8.意外と読めた
すみません。徹夜した日の朝だけでこの話終わりました。
バン、と扉が勢いよく開けられる。
「…………朝ですか?」
「朝ですが」
描きかけの魔法陣から窓の外へと視線を移す。明るい。
集中力を途切れさせると鳥の囀りが聞こえて来た。
「徹夜しましたね」
「しちゃいました」
ノアは笑って誤魔化しながら卓上のランプを消す。
「あと鍵は掛けるように言いませんでしたか」
「…………言ってましたね」
「防犯的にアウトです。掛けてください」
「はい」
スクロールは出来た物から鞄にしまっている為、床は綺麗さを保っている。彼方では縮小は後で纏めて掛けていた為床が惨状になっていた。
(良かった)
これで床が汚いとなると、グランが怖い。
「寝るか食べるか選んでください」
「食べて寝ます」
「では行きましょう」
当たり前に朝食を共にしようとしているのがやはり素直だ。
「今日は宿に篭ってもう少しスクロールを蓄えようと思うので、自由にしてください」
「わかりました」
グランは扉付近で立ったままだ。
「? 好きにどうぞ」
「朝食は取るべきです。貴方を1人にしたら絶対に取らないでしょう」
「…………」
ノアはギクリと肩を揺らす。このままなあなあにして食べないつもりだったのがバレている。グランにはぁ、と溜息を吐かれてしまった。
「……後2分くらいで一枚完成するので待ってください」
「わかりました」
スクロール作成を一旦止め、階段を降りる。
ほぼ体勢を変えずに作業をしていたから体が凝り固まっている。
「ん~」
組んだ手を裏返し、腕を伸ばす。
「はぁ」
ノアは、こんな事まで見守っているグランが可笑しくて笑う。
「徹夜出来るって良いですね」
「しない事が一番望ましいのですが」
それはそうだ。初めて徹夜をしたが、想像していた以上に体が辛い。
「それでも、これまでは徹夜なんて許されなかったので。毎日予定が決まっているのに、徹夜して朝から惰眠を貪る、なんて夢のまた夢でした」
「……」
グランはだからそんなに嬉しそうなのかと頷いた。
「でも、イケナイコトしてるみたいで楽しかったは楽しかったんですけど、もういいかなって思いました」
「何故?」
「思ったより体がしんどいです」
それはそうだろう。グランは頷いた。
「おや、おはよう。今日も遅かったねぇ」
机を拭く女将に挨拶を返す。
「徹夜しちゃいました」
ノアが満面の笑みで女将に告げる。
「おやま。体に悪いから必要な時以外はおやめよ」
「はい。一回やって満足しました」
2人のやり取りを何となく眺めていたら女将と目が合った。
(なんだいこの箱入り。やっぱり貴族なんだろう?)
(貴族ではないです)
グランはそっと首を横に振った。
このやり取りを感知出来なかったノアは、不思議そうに此方を眺めている。
ノアは本当に貴族じゃないからタチが悪い。貴族どころか王族だなんて、貴族すら雲の上の存在である平民にとって、想像にすらしない。
まあ、ノアが王族なのは異世界での話なため、此方では冒険者という身分しかないのだが。元いた世界でも、御忍びの際貴族だと疑われても違うからと堂々と否定していたのだろうと容易に想像がつく。
女将とグランの2人からしげしげと眺められたノアが首を傾げていると、突然、ヌゥっと女将の旦那が現れた。その手には盆がある。旦那はそっと机の上にカップを2つ置き、此方を見つめるのでノアとグランは席に着いた。
「あ、牛乳だ。ありがとうございます」
牛乳のカップからも湯気が立っている事に気が付いた女将が笑いを堪えるも、堪えきれずに吹き出して、隣に来た旦那を見やる。
「あんた、ノアさん気に入りすぎ」
旦那はこっくり頷くと、何処から出したのか、ノアと同じく湯気の立つカップを持ち上げた。
「同志だからだって?」
「……」
「それにしてもだよ。まあ気持ちは分かるけどねぇ」
ノアはぱちぱちと目を瞬く。そしてグランの耳元に顔を寄せ、こっそりと耳打ちをする。
「凄い、旦那さんは一言も喋ってないのに通じ合ってます」
「熟練の技なんじゃないですか」
なのにグランが普通の音量で返して来た。耳打ちの意味がないとノアは眉を下げて苦笑した。
「いんや、割と最初から読めたね。読めなきゃ結婚まで行ってないよ」
それもそうだと2人して頷いた。そして素直に尊敬の眼差しを女将に向けた。プラス、何故か旦那も。
「およしよ」
女将が少し照れたように笑い飛ばす。
「さ、お飲み」
ノアは言葉に従い牛乳を一口飲んだ。そして昨日の朝に出して貰った牛乳との違いを感じる。
昨日は急にお願いしたため冷たかったが、今日は温められている。そんな細かな気遣いに心がぽかぽかした。
それだけではなく、牛乳の中にほのかに甘みを感じた。多分蜂蜜が入れてある。
「ありがとうございます。蜂蜜が入っていて更に美味しいです」
旦那が何処か満足気に頷く。
「旦那もね、コーヒーじゃなくて牛乳派なんだよ。初めての同志を見つけて喜んじゃってねぇ」
「あ、同志なんですね。嬉しいです。皆さんコーヒーは無理でもカフェオレから飲めるという方々が多くて……」
グランにカフェオレでも無理なのかと未知の生物かのように見られるが、今は無視する。
「僕の場合、飲もうと思ったらコーヒーに牛乳ではなくて、牛乳にコーヒー数滴、プラスで砂糖なんですけど」
「……」
旦那に数度、頷かれる。
「あ、同じですか? ですよね。それくらいじゃないと苦くて飲めないですよね」
初めてコーヒーの話で合う人がいてノアも嬉しい。
「それを姉が飲んだんですけど、これはカフェオレですらない。これにカフェオレという言葉を使ったら、それはもうカフェオレに対する冒涜だと言われちゃいました」
ノアが眉を下げると、旦那も何処か悲し気に頷いた。
「でも、それくらいじゃないと飲めないですよね?」
旦那が力強く頷く。
「いやもう、それはほぼ、ただの牛乳だろう……」
熊のような無口な、肝っ玉お母さんの旦那。好き。
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ここまで読んでいただきありがとうございました!