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新しいミステリーです。完結済みなのでどんどん投稿します
高校生になって初の登校日。
入学式と言われるこの日には様々な希望を持って、人生の一歩を踏み出す者が多いだろう。中学校までの自分と決別し新たなる自分を作り出そうとするものもいれば、これまでどおりの自分で過ごしていくものもいる。
入学式という門出の日にもかかわらず曇天で雨が降りそうなほどに雲は低く、混ぜ合わせた絵の具のような色をしているが天気予報によると雨は降らないらしい。何とも煮え切らないことか。降りそうで降らない、誰かに降ってほしいと構ってほしいが故にギリギリで止まっている様は見ていてとても滑稽だ。
それでも生徒たちの嬉々とした声は聞こえてくるし、桜は自分が主役と言わんばかりの主張をして目の前を掠める。桜は咲くのも散るのも春を彩っている。手のひらを出せば死んだ桜の花びらが夜空に広がる星の1つのように輝いて見えた。それが嫌で、手のひらを握りしめてから地面に桜の花びらを捨てた。
散っていった桜の花びらが地面には絨毯のように広がっている。僕の苦しみを込めた花びらの1枚なんて、歩く人々に踏まれて誰にも気づかれやしない。
僕はここでもきっと1人だ。
だから、集まって笑ってくる桜の花も大きく広がって雨を待つ曇り空も希望を連想される春だって嫌いだ。
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「何処か良いところってないかな」
5月に差し掛かりゴールデンウィークが開けた頃、僕はお弁当箱を持って校内を彷徨いていた。
食べる場所などどこでも良い。教室で食べても良いし、他のクラスに行ったっていい。アニメや漫画の影響で一度は屋上に行こうともしたものの、屋上は完全に施錠されており立ち入り禁止になっていた。ご丁寧に『安全性のため許可なく立ち入りを禁ず』なんて看板も立てられていた。フィクションはフィクションであって僕の生きている現実には足を踏み入れては来ないらしい。
4月が終わり5月になっても肌寒い日が少しある。春といえば日が燦々と照っており花々が咲き誇るイメージだが気候の変化と気圧の変化で僕の心は晴れやかになることはない。この時期は毎年片頭痛との闘いをしておりいつも以上に気が乗らない。そんな言い訳をしながらクラスメイトの話を聞かないふりをしている。
クラスの中に話す相手がいないわけではない。前の席にいる奴は中学の同級生で何度か話したこともある。高校は家から少し遠い所を選んだ。中学生のころの人とは何となく離れたくて選んだ高校とは言え家から通える範囲だ。当然この高校を選ぶ生徒も勿論いた。少しでも出来上がっていた人間関係が変化するならそれで良かった。
周りの人の人間関係は変化していく。前に座っている奴も気がついたら新しいコミュニティを形成しており、休み時間や放課後はそのコミュニティで話していた。変わりゆく人達の中で変われない僕。変わりたいとも思っていないし変われるなんて思えない。
捻くれているのではなく自分に自信がない。何をやっても失敗するイメージが湧いてしまい、手を付ける前から諦めてしまう。そんな事を続けていたら挑戦する前から出来ないイメージばかりが頭を締めて何も出来なくなってしまった。
自分から動かないくせに何かが変わるのを期待している僕は曇天の空模様と同じだった。
宛もなく校内を歩く。
1人になれる場所が見つかれば重畳、見つからなくても探している間は1人だって気にならない。廊下を歩く僕の耳には楽しそうな生徒の声。その輪の中に混ざりたい自分と混ざれない自分が存在している。結局、頭の中で自己完結してしまい行動には移せない。
歩いて歩いて最終的にたどり着いたのは同じ校舎内でも教室のある区画から少し外れた空き教室。階層ごとに音楽室や美術室など授業で使う教室が置かれており、その周りには授業でしか使わない教室もある。生徒の声も聞こえない。ここならば1人でゆっくり出来ると教室と扉に手をかける。
ガチャガチャと扉が横に動くことはなく、しっかりと鍵がかかっていた。考えてみれば空き教室などがあれば生徒のたまり場になる可能性もあり、学校としてはきちんと対策をしておきたいだろう。人間の性として鍵のかかっている扉に窓が付いているとそこから中をのぞいてしまう。僕の身長は低くもなく高くもないが、扉の窓は僕が少しだけ近付けば教室の中をしっかりと見渡せる位置に合った。
鍵がかかっている教室で中に誰もいないと高を括っていたのだが教室の中を覗くと一人の生徒が行儀悪く机の上に座りながらこちらを見ていた。丁度目があってしまい、気まずく感じた僕は軽く会釈をする。
僕だって人と会ったときなどに最低限の礼儀は弁えている。その先が出来ないだけだ。自分の素性を話したり、深く追求されたりするとどうしても自己防衛で言い淀んでしまう。今だってすぐに逃げ出したい気持ちを抑えて扉の前に立っている。ここで逃げ出してしまえば教室の中の生徒に不快な思いをさせてしまうだろうし、学内でもし会った時に変な声のかけられ方をされて目立ってしまうかも知れない。
会釈をしたまま目を逸らさずにいると中の生徒は驚いたように机から転がり落ちた。教室の遮音性のためか中の音は聞こえないが痛そうだ。心配になるが扉の鍵を閉められてしまっているため手を貸すことも出来ない。中に生徒がいる以上、空き教室の鍵を締めたのは机から転がり落ちた本人のため自業自得とも言えるだろう。
大事には至らなかったのか、すぐに起き上がり僕のほうへと近づいてくる。扉を挟んで対面する女子生徒と僕。
見たことのない顔だった。学校内の生徒を網羅しているわけではないのでクラスメイトでは無いことは確かとしか言えない。同じ学年かも知れないし先輩かも知れない。お世辞にも健康そうとは言えない体格をした女子生徒は口を開く。
『向こうの扉なら鍵空いてるから入ってきなよ』
その言葉と共にもう一つの扉を指差す。教室の入り口は黒板側とロッカー側に2つある。今僕が手をかけていたのは黒板側で、女子生徒が動かない僕のためを思って律儀に指をさして示してくれているのがロッカー側。
鍵がかかっていることを確認した時点でこの場から逃げ出しておくべきだったと後悔するもののこの状況になってしまっては従う他ない。何かをやる勇気もなければ、この状況から逃げることを選択する勇気もないのだ。川を流れる木の葉がいずれ海へと辿り着き、どうしょうもないことに気付くが如く状況に流されるだけ。
仕方なく女子生徒の示す方の扉へと向かう。足取りは重く逆風が吹いているように錯覚をするくらいだ。脳裏に浮かぶのは会話をどうしようという不安。相手を不快にさせないように表面上の会話をして穏便にこの場から立ち去ろうと決意を固めてロッカー側の扉に手をかける。
鍵がかかっていない扉は滑車の回る音と共に教室と廊下を隔てる壁としての役割を終える。
『こっちに来て、後輩くん』
中から聞こえる細い声。痩せている体格から出る声として予想している通りの声というのか。空気に溶けて消えてしまいそうな存在感のない声。その声に導かれて教室の中に入っていく。
「どうも」
「こんにちは」
「えっと、あの」
決意を固めたはずなのに、いざ対面してみると言葉が出てこない。いつも話しかけられて受け答えをするだけしかしてこなかった弊害が現れていた。話し始めたくせに言い淀んでいる僕を見て先輩も小首を傾げている。僕の様子で察したのか徐ろに先輩が口を開く。
「先に私だね。私の名前は日和霞。君の先輩だよ」
「先輩だったんですね。僕は夜月雪《《よるつきそそぎ》》です」




