婚約者が新入生をいびっているらしい。憂慮すべき事だが、それよりも隣席令嬢の「テロリストを華麗に撃退するフローチャート」が気になって仕方ない(半ギレ)
僕の名前はユーリ・サンドハデス。
王立学園高等部の二年生で、公爵家の三男だ。将来は騎士団に入り、民を様々な危険から守る存在になりたいと思っている。
そんな僕には現在悩みがある。婚約者のレイラが最近、ソラという平民の新入生をいびっているらしい。
ソラとは数回会ったことがあるが、純朴で心根の優しそうな娘だった。だがまあ、平民出身という事で貴族のマナーに疎く少々抜けたところがあり、それがレイラの癇にさわったのかもしれない。
レイラは特待生クラスで最近は交流も少なく、僕が実際にその現場を見たわけでは無いが、憂慮すべき事態だ。
まず、僕は婚約者としても騎士を志す者としても、レイラを止めるべきだろう。
しかし彼女は王族であり、僕よりも立場が強い。そしてプライドは高いし、気も強い。
下手に刺激して事態を悪化させない様に、上手く事を運ぶ必要がある……今の僕には考えるべきことが多い。
だと言うのに。
それよりも隣の席の令嬢のノートに書かれている「テロリストを華麗に撃退するためのフローチャート」が気になって仕方ない(半ギレ)。
きっかけは偶然だった。
休み時間、彼女が不在の時に強めの地震があり、机の上に出しっぱなしだったノートが床に落ちて開かれてしまったのだ。
それを拾って戻してあげようとしたとき、ノートの上部に書かれた見出し「テロリストを華麗に撃退するフローチャート」が目に飛び込んできた。
思わず「女にもこの道を通る奴がいるのだな……」と小声で呟いてしまい、クラスメイトに怪訝な顔をされたが、仕方無いだろう。
ちなみにこの道、男なら300%通る。
学校を襲うテロリストを撃退するのは、全世界の男子学生が10代前半に、少なくとも3回以上は妄想するシチュエーションだ。だって楽しいもん。
突如現れ、退屈で平穏な日常を恐怖のドン底に叩き落すテロリスト達。
奴らは剣とか魔術杖とか持っていて、教師もビビって何も出来ない。
そこで僕が機転をきかせてテロリスト達を華麗に成敗。沸き起こる賞賛。凄い、ユーリ様かっこいい、いやぁそんな事はないさフフフ……(黒歴史)。
もちろん、現実は妄想のようにはいかないものだ。
まず、そんなテロリストは存在しない。何せ一度学校を占拠したところで、その日のうちにでも騎士団に鎮圧されるだろうし、現行犯で何も成せずに切り捨て御免だ。
テロに手をだしても何も旨みはありません。
テロは貴方の人生を台無しにします。
テロ活動、ダメ、絶対。
そして、人が救われるためにはまず人が危機に瀕する必要がある。守るべき一般人の危機を願うって、騎士的にどうなのよ。
そうやって段々と常識や良識を身につけるにつれ、そんな幼稚な妄想はしなくなっていく。
もし今代わりに妄想するとすれば、突如復活した魔族が演習中の騎士科を強襲。現場が混乱する中、僕は華麗に対処、大活躍。「コ、こんなニンゲン300年前にもいなかったゾ」、「ユーリくんは優秀と思っていたが、まさかここまでとは」、いやぁ、そんな事はありませんよ騎士団長フフフ……。
はっ。
違う違う、そうじゃない。
今僕が困っているのは、隣の男爵令嬢のノートが気になり必要な考えに集中できない事だ。
彼女の名前はアン・エッジロード。
今までは「大人しく殆ど喋らない、分厚いレンズ眼鏡の女の子」という認識で、新学年で隣の席になってからも、「どんな授業でも熱心にノートをとっている真面目な子だなぁ」と思ったことがある程度。
でも先日の事があり授業中にこっそり覗いてみると「突然大量の魔獣が湧き出てきた時の対応」やら、「魔族の封印が解けそうになった時の対処」やら、「邪神の攻撃方法の考察」と言った内容ばかり、彼女はノートに書いていた。
よくまあ毎回違うテーマでそんな面白そうな……もとい、不毛なことばかり書くものだと逆に感心する。
はっ。
違う違う、そうじゃない。
僕は今、婚約者と新入生のトラブルについて考えないといけないんだって!
あーでもノートに書いてる内容が気になるぅ。
「あ、その場合だと中庭よりもテラスを通った方が敵に見つかり難くていいんじゃないかな」
はっ、僕は授業中に何を呟いているんだ。
幸い、クラスの皆にはきかれなかったみたいだけど、アン嬢にはバッチリきかれていたらしい。
なんでわかるかって?
ハッとした顔の彼女と目が合っちゃったからだよ。
いや、ごめん。
ノート、人に勝手に見られるって嫌だよね。その手の類の内容だと特に。
もう二度と言わないから忘れて。
なかったことにしよう。
と思っていたのに、放課後アン嬢に呼び止められた。
「昏倒させた相手を縛るものはどうすればいいと思う」
「縛衣術が使えたら便利だよ。相手の服を上手く使って縛るんだ。ほら、騎士教本のこのページにやり方が載っていてね」
「なるほど」
固く口止めされる他に、盗み見の代償にお前の黒歴史も教えろと言われたり、最悪口封じだと襲われたらどうしようかと身構えていたら、まさかの黒歴史フローチャート作成にアドバイスを求められて現在に至る。
ただ、想定されている状況が破天荒すぎて気づかなかったけど、書かれている内容自体はとてもきめ細かく現実的だった。
正直、学園にある災害時フローチャートよりもずっとよく出来ている。騎士団の野営時奇襲対応マニュアルくらい出来がいい。
それに感心して、ついついこちらも熱心に質問に答えてしまっていた。
「ありがとう。聞いて良かった。やはり騎士課程を履修している人の話はためになるわね」
そう言って笑う彼女に、少しドキッとした。
普段無口な子が自分だけに向ける笑顔っていいよね。いや、いけないいけない、お互い恋愛感情はないけど、僕には婚約者がいるんだよ。他の相手に胸がドキドキするわけにはいかない。
「ところで貴方、前世の記憶とか異世界で生きていた頃の記憶ってあるかしら?」
はい、今のセリフで完全に煩悩退散。
なのにおかしいな、逆に心臓がバクバク鳴っている。鎮まれ僕の黒歴史ウゴゴ……。
「き、君はあるのかい」
「……まあね、でも信じられないでしょうね」
い、痛ーい!
やめておけアン嬢、そのセリフは僕にも利く。
「こういう遊びが楽しいこと自体は否定しないけど、もっと他のクラスメイト達とも交流を持って色々と遊んでみたらどうだい?きっとそれも楽しいよ」
「……変に情がわくと判断が鈍るし、別れの時が来てしまった時に辛いから」
フッと寂しそうな顔でアン嬢が言う。ダメだ、今の彼女に僕の言葉は届きそうにはない。
願わくば彼女が片目眼帯や片腕包帯で学校に来る事がありません様に。
やるなら必ず一度、先に家族の前でやるんだ。約束だよ。過日の僕の様に、父親の爆笑と母親の叱責で正気に戻れますように。(白目)
◇
「一箇所に集まれ」
「逆らうものは……死だ」
学校がテロリストに占拠されている。
どうしてこうなった。
奴らは剣とか魔術杖とか持っていて、教師もビビって何も出来ない。校門のセキュリティはどうなって……ああ、貴族の重鎮に手引きしたものがいるのか。
そして思い至る。
政治的に何かを達成できるわけでは無いけれど、邪教徒や強い恨みをもつ売国奴が国を混乱に陥れるために無差別殺人を行うことはあり得るんだ。
なら、我々を一箇所に集めた後はきっと大規模魔法で皆殺しだろう。抵抗するか?いや、無理だ。こちらは丸腰で相手は武装した二人組。
見せしめに殺されるだろうし、巻き添えで周りに死人が出るかも知れない。八方ふさがりだ。
「おい、そこの小柄な女。側にこい……いやお前じゃ無いんだが、まあいいか」
人質としてだろう、女生徒が一人、側に引き寄せられる。アン嬢だった。
「あの、おじ様。どうしてもお伝えしたいことがございます」
「なんだ!」
「すみません、少しだけお耳を貸して下さいませ」
アンは怯えてた様子でテロリストに話しかけた。そこで、怪訝な顔をして彼女に顔を近づけた男だが。
もんどりうって、白目をむいて倒れた。
「わわ、おじ様、どうなさったのですか!?」
驚いた様に見えるアン嬢だが、今、掌に暗器を隠し持っていたよな?!
そしてもう一人のテロリストから見えない角度で刺していたよな!?
「なんだ、どうした!」
「こ、この方が急に倒れて!」
「おい、どうしうぐ?!」
残る一人が駆け寄った瞬間、アンは背後にまわって首元をブスリ。なんて準備の良さ&手際の良さ。
「ユーリ様、二人は麻酔針で気絶しているだけだから縛衣術で拘束をお願い。覚醒時に騒がない様、猿轡をお忘れなく」
怯えた様子から一転、スンとした表情でアンが言う。クラスで目立ったことのない彼女の突然の活躍にクラスメイト達がざわめく。
「皆、静かに。他のテロリストに気づかれるわ。私は他のクラスを助けに行くから、ユーリ様はテラス側から脱出して騎士団に連絡して頂戴。この前に話したルートは頭に入ってるわよね?」
あ、これ「テロリストを華麗に撃退するフローチャート」でやったところだ。
◇
学校が武装テロリスト達に占拠された大事件は奇跡的に誰も犠牲者を出す事なく収束した。
理由は3つ。
脱出に成功した僕が呼んだ騎士団が早急に駆けつけた事。
命の危機に瀕した5人の女生徒が、極めて強力な魔力に覚醒し各場所でテロリスト達を返り討ちにしていた事。
そして、実はそれ以外の場所にいたテロリスト達を、一人の令嬢が次々に昏倒させていた事。
当然、僕や魔力に覚醒した女生徒達は方々から大変褒められたが、一番の功労者はアンだと思う。
ただ、本人は「パニックで逃げ回っていたただけ」「テロリストは勝手に倒れた」とくり返すばかりだ。
追求したいが、そうすると学校に麻酔薬を塗った暗器を持ち込んでいた罪で英雄を処罰しないといけなくなる。
それで周りは「こいつ本当は凄い奴だぞ」と認知しつつも深入りは避けている。
なにあれ、これで一件落着……。
とは、全然いかなかった。
まず、強力な魔力に目覚めた5人の乙女たちの中に僕の婚約者レイラと、いびられていたと言う噂の新入生のソラがいる。
そして、彼女達の今後の処遇について国の上層部で意見が分かれているらしく、僕には婚約者かつ事件の功労者として王宮に意見を提出するようにお達しがきた。
個人的には、レイラとソラの仲をとりもちたいし、彼女達には今まで通り平穏な学生生活を送って貰いたいと思う。考えないといけない事が増えた。
だと言うのに。
「ねぇ、もしも魔力災害で学園の東に隣接した森から急に魔物が湧き出してきたら、校内への侵入を塞ぐバリケードを真っ先に作るべきはここでいいかしら?」
毎日のように隣の席の令嬢が見せてくる「突然大量の魔獣が湧き出てきた時の対応フローチャート」が気になって仕方がない(半ギレ)。
ちなみに、彼女に未来予知の魔力なんてものは無い。入学時のテストで魔力素養がほぼゼロだったのも確認している。
テロリストに襲われた時のフローチャートだって、たまたま役に立っただけだ。
「場所はそこでいいんじゃないかな。でも、魔獣は力が強いから机や椅子を並べるだけだと強度が弱いかもね。こう言う時、纏めて縛る紐でもあれば強度がグンと増すんだけど」
「なるほど、流石ね」
しかし、ついつい毎回真剣に相手をしてしまっている。
だって仕方ないじゃないか、結果的にとはいえテロリスト襲撃時に助けて貰った恩があるのだから。
決して、一緒にフローチャートを考えるのが楽しかったり、時折彼女が僕にだけ見せるようになった表情が可愛いと思うとか、そんな理由ではない。
確かに、先日アンに婚約者のレイラの事を話すと、形の良い眉尻を少し下げて「まあ、でも婚約者と絶対結婚するわけでもないから余り気にしなくても……」とか「きっと人間、好きな相手と結ばれるのが一番よ」と言われた時はちょっとドキドキする事があったけど。
なになに?!
その言葉にはどんな意味がこめられてるの!?
恋愛フローチャート作成が必要ですかー!?
なんてその日はベッドで悶々としていたが、それはきっとお互いに吊り橋効果がかかっていたのだろうという結論に達した。
もう助けられる事態がおこる事はないし、きっとドキドキは一時的なものだ。そもそも僕は眼鏡っ子は好みのタイプではない。分厚いレンズが邪魔で彼女の素顔を見た事もないしね。
こんな感じで、僕とアンのちょっと変わった関係は続いている。
◇
〜アン・エッジロード視点〜
ふう、とりあえずチュートリアルの「テロリスト来襲イベント」では誰も死者を出さずにすんで良かった。
部屋で一人、視線を悟られない様にスモークレンズにした伊達眼鏡を外す。そのツルにも応急処置用の針と糸を仕込んだ特注品だ。
現れた顔は、前世と違い中々の美少女。そう、私は一年ほど前に前世の記憶を引き継いだ転生者である。
そして私は、この世界が前世よく遊んでいた、『学園モノ百合乙女ゲーム 戦場のガールズラブ』に似通っていることに気づいた。
国名が同じだったし、同級生にメインヒロインのレイラがいたし、彼女の婚約者はユーリ・サンドハデスだったし。
『戦場のガールズラブ』はR18指定で中々ハードボイルドな世界観だ。具体的には色んな敵が学校を襲ってきてモブ達がバンバン亡くなる。
それで、婚約者を亡くして心の傷を負ったヒロインを慰めたり、戦いの中で絆を深めたりして、性別に囚われない真実の愛に気づいていくって話なんだけど……モブとして転生した私はチュートリアルでレイラの婚約者であるユーリ共々死ぬ可能性が高い事に気づいた。
それで新入生として主人公のソラが入学してくる前から準備を整える必要があり、動き始めたのだった。
その甲斐あって早期に「路地裏のオババ店」を発見し様々なアイテムを事前に入手できたが、その使用訓練には苦戦した。
ゲームテキストの情報は曖昧だったのでフローチャートの作成も大変で、授業を作成時間に当てたおかげで今回は無事生き残ることができた。
しかし正直ギリギリだった。そして今後、襲ってくる敵はどんどん強くなっていくときたもんだ。
なんだよ、テロリストの次は魔獣に、魔族に、邪竜に邪神って。パンチマシーンじゃないんだぞ。
ということで私達モブが生き残るためには、より綿密な対策が必要となる。畜生、侵略者どもめ、私のパンチを受けてみろスーパーフィーバー。
でも正直、一人だと作成するフローチャートの精度に限界を感じていた時に、騎士科を履修しているユーリが協力してくれる様になったのは実にありがたい。
ただ、原作通りの展開なら生き残ってもそのうちレイラに振られるよなこの男、レイラを見ていると最近ソラに絆されてきているようだし……哀れ。
まあ、顔も性格もいいしきっと生きていれば次が見つかるよ、ドンマイドンマイ。
いや、真面目な話、死なないで欲しい。
いつ誰が死ぬかわからない世界観だから、それで心が壊れない様にクラスメイト達とは距離を置いていたが、ユーリには多少なりとも情が湧いてしまっている。
「明日はこのフローチャートを見てもらおう。どんなリアクションをするかな、フフッ」
恩があるから仕方なくというスタンスの癖に、毎回私よりも熱心に、目をキラキラさせながらフローチャートを覗き込むユーリを想像すると笑ってしまった。
んもう、真面目に考えないといけないのに。
こうして私とユーリのちょっと変わった関係はまだまだ続いていくのだった。
最後の敵を倒した後、レイラから婚約破棄されたユーリが、嬉々として私にプロポーズしてくるのはもう少し先の話。
本作にも誤字報告やポイント、そして楽しいご感想を下さった皆様ありがとうございます!
そして、これをお読みの貴方!
過日のイマジネーションなどありましたら、是非とも感想欄にご記入をば(笑)
ずっと昔で忘れた? 女学生だったし?
いやいや、本当はいいやつ持ってるんでしょ?
ちょっとジャンプしてみなよ……
5/16追記
感想欄が本編みたいになってるー?!
皆様、ありがとうございます……ラブ♡
7/17
リクエストを頂いたので、続編を書きました。
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