話を受け付けてる人は悪くなくても消費者のクレームに対して謝罪をする、そんな感覚で良いんだよ。雪くんだって自分が本当に悪いと思ってれば謝罪できるし理解も出来るでしょ?」


「なんとなく。それじゃ謝罪から入りましょう」


 謝罪と言うのは自分の立場が一時的に下になることを許容する事だと僕は思っている。自分の非を認め相手に許しを請うことでその後の関係を円滑に進めることが出来る。悪いことをすれば謝るのは当然のことだが、よく分からなくても相手が怒っていてれば謝ってしまうのは人間の性かも知れない。

 手紙の最初には気を悪くさせてしまったことに対する謝罪文を書く。板書をするのとは違い、誰かに渡すための文章のため少しだけ緊張してしまうが丁寧に文字を刻んでいく。


「その後は誤解を解いたほうが良いですよね」


「それが本題だし」


「誤解してるのは僕が柊から噂の件を聞いたと思われてるってことなので大森から聞いたってことを書きます」


「なんで柊さんから聞いたら須藤さんが怒ることになったんだろう」


「分かりませんよ。柊の近くに居た先輩でも分からないんですよね。それじゃ僕なんて全くです」


「柊さんも須藤さんのことを悪く思ってる感じはしなかったのに」


 僕が感じた柊から須藤へ嫌悪感と先輩が実際に見てきたものでは差異が生じている。僕と先輩は直接の悪口を聞いているが、先輩が今日見たものは柊が須藤を庇うような言動。

 それに対して須藤は柊の存在を感じるや否や怒り出してしまった。2人の間にどのような関係性が生まれているのかは分からないが消しゴムの噂が関係していることは間違いないだろう。須藤が怒り出したのは消しゴムの噂の話をした直後だった。


「"柊から聞いたのではなく大森から直接聞いて噂の話が気になったから須藤に聞いただけです。柊は一切関係ありません"とこんな感じでいいですかね」


「ちょっと言葉強いかも知れないけど問題無いと思う」


 先輩が僕の背後に回って書いた文章を確認している。最後に一文"噂のことを教えてくれると嬉しいです"と書き記して須藤に渡す手紙を書き終わった。


「雪くんの字、上手だね」


 僕の耳元で先輩の囁く声が聞こえる。息遣いなどが聞こえてきたわけでは無いのだが、普段よりも近い距離で聞こえた先輩の声に驚いて椅子から落ちそうになってしまった。落ちはしなかったものの重心がズレた椅子は片側の2本だけで僕の身体を支えることになり、態勢が崩れそうになる。何とか倒れずに体重移動を行って元のように座り直す。

 運動は得意とも苦手とも言えない平均的な数値。中学校の通知表でも良くも悪くもない評価を先生から下されていたが日常生活を問題なく行える程度には運動神経が備わっていてよかった。


「ど、どうしたの」


「何でもないです……」


「いきなり動き出すからびっくりしたよ」


「それは、なんかすみません」


「大丈夫?」


「大丈夫です。僕も先輩の声にびっくりしただけです。集中してたので突然声をかけられたし、まさか耳元で話しかけてくるとは思わなかったので」


 先輩の声は何時も聞いているのだが改めて意識すると線の細い朗らかな声をしている。ハキハキと喋っているから聞き取れているものの、遠慮がちに喋られたら声が空気に溶けてしまいそうなか細い声だ。他の人とは違う生命力を感じられない声なのだが、川のせせらぎのような透明感も感じる。その声が僕の鼓膜を震わせて、脳に流れ込むものだから必要以上に驚いてしまったのだ。


「驚かせるつもりはなかったの」


「僕だってそれくらい分かりますよ。先輩が本気で驚かせようとしたらもっと色々な方法を取れるでしょうし」


「幽霊だからね」

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